佐伽羅さんの訃報から一夜明けて、今日は学校に行く日だった。
昨日、マノ君と会話したことと一晩眠りにつけたことで僕の気分はだいぶ落ち着くことができていた。
佐伽羅さんの死の真相は気がかりではあるけど、今は渋谷の通り魔事件の方に注力しなければならない。
なにせ、まだ広崎さんに接触してきたマイグレーターが一体どんな姿なのかわかっていないんだ。
このまま何の手がかりも掴めないままだと事件は迷宮入りしてしまう。
手塚課長はなんとかすると言っていたけど、広崎さんの無実の証明だって難しくなってしまうかもしれない。
それだけは絶対に阻止しないと……
いろいろなことを考えているうちに学校に向かう時間が近づいていた。
僕は
途中、マノ君に会えるかなと思ったけど、タイミングが違ったのかマノ君の姿を見つけることはできなかった。
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「あっ! 伊瀬っち、おはよっ!」
下駄箱から教室に向かう途中、僕は美結さんと出くわした。
「おはよう、美結さん。なんか、こうやって学校で会うのって珍しい感じがするね」
「あ〜たしかに。六課で会ってるから気にならなかったけど、学校で伊瀬っちと会う機会ってあんまりないかも」
美結さんは僕と学校で会った回数を思い出しながら指折りする。
以前、マノ君に教えてもらったローテーションの話を思い出した。
もしかすると、僕と美結さんはローテーション的に学校で会いづらいのかもしれない。
「そんなことよりさっ、昨日の早乙女さんの用事ってなんだったの? 伊瀬っちとアイツに話があったみたいだけど」
美結さんは周りに聞こえないように気を使って声をひそめる。
今の内容的には誰かに聞かれたとしても問題はないだろうけど、念の為なんだろう。
「え〜っと……」
内容が内容なので、美結さんにどこまで話していいのかわからない。
そもそも、僕とマノ君が佐伽羅さんと面会したこと自体、美結さんは知らないんじゃないだろうか。
それどころか、深見さんや手塚課長だって知らないかもしれない。
知っているのはマノ君と早乙女さんに榊原大臣、そして僕ぐらいなんだろう。
それに佐伽羅さんのあんな死に方……美結さんには伝えるべきじゃないと思う。
「あ〜〜、おっけ、おっけ。言えない感じのやつね。大丈夫、無理しないで。そういうことじゃ、仕方ないよね。これ以上は聞かないでおくよ」
僕がどう答えようかと思案を巡らしていると、美結さんが何かを
「……ごめん。ありがとう」
美結さんに対して隠し事というか、
「いいよ、全然気にしないで! そういうことなんだからしょうがないって! アタシ、伊瀬っちが来るずっと前から六課にいるんだよ。六課に長くいればそういうことの一つや二つ嫌でも経験してるから」
「そういうものなの?」
「そういうものなんだよ……ほら、伊瀬っちも六課に入る前に言われなかった? 守秘義務がどうのこうのって」
そう言えば、榊原大臣から特別司法警察職員に任命された時に早乙女さんから守秘義務の話があったな。
六課は国家機密を扱うから守秘義務に関しては余計に厳しい対応を求められたっけ。
「たしかに、言われたよ」
「でしょ! まぁ、アタシ達が触れてることって国家機密レベルだから仕方ないんだけどさぁ……事あるごとに守秘義務だのどうだとか言われちゃうとげんなりきちゃうよね。それにいくら守秘義務があるからって六課の皆にも共有しちゃいけないことがあるのっておかしくない?」
「それはそうだね。僕も仲間にも言えないことがあるって嫌な感じがするかな」
「だよね! 必要なことかもしれないんだろうけど、それでもなんか嫌な感じが残っちゃうよね」
美結さんは仕方のないことだとわかってはいても気持ちの面でどうも納得できていないみたいだ。
僕だって大手を振って納得できるかと言われると、そうではないと思う。
だけど、美結さんが言っていたようにこれは必要なことだというのもわかっている。
同じ六課だからといって、やたら滅多に情報を共有させないのは僕達の命を守るという意味もあるかもしれない。
佐伽羅さんが亡くなっていることもあり、余計に僕はそう感じてしまう。
「まぁ、とりあえず、早乙女さんの用事はアタシ達には言えないようなことだってわかっただけでも収穫かな。あっ……アイツはどんな感じだった?」
「どんなって?」
「早乙女さんの用事を聞いた時の反応はどんな感じだったのかなって。アタシ達に言えないってことは、それなりの内容だったんでしょ? アイツ、ああ見えて一人で抱え込むタイプだから」
口調は普段と変わらないけど、どうやら美結さんなりにマノ君のことを心配しているらしい。
「どうだろう……最初は酷く
「そっか。それが聞けて、ちょっと安心したよ。……一人になった時は危うい感じもあったけど、伊瀬っちが来て、また二人になったことがアイツにとっても良かったのかもね」
美結さんは途中から僕へ対してではなくて、マノ君に対する独り言のようになっていた。
「ねぇ、伊瀬っち」
「ん? 何?」
「これからもアイツのことよろしくね」
「う、うん! 任せてって言えるほど僕には何の力もないかもしれないけど……任せて!」
いつもとは違った表情を見せた美結さんだった。