就寝前、日南隆二はデバイスでメッセージのやり取りをしていた。相手は業務課六組に所属する千葉だ。
ベッドに寝転んだ状態で文章を打ち込む。
「記録課の人たちはいい人だし、どうにか馴染めそうだよ。独身寮も、前までいたアパートより居心地がいい」
メッセージを送信し、日南は室内へ目をやった。
ワンルームであることに変わりはなく、ユニットバスのため浴槽は狭い。しかし、終幕管理局から提示された給料は以前の職場よりも若干高く、さらに独身寮の家賃は破格の安さだった。
何よりも嬉しいのは、敷地内にあるため人目を気にする必要がないことだ。日南と同じ三十代の男性もちらほらといるため、気兼ねがなかった。
千葉から返信が届き、日南は再びデバイスの画面を見る。
「それはよかったです。何か困ったことがあれば、いつでも連絡してくださいね」
もう世話係は終わったはずなのに、千葉は親身になってくれる。その優しさがありがたく、日南はくすぐったいような気持ちになった。
「ありがとう」
とだけ打ち込んで、日南はメッセージを送った。
年齢は十歳以上も離れているが、そうしたことが気にならないほど心地よい距離感で、純粋に大切にしたい友人だ。
すぐにふと思い出して再びメッセージを送信する。
「明日の夜、一緒に夕食でもどうかな? 千葉くんに聞きたいことがあるんだ」
「どこなんだよ、ここは」
すぐ後ろから
「わたしにも分かんない……どこなんだろう、ここ」
いつもは強気な彼女が不安そうにし、最後尾を歩く
「ちょっと休憩しないか? ずっと歩き続けても、ちっとも景色が変わらないんだ。もうくたくただよ」
「賛成! 休もう休もう」
と、北野が足を止めた。
日南は遅れて立ち止まり、すっかり疲れきっている二人を振り返る。
「まったく……追われてる身だっていうのに、のんきなもんだぜ」
物語の墓場から逃げ出して二日が経過していた。「幕引き人」たちが追ってきている気配はないが、日南たちは今朝から深い森に迷い込んでいた。
行けども行けども同じような木々ばかりが視界を埋め尽くし、森を抜けるきざしすら見えない。木漏れ日を見つけると懐かしさを覚えるような、薄暗い森だ。
しぶしぶと日南も近くの木の根本に腰を下ろした。幹へ背中を預け、一つ息をついた直後、どこかでがさがさと音がした。
はっとして周囲を見回す日南へ、北野と西園寺が
「どうしたの?」
「何かあったか?」
「静かに。今、どこかで音が聞こえた」
そろそろと立ち上がった日南は、音のした方へ体を向けてじっと待つ。
やがて木々の間から長いウェービーヘアをポニーテールにした少女が現れた。
「わあ! 人だ、人だ!」
少女は目を輝かせると、くるりと
「リエト兄ちゃーん! 久しぶりにお客さんだよー!!」
「あっ、待て!」
日南はすぐに少女の後を追いかけた。北野と西園寺も慌ててついてくる。
少女はやたらがちゃがちゃと音のする鞄を下げており、緑色のケープを羽織っていた。ファンタジーな雰囲気の服装だ。
百メートルほど走っただろうか、先が開けて少女が立ち止まった。
「リエト兄ちゃん! 聞いて聞いて!」
彼女の視線の先にいたのは、明るい赤髪の青年だ。細身ですらりと背が高く、ツリ目でなかなか整った顔立ちをしている。彼もまた緑色のケープを羽織っていた。
「聞こえてるわ、アホ」
と、青年は彼女を軽くどつくが、少女は嬉しそうに笑うばかりだ。
ようやく追いついた日南たちに視線を向け、青年が近づいてくる。
「よう、お客さん。まともな案内できへんくてすまんなぁ」
「あ、あの……ここは?」
日南の問いに青年はにこっと笑う。
「蛹ヶ
背後で西園寺が「魔法学校!?」と、嬉しそうに言うのが聞こえた。オカルトが好きな彼のことだ、魔法と聞いて好奇心が刺激されたのだろう。
「俺はリエト・リオネッロ」
青年が名乗り、少女もこちらへ顔を向けて微笑む。
「あたしはソヨ・ボーマルシェ」
二人ともカタカナの名前だ。魔法学校というからには、やはり西洋的なイメージらしいと見て取れる。
「オレは日南梓だ」
「北野響です」
「西園寺悠真です」
日南たちも名乗り終えると、ソヨが首をかしげながら言う。
「どっちが名前?」
「え? ああ、ファミリーネームが日南だから、名前は梓だ」
「じゃあ、梓ちゃんね!」
「は?」
戸惑う日南にかまわず、ソヨは後ろの二人にも笑顔を向ける。
「響ちゃんと悠真ちゃん! 覚えたよー」
マイペースという印象より、独特な空気感を強く感じさせる少女だ。
一方でリエトの方も独特なしゃべり方をする。
「あんたら、お腹減ってへん?」
「ああ、そういえば……」
昨日から何も食べていなかった。しかし空腹を覚えることはなく、今の今まで苦痛に感じなかったのは、やはり虚構の世界だからだろう。
「じゃあ、飯食わせたるわ。ついておいで」
リエトが先頭に立って歩き出し、日南たちは後をついていく。よく見るとリエトは長い
何だか妙な人たちに出会ってしまったが、ひとまず森から出られそうで日南はほっとする。
リエトの案内で森を出ると、広い場所へ出た。建物がいくつも並んでいるが、どれも魔法学校にしては近代的なコンクリートの造りだ。
「ちょっと前までは、もっと人がいてにぎやかだったんやけどな」
歩きながらリエトが話し出す。
「いつの間にか人がいなくなってたけん、すっかり寂しくなってもうた」
「どうして人が?」
日南は物語の墓場で起きていた大量失踪事件を思い出す。しかしリエトは言った。
「それが分からんのや。もっとも、最近は殺人事件で人が減ってるんやけど」
「殺人事件?」
少なからず日南は驚いた。魔法学校で殺人事件とは穏やかでない。そういう設定なのだろうかと考えるが、北野の意見も聞きたいところだ。
「まず、この敷地内から出られなくなったんが最初やったな。それから人が大勢消えて、十五人くらいになった時から殺人事件が起き始めた」
「今残っているのは?」
「俺たちを含めて八人。そちらさんが三人やから、十一人やな」
リエトが冷静に説明する途中、ソヨが口を挟む。
「総合科の先生とか、あたしと同じ工学科の子とか、みーんな殺されちゃったんだ」
と、先ほどまでの笑顔とは裏腹に、悲しそうな顔をして見せた。