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第3話

 就寝前、日南隆二はデバイスでメッセージのやり取りをしていた。相手は業務課六組に所属する千葉だ。

 ベッドに寝転んだ状態で文章を打ち込む。

「記録課の人たちはいい人だし、どうにか馴染めそうだよ。独身寮も、前までいたアパートより居心地がいい」

 メッセージを送信し、日南は室内へ目をやった。

 ワンルームであることに変わりはなく、ユニットバスのため浴槽は狭い。しかし、終幕管理局から提示された給料は以前の職場よりも若干高く、さらに独身寮の家賃は破格の安さだった。

 何よりも嬉しいのは、敷地内にあるため人目を気にする必要がないことだ。日南と同じ三十代の男性もちらほらといるため、気兼ねがなかった。

 千葉から返信が届き、日南は再びデバイスの画面を見る。

「それはよかったです。何か困ったことがあれば、いつでも連絡してくださいね」

 もう世話係は終わったはずなのに、千葉は親身になってくれる。その優しさがありがたく、日南はくすぐったいような気持ちになった。

「ありがとう」

 とだけ打ち込んで、日南はメッセージを送った。

 年齢は十歳以上も離れているが、そうしたことが気にならないほど心地よい距離感で、純粋に大切にしたい友人だ。

 すぐにふと思い出して再びメッセージを送信する。

「明日の夜、一緒に夕食でもどうかな? 千葉くんに聞きたいことがあるんだ」


 鬱蒼うっそうとしげる木々をかき分けながら進む。時おり日差しが地上まで届くが、ほんのわずかでしかなかった。

「どこなんだよ、ここは」

 日南梓ひなみあずさ辟易へきえきしながらつぶやいた。

 すぐ後ろから北野響きたのひびきの声が返ってくる。

「わたしにも分かんない……どこなんだろう、ここ」

 いつもは強気な彼女が不安そうにし、最後尾を歩く西園寺悠真さいおんじゆうまも言う。

「ちょっと休憩しないか? ずっと歩き続けても、ちっとも景色が変わらないんだ。もうくたくただよ」

「賛成! 休もう休もう」

 と、北野が足を止めた。

 日南は遅れて立ち止まり、すっかり疲れきっている二人を振り返る。

「まったく……追われてる身だっていうのに、のんきなもんだぜ」

 物語の墓場から逃げ出して二日が経過していた。「幕引き人」たちが追ってきている気配はないが、日南たちは今朝から深い森に迷い込んでいた。

 行けども行けども同じような木々ばかりが視界を埋め尽くし、森を抜けるきざしすら見えない。木漏れ日を見つけると懐かしさを覚えるような、薄暗い森だ。

 しぶしぶと日南も近くの木の根本に腰を下ろした。幹へ背中を預け、一つ息をついた直後、どこかでがさがさと音がした。

 はっとして周囲を見回す日南へ、北野と西園寺が怪訝けげんそうな視線を向ける。

「どうしたの?」

「何かあったか?」

「静かに。今、どこかで音が聞こえた」

 そろそろと立ち上がった日南は、音のした方へ体を向けてじっと待つ。

 やがて木々の間から長いウェービーヘアをポニーテールにした少女が現れた。

「わあ! 人だ、人だ!」

 少女は目を輝かせると、くるりときびすを返して駆け出した。

「リエト兄ちゃーん! 久しぶりにお客さんだよー!!」

「あっ、待て!」

 日南はすぐに少女の後を追いかけた。北野と西園寺も慌ててついてくる。

 少女はやたらがちゃがちゃと音のする鞄を下げており、緑色のケープを羽織っていた。ファンタジーな雰囲気の服装だ。

 百メートルほど走っただろうか、先が開けて少女が立ち止まった。

「リエト兄ちゃん! 聞いて聞いて!」

 彼女の視線の先にいたのは、明るい赤髪の青年だ。細身ですらりと背が高く、ツリ目でなかなか整った顔立ちをしている。彼もまた緑色のケープを羽織っていた。

「聞こえてるわ、アホ」

 と、青年は彼女を軽くどつくが、少女は嬉しそうに笑うばかりだ。

 ようやく追いついた日南たちに視線を向け、青年が近づいてくる。

「よう、お客さん。まともな案内できへんくてすまんなぁ」

「あ、あの……ここは?」

 日南の問いに青年はにこっと笑う。

「蛹ヶさなぎがおか魔法学校や」

 背後で西園寺が「魔法学校!?」と、嬉しそうに言うのが聞こえた。オカルトが好きな彼のことだ、魔法と聞いて好奇心が刺激されたのだろう。

「俺はリエト・リオネッロ」

 青年が名乗り、少女もこちらへ顔を向けて微笑む。

「あたしはソヨ・ボーマルシェ」

 二人ともカタカナの名前だ。魔法学校というからには、やはり西洋的なイメージらしいと見て取れる。

「オレは日南梓だ」

「北野響です」

「西園寺悠真です」

 日南たちも名乗り終えると、ソヨが首をかしげながら言う。

「どっちが名前?」

「え? ああ、ファミリーネームが日南だから、名前は梓だ」

「じゃあ、梓ちゃんね!」

「は?」

 戸惑う日南にかまわず、ソヨは後ろの二人にも笑顔を向ける。

「響ちゃんと悠真ちゃん! 覚えたよー」

 マイペースという印象より、独特な空気感を強く感じさせる少女だ。

 一方でリエトの方も独特なしゃべり方をする。

「あんたら、お腹減ってへん?」

「ああ、そういえば……」

 昨日から何も食べていなかった。しかし空腹を覚えることはなく、今の今まで苦痛に感じなかったのは、やはり虚構の世界だからだろう。

「じゃあ、飯食わせたるわ。ついておいで」

 リエトが先頭に立って歩き出し、日南たちは後をついていく。よく見るとリエトは長い襟足えりあしを後ろで一つに結っていた。

 何だか妙な人たちに出会ってしまったが、ひとまず森から出られそうで日南はほっとする。

 リエトの案内で森を出ると、広い場所へ出た。建物がいくつも並んでいるが、どれも魔法学校にしては近代的なコンクリートの造りだ。

「ちょっと前までは、もっと人がいてにぎやかだったんやけどな」

 歩きながらリエトが話し出す。

「いつの間にか人がいなくなってたけん、すっかり寂しくなってもうた」

「どうして人が?」

 日南は物語の墓場で起きていた大量失踪事件を思い出す。しかしリエトは言った。

「それが分からんのや。もっとも、最近は殺人事件で人が減ってるんやけど」

「殺人事件?」

 少なからず日南は驚いた。魔法学校で殺人事件とは穏やかでない。そういう設定なのだろうかと考えるが、北野の意見も聞きたいところだ。

「まず、この敷地内から出られなくなったんが最初やったな。それから人が大勢消えて、十五人くらいになった時から殺人事件が起き始めた」

「今残っているのは?」

「俺たちを含めて八人。そちらさんが三人やから、十一人やな」

 リエトが冷静に説明する途中、ソヨが口を挟む。

「総合科の先生とか、あたしと同じ工学科の子とか、みーんな殺されちゃったんだ」

 と、先ほどまでの笑顔とは裏腹に、悲しそうな顔をして見せた。

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