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市香の舞い、そして崩壊へ③

「実力行使するしかねえようだな」

 修二が信者たちを睨み付けた。僕は修二の隣に並んで、信者二人と対峙する形を取った。

「ちょっと。何をするつもりですか。暴力を振るうのは止めて下さい」

「何言ってんだ。助けようとして何が悪いってんだよ」

「だから、それは他の人がやったことだと何度も言っているでしょう」

「御託はいいから早く開けろよ。そうしたら痛い思いをせずに済むぞ」

 修二が凄んでみせた。

「開けたら良いのですか。別に構いませんけど」

 あっさりとした対応に唖然とさせられる。一体、何なんだ。この人たちは……。信者の一人が鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。カチッと音が鳴ったのと同時に僕らは扉を目一杯に開け放った。薄暗い室内に光が差し込み、二人の姿が露になっていく。このような所に閉じ込めるなんて……。空調が効いてないのか、湿気と埃が立ち込めている。

「里美、大丈夫か」

 修二が駆け寄った。

「あれっ、縛られていたんじゃ……」

 ロープが解けている。

「香流甘さんが解いてくれてたの。私は縛られている振りをしていただけ。バレたら酷い目に遭わされるかもしれないでしょ」

 里美の隣に立っているのは香流甘だ。咲良ではない。

「香流甘さん、咲良さんはどこにいるのですか?」

 香流甘が首を横に振った。

「楓月。こいつ誰なんだ」

「一応、信者です」

 香流甘は母親に反発をして家出をし、今は教会に身を置いている。信者とは言い切れない部分はあるが、荒木と行動を共に取っている以上は信者と言っても差し支えはないだろう。

「えっ? こいつ信者なのか」

「修二、こいつって言わないで。香流甘さんは悪い人じゃないから」

「だけど見張っていたってことは信者だろ」

「わたし、見張ってなんかいません」

「お前みたいな奴の言うことなんて信用できるかよ」

 修二は語気を強めた。

「ちょっとやめて。香流甘さんは荒木に逆らったから監禁されたの」

「荒木さんが拉致に協力しろと言ってきたので、そういうのは良くないと思います。と言ったら、私まで監禁されてしまったんです」

 大半の人間は保身に走り、加害者に従うものだ。あの荒木に逆らうなんて、中々できることではない。

「香流甘さん、もう一度、聞きますけど、咲良さんが連れて行かれた場所はどこですか? 思い当たる所なら何でも良いので教えて下さい」

 荒木が末端の信者にまで重要な情報を伝えているとは思えない。香流甘も外にいる二人の門番も知らないはずだ。だが香流甘は荒木とずっと行動を共にして来た。荒木の行動パターンから、ある程度は推測できるのではないか。

「私と里美さんを車から降ろした後、咲良さんだけ連れてどこかに行ったんです。だけど行った先までは……」

 坂道を上って来る時に擦れ違った黒いバン……。あの中に咲良がいたのか。

「でも……。荒木さんが車の中で誰かと電話をしていた時、荒木さんが『港町』と口にしたのは聞きました。咲良さんはそこに連れて行かれたのかもしれません。あの……取り敢えず、外に出ませんか? ここ埃っぽくて」

 確かにこの場所で話す必要はない。倉庫の入り口に向おうとした時、鈍い音が耳を劈いた。

「えっ? ウソ……。信じられない」

 香流甘の顔が青ざめていった。

「ちくしょう。あいつら閉めやがった」

 修二が扉に体当たりをするが、ビクともしない。みすぼらしい倉庫だが、扉だけは頑丈にできている。窓からの脱出も難しい。小柄な里美でも通り抜けることはできそうにない。

「お前らどういうつもりなんだよ!」

 修二が扉を叩いて、信者たちに向かって怒鳴った。

「荒木さんに確認したところ、『そのまま扉を閉めろ』とおっしゃられたので」

 信者の無機質な声が扉の隙間から聞こえた。修二が何か言いかけたが、直ぐに口を閉ざした。何を言っても無駄だと悟ったのだろう。しかし、これで香流甘も気づいたはずだ。この教会の異常さに。

 十分ほど経った頃、外が騒がしくなった。信者たちがパニックに陥っている。警察が来たようだ。

「ちょっと待って。何か変」

 里美が修二にしがみついた。低く籠った音が響き渡り、倉庫全体が小刻みに揺れている。

 窓から外を眺めた。鉄の塊が近づいて来る……。

「みんな逃げて!」

 僕が叫ぶのと同時に壁が破壊され、勢いよく後方に吹き飛ばされた。地面に身体が打ち付けられる。

―─今のは何だったんだ……。

 頑丈な扉がくの字に大きく曲げられている。

「トラックだ。トラックが突っ込んで来やがった」

 修二が叫んだ。

「楓月さん、大丈夫ですか?」

 香流甘が心配そうにこちらを見ている。

「大丈夫です。少し胸を打っただけです」

痛みを堪えて立ち上がった。今は痛がっている場合じゃない。状況を把握するのが先だ。壁から離れた位置に立っていたのが幸いしたのか、誰も大きな怪我をしているようには見えない。

 倉庫に突っ込んで来たのは、教会の人間だろうか。また僕らを怖がらせようとでもしたのかもしれないが、今回は幾ら何でもやり過ぎだ。ここまで事態が大きくなったら、もう揉み消すことはできない。

「外に出ましょう」

 トラックの横に大きな穴が開いている。

 車の脇を通り抜けていく時、運転席で、うつ伏せになっている中年の女性が見えた。一瞬、坂道で僕を轢こうとした人物かと思ったが、運転席にいる女性は、がっしりとした体形をしており、似ても似つかない。倉庫に突っ込めば自分も大怪我をする可能性があるというのに、よくこのような大それたことができたものだ。きっと、この人も信者なのだろう。指示通りに動いたら幸せになれるとでも吹き込まれたに違いない。気を失っているようだが、助ける義理はない。なんせ僕らに危害を加えようとした張本人なのだ。

 そのままトラックの横を通り抜けようとした時、香流甘が僕の傍らを後方から走り抜けて行った。

「お母さん!」

 香流甘が取り乱し、運転手の肩を揺すっている。この人が香流甘の母親なのか。どうして、このような真似を……。

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