それぞれの昼食の話から話題は中間テストに関するものへと移っていた。
「中間の結果が返ってくるのって、そろそろだよな?」
「そうだね。採点の方も終わってる頃だし、今週中には全教科返ってくると思うよ」
「さすがに、今日は返ってこないよな?」
「う~ん、五限は体育だから問題ないとして、可能性があるとすれば六限の数学かな」
佐藤君の不安を
「たしか、佐藤君の数学のクラスって鈴木先生だよね?」
数学係ということもあってマノ君はそういう情報に詳しいらしい。
「おう、そうだぞ」
「だったら、心配ないかも。数学の鈴木先生ってテストの採点が遅いことで有名だから」
「お~、マジか! よかった~」
とりあえず今日はテストの返却がない可能性が高いことを知り、佐藤君は安堵の笑みを浮かべる。
「今日、帰ってこないだけで数日後には返ってくるんだよ。結果は変わらないんだから今日でも問題ないんじゃないの?」
「そう言うなよ、清水。俺、今回のテストで数学が一番ヤバそうなんだよ」
「そんなに難しかったの?」
中間テストが実施された後に転校して来た僕は
「あ、そっか。伊瀬はテスト受けてないのか。くそ~、羨ましい!」
なんで俺は中間テストが終わった後に転校して来なかったんだと佐藤君は嘆く。
そもそも在校生の佐藤君が転校して来るというのはおかしなことなのだけど、そこはあまりツッコまないことにした。
「羨ましいかどうかはさておき、今回の数学のテストはいつもよりちょっと難しかったかもね」
「だよな! 数学が得意な悠真でも難しかったって言うくらいなんだから俺にとっては相当だぜ」
話の流れからすると佐藤君はあまり数学が得意な方ではないみたいだ。
「あ〜、どうにか赤点回避できてねぇかな〜」
それどころか苦手みたいだ。
「そんなにテストの出来悪かったの!? 多少はいつもより難しかったけど、基礎的な問題を落としていなきゃ赤点になることなんて滅多にないと思うよ」
「えっ、そうなの? 俺、どれが基礎的な問題かなんて全然わかんなかったんだけど」
清水さんの指摘を受けて赤点への焦りを感じる佐藤君。
「ちゃんと公式とか覚えた?」
「そりゃあ、覚えたけど……その覚えた公式をどこでどう使うのかがわからん」
「ちょっと、そんなんで大丈夫? クラス委員なんだからしっかりしないと。クラス委員が赤点取るなんて笑えないよ」
「それは違うぜ。俺は赤点を取りやすいから、それを補うためにクラス委員をやっているんだ。もし、赤点を取ってもクラス委員をやっておくことで内心を稼いであるから、いざという時に大目に見てもらうんだよ」
赤点を取るからこそクラス委員をやるという、とんでもない持論を佐藤君は持ってくる。
「それじゃあ、本末転倒だよ」
佐藤君の持論に清水さんは呆れて物も言えない様子だ。
「まぁ、今んとこは大丈夫だ。赤点ギリギリで抑えてる。ちょっと待ってくれ、俺のインスタに歴代の赤点ギリギリの答案達があるから」
「なんでそんなのを投稿してるの!?」
予想の斜め上を行く佐藤君に清水さんは黙っていられなかった。
「いや〜、なんか記念にさ」
そう言いながら、インスタのアプリを立ち上げて佐藤君は過去の投稿を遡る。
「お、あった。これ、これ」
佐藤君がスマホの画面を僕達に見えやすいように向けてくる。
画面には三枚程のテストの答案用紙に「29」「34」「31」と赤ペンで点数が書かれていた。
たしかに、佐藤君の言う通り赤点ギリギリな点数がそこには並んでいた。
教科は数学、化学、物理といった比較的平均点が低くなりがちなものばかりだった。
他の教科では赤点もあり得たのだろうが、本当に絶妙なラインをついている。
「これを狙ってやってるならある意味すごいね」
清水さんは堂々と並んでいる点数達をまじまじと見る。
「いや、どれも全力で挑んだ結果だ」
誇るように佐藤君は胸を張る。
点数は誇れるようなものじゃないけど。
「それはそれで、すごいんじゃないかな」
狙わずとも赤点ギリギリをキープできる佐藤君の勘の良さにマノ君は逆に感心する。
「……これからはもっと勉強頑張らないとね」
「お、おう」
清水さんに深刻な表情でもっともな事を言われた佐藤君は素直に返事をするしかなかった。
「まったく、こんなくだらない事ばかり投稿してるの?」
「そ、そんなことはないぞ。ちゃんと、友達との写真とか景色や食べ物の写真も投稿しているぞ!」
テスト結果の投稿をくだらない事と言われて若干ショックを受けた佐藤君だったが、弁明するように他の投稿をスクロールして見せる。
「な? 男子高校生らしい投稿してるだろ?」
佐藤君がそう豪語するだけあって、友達と旅行や遊びに行った時の写真に部活の写真、綺麗な景色が写った写真から美味しそうなラーメンの写真など青春を
「本当だ。まともな投稿もしてるんだね」
「いや、どちらかというとアレが稀なだけだからな」
念押しするように佐藤君は他の投稿もスクロールして見せてくる。
いろいろな写真が佐藤君の指のスワイプに連動して流れていく。
ラーメンの写真や友達とロードバイクで遠くまで遊びに行っている写真、海の夕焼けの写真、サッカーの試合の写真、夜の渋谷スクランブル交差点の写真、有名なアーティストの――
「ッ! ちょっと待って!」
僕の鋭い呼び止めに対して、佐藤君はスマホの画面をスルスルと動かしていた指を止めてくれた。
「どうした? なんか気になる写真でもあったか?」
「う、うん。少し、気になったのがあって……今の、一枚前の写真を見せてくれないかな?」
佐藤君の指は彼が好きなのであろう有名なアーティストのライブの写真で止まっていた。
「おう、いいぞ。ほいよ」
流れていく写真の中で、僕の目に止まった写真が映し出される。
「これって……」
「あぁ、これな。こないだ部活の奴らと夜に渋谷スカイに行ったんだよ。スクランブル交差点を上から撮ってるんだけど、めちゃくちゃ綺麗だろ」
「そ、そうだね。すごく綺麗だよ」
上から見下ろすように撮られたスクランブル交差点には大勢の人が行き来してる姿が見える。
生憎と顔は見えないけど……カメラはこれだけじゃない。
「これなら……」
マノ君とバチッと目が合った。
その目は六課にいる時によく見るマノ君の目、そのものだった。
きっと、マノ君も僕と同じ考えに行き着いたんだろう。
この方法ならもっと効率良く、有効な手掛かりを見つけることができるかもしれない。