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Tier82 御業

 結局、佐伽羅さんの死の真相はわからずじまいで、僕達は早乙女さんの報告を受けた後すぐに帰路についた。

 先に帰っていた丈人先輩達の影はもちろんなく、外はよりいっそう暗くなっている。

 帰り道、僕とマノ君の間にはこれといった会話はなかった。

 佐伽羅さんの浮世離れした亡くなり方をどうにも受けいれることができずに、僕達は黙ったまま電車に揺られていた。

 そんな中、津田の台駅に着いたことを知らせるアナウンスを聞いたことで意識をハッとさせられる。


「……もう着いたのか」


 力無く呟いたマノ君がゆっくりと腰を上げる。

 駅に降りようとしていた人は既にほんとんどが降りていて、おそらく僕達が最後だったのだろう。

 ホームに足を着けた直後に背後で電車のドアが閉まる音が聞こえた。

 そのまま電車は走り出し、あっという間に遠くへと行ってしまった。

 そんな光景を見続けているということは、僕の足は今止まっている。

 それに気づいて、慌てて足を一歩進めようとしたとこで、隣で今だに足を止めていたマノ君が目に入った。


「マノ君、大丈夫?」


「うん? あ、あぁ……悪い。帰るか」


 僕が声を掛けたことで自分が立ち止まっていたことに気付いたマノ君が乱暴に一歩を進めて歩き出す。

 二人して時間感覚があやふやになっていたみたいだ。

 早乙女さんと別れてから、いつの間にか最寄り駅である津田の台駅に着いていた感じがする。

 帰っている間、何を考えていたのかはよく覚えていない。

 たぶん佐伽羅さんのことを考えていたとは思うんだけど、具体的な内容はこれっぽっちも出てこない。


「もしかして、佐伽羅さんのことを考えているの?」


 自分で考えていたことが思い出せなかったので、マノ君が帰り道の間何を考えていたのか知りたくなった。


「何でそう思った?」


「それは……」


 佐伽羅さんのことを考えていたのかと聞いた理由は、単にマノ君も僕と同じことを考えていたら良いなと思った僕の願望から出たものだ。

 だけど、僕はそれを上手く言葉に出来なかった。


「……まぁ、いい。俺はそんなことは考えていない」


 答えることができなかった僕を見てマノ君は遠慮してくれたのか、僕の質問にだけ答えてくれる。


「……いや、嘘だな。ずっと、佐伽羅が死んだことを考えていた。今だってそうだ。あんな死に方、人間には絶対にできない。人智を超えているとしか言いようがない。にも関わらず俺は、もしかしたら八雲になら……八雲だったのなら……そんな人智を超えた芸当を佐伽羅にさせることができたんじゃないかと考えている。八雲と渡り合えるのは神だけだと言っていた佐伽羅を鼻で笑っていたはずの俺がこんなことを考えちまっているんだ。なんなら、八雲そのものが神なんじゃないかってな。本当、どうかしてるよな」


 前言撤回して、自問自答するように話すマノ君はどこか弱々しく見えた。


「神の御業みわざって、マノ君は言ってたよね?」


「あぁ、言ったな。それが何だって言うんだ?」


 唐突にマノ君が言った言葉を僕が引用したので、マノ君は変な顔をする。


「僕は神様っていると思うんだ。それがキリスト教やイスラム教みたいに神様が一人しかなくても、日本の神教みたいに八百万の神々ぐらいいっぱいいても、神様はいると思うんだ」


「急に何を言い出すんだよ?」


 マノ君はますます変な顔をする。


「でもね、僕は神様が僕達に干渉してくることはないと思うんだ。神様が誰かに加護を与えたり、罰を与えたり、恵みの雨を降らせてくれたり、そういうことは神様は一切しないんだよ。ただ、僕達のことを見ているだけ。干渉してくることもなければ、干渉することもできない。目には見えないけど、そこにいる。僕達に知覚はできないけど、認識することはできる。神様っていうのは、たったそれだけの存在なんだよ」


 穏やかな口調で話す僕をマノ君はじっと黙って聞いてくれた。


「……つまり、神の御業でも何でもなくて、佐伽羅の死はれっきとした人間によるもの。そして、俺達に干渉してくる八雲もまたれっきとした人間だと?」


「なんとなくね。佐伽羅さんの死が自殺なのか他殺なのか、ましてや八雲によるものなのかは全然わかんないんだけどね」


 ちょっと小恥ずかしくなってきたので僕は誤魔化すように小さく笑う。


「……そうだな。そうかもしれないな」


 頭にかかっていたもやが吹っ切れたようにマノ君の顔は少し明るくなっていた。

 そんなマノ君の顔を見て嬉しくなり、僕の顔も自然と明るくなる。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「じゃあな」


 マノ君が自分の部屋に入る前に声を掛けてくる。


「あ、おやすみ。マノ君」


 僕も鍵を外したドアの取っ手を掴みながら答える。


「あぁ、おやすみ。また明日な」


「……うん! また明日!」


 僕が声を上げて答えるとマノ君は満足そうにして自分の部屋へと帰っていった。

 それを見届けてから僕も自分の部屋へと帰る。

 佐伽羅さんの死の真相は何一つわかっていない。

 だけど、僕達は少しだけ吹っ切ることができた。

 僕達と面会した直後に佐伽羅さんは亡くなった。

 佐伽羅さんが誰かに殺されたのなら、もしかすると次は僕達が殺されてしまうかもしれない。

 正直、とても不安だ。

 次は自分が殺される番なんじゃないかと考えるだけでも生きた心地がしない。

 でも、それは神様の御業なんかじゃない。

 僕と同じ人間の仕業だ。

 同じ人間相手ならマノ君や早乙女さん、六課の皆と協力すれば対処できないことはないはずだ。


 だって、神様は僕達に干渉しないから。

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