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Tier76 第三者

「事件現場にはマイグレーターがもう一人いただと? どういうことだ? あまり話を端折はしょるな、マノ」


 予想外の内容に思考が追いつかない深見さんはマノ君に詳しく説明するように要求した。

 他の皆も深見さんの意見に同意したようにうんうんと頷く。


「あ~すみません。けど、これ少し考えたら分かると思いますよ」


 マノ君の言葉を聞いて煽られたと感じたのか深見さんの目つきが鋭くなった。

 それを見てマノ君は慌てて言葉を続ける。


「広崎の記憶をトレースした時にマイグレーターである第三者の接触があったってことは言いましたよね。そして、接触してきたマイグレーターは広崎にマイグレーションをして肉体を入れ替えた。しかし、肉体を入れ替えたと言っても広崎の意識は自身の肉体に残っており、肉体の主導権だけを第三者のマイグレーターに奪われた状態でした。現に、犯行後に警官に取り押さえられた時にはもう広崎の意識は戻り、主導権を握っていた第三者のマイグレーターの意識は他の肉体をかえして逃亡したと考えられます。そうなると――」


「広崎に接触したマイグレーターが使っていた肉体には意識が存在せず空っぽ、突発性脳死体となっているということか……いや、待て。その肉体の持ち主の意識が残っている可能性だってあるはずだ。だとすると突発性脳死体が発見されていなくとも問題ないはずだ」


 マノ君が答えるよりも先に結論にたどり着いた深見さんが頭の中を整理するように自分の考えを口に出す。


「その可能性も捨てきれませんが、俺はないと思います」


「根拠は?」


「あ~えっと……」


 言葉に詰まったマノ君を見て、僕達はなんとなく察することができた。


『あ、これ根拠ないな』


 と、心の中で誰もが思ったはずだ。


「……強いて言えば勘です」


 いつものマノ君からは想像できないほどの弱腰な態度をマノ君は見せる。

 こんなマノ君を見るのは初めてで、笑っちゃいけないんだろうけど、つい顔がにやけてしまいそうになる。

 市川さんがほおが緩みそうになっている顔を隠すように口元を手で押さえてうつむいている姿が僕の視界に入った。

 一方で、那須先輩と丈人先輩は隠そうともせずにマノ君を見てニヤニヤと笑っている。


「アンタ、またそんなこと言ってんの? そんなの根拠でもなんでもなっプッ!」


 呆れたように言っていた美結さんだったが、途中でこらえ切れずに笑いを噴き出してしまう。


「おい、何がそんなにおかしいんだ」


 僕達の様子を見て、マノ君が明らかに不機嫌な顔になる。


「いや、だって……マノがあんな弱気に言っている姿がなんかおかしくて……プッ!」


「そうですか?」


 笑われることに納得がいかないマノ君が深見さんと手塚課長に向き直る。


「全くおかしいとは思わんな」


 表情一つ変えることなく深見さんが答える。

 手塚課長は何も答えずにいつもの柔和な笑みを浮かべていて、どっちの意味で笑っているのか判断がつかない。

 六課で一番ポーカーフェイスが上手なのは案外、手塚課長なんじゃないだろうか。


「それよりも、根拠が勘というのは頂けないな。如月きさらぎの言っていた通り、そんなものは根拠でもなんでもない。ただの戯言だ。戯言に付き合っているほど我々は暇ではないぞ」


「すみません」


 深見さんの厳しくも的確な叱責にマノ君は項垂うなだれるしかなかった。

 さすがにマノ君が少し可哀そうだったので僕は助け舟を出すことにした。


「広崎さんがマイグレーターに意識を乗っ取られている時の記憶を視ることはできないの?」


「それは無理だな。マイグレーターに肉体の主導権や意識を抑えられると基本的にはやられた側の意識は失われ、その間に起こった出来事の内容は一切記憶されない。抵抗力のあるマイグレーターなら肉体の主導権を抑えられていても意識を保って記憶に残ることはあるが、広崎はマイグレーターではないから意味のない話だ」


「そうなんだ……それなら事件が起こる直前のスクランブル交差点が映っているドライブレコーダーや近くの防犯カメラ、あとライブカメラから広崎さんがマイグレーターに接触した所を見つけ出すしかないね。そうすれば広崎さんにマイグレーションをしたあとのマイグレーターの体がどうなったか分かるはず」


「あぁ、俺も同じ方法を考えていた」


 ここでマノ君のいつもの調子が戻ってきた。


「広崎がマイグレーターと接触した瞬間が映っているかどうかの確証はないが調べてみる価値はあるだろう」


 僕達の会話を聞いていた深見さんが前向きな姿勢を見せる。


「大丈夫ですよ。事件前後の様子が映った映像はたくさんありますからっ!」


 その心配はないと昨日から資料整理をしてくれていた美結さんが胸を張って言う。


「たくさんというか膨大な量だけどね。その中から目的の瞬間を見つけ出すというのは……なかなかに骨が折れそうだなぁ……」


 丈人先輩が少し先の未来を想像して少しげんなりとした様子を見せる。


「そこは私に任せといて! 長時間映像を見るのには慣れているから。伊達に深夜アニメを一気見してるわけじゃないよ!」


 自身満々の那須先輩だけど、長時間アニメを見るのとはまた話が違う気がする。


「とにかく、すごい量がありますから手分けして探しましょう」


 違う方向にはりきり始めた那須先輩を市川さんが軌道修正する。


「うん、そうだね。マノ君、報告は以上で大丈夫かな?」


「はい、大丈夫です」


「じゃ、捜査会議はこれで終わりにしようか。私と深見君は広崎光の無実の件を含め、これから先の捜査に関する諸々の手続きを済ませるために席を外すから、残った皆はさっそく押収された映像から捜査を始めてもらえるかな?」


『了解』


 全員が声を揃えて答えたのを聞いて、手塚課長は満足したように深見さんと六課を出て行った。


「じゃ、時間も勿体ないし始めようか」


 丈人先輩の掛け声とともに僕達は押収した映像に広崎さんとマイグレーターが接触した瞬間を捉えた映像がないかを調べ始めた。

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