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第5話

 一通り自己紹介が済むと、元夢が「どうぞ、食べてください」と、日南たちをうながした。

 ありがたくホットサンドに口をつけたところで、リエトが話し出す。

「さっきもちょろっと話したけど、今、この世界はおかしなっとるねん。学校の敷地から外へ出られへんし、人はいなくなるし、挙句の果てに殺人事件まで起きとる。次は誰が殺されるんか、怖くて眠れへんのや」

 言いながらも、本当に恐怖を感じているようには見えなかった。むしろどこか諦観ていかんの念さえ漂う。

「この世界は元々、どういう世界だったんだ?」

 日南の問いに答えたのは燈実だった。

「こんなことになる前は、あちこちで異世界とつながるゲートが開いたり閉じたりしてたんです。なので、異世界の人たちが大勢やってきてて、オレたちもそのうちの一人なんです」

 ぽつりと西園寺がつぶやく。

「異世界か」

「人間だけじゃなく獣人や妖精なんかもいて、本当にすごい多様性のある学校だったんです。ただ、来ることはできても、元の世界に戻る方法は確立されてなくって」

 と、燈実はわずかに目を伏せる。

「やから、この世界には異世界人がぎょうさんおった。それらを俺らは快く迎え入れて、仲良う暮らしてたんや」

 北野が質問した。

「どうして異世界の人を受け入れられたの? 抵抗はないの?」

「ああ、まったくない。というのも、その昔、この世界が危機に陥った時、異世界から来た救世主が助けてくれたんや」

 話を続けながらリエトが誇らしげな表情をする。

「魔法が使えるようになったんも、救世主の連れてた四大精霊のおかげでな。それ以来、異世界から来た客人はみんな、救世主の末裔まつえいやと思って歓迎してるんよ」

「なるほど」

 元からこの世界に暮らす人々は義理堅いらしい。それで日南たちもすんなりと受け入れられたのだと腑に落ちた。

「ほんの少し前までは、本当にみなさん、楽しく過ごしていたんですよ」

 と、フィオーレが寂しそうに言う。

「それなのにある日突然、閉じ込められてしまって……」

 うつむく彼女を横目に見てからリエトが説明する。

「敷地内に学生寮はあるけど、フィーちゃんたちは街で暮らしてたんや。それが出られなくなって、家に帰られへんようになった」

「俺たちも街にアパートを借りて暮らしてたんだけどな」

 と、元夢もため息をついた。

 日南は食事を進めつつ質問をする。

「何で出られなくなったか分かるか?」

「いいや、ちっとも分からへん。敷地の外側に見えない壁みたいなもんがあってな、すぐそこに街があるはずやのに、行き来できなくなってもうたんや」

「街の様子は?」

「おう、風魔法使って上から見たことあるで。けど……」

 リエトが伏し目がちになって一つ息をつく。

「街にはもう誰もおらんみたいで、がらんとしてたわ。まるで廃墟はいきょみたいやった」

 店内に重たい沈黙が訪れる。誰もがこの異常事態に動揺し、あきらめにも似た思いを抱いているようだ。

 日南は北野へ視線をやった。

「北野。どういうことだと思う?」

「うーん、見た感じ、ゆらいではないんだよね」

 と、北野は答えながら自分の手元を見つめる。

「食事もちゃんと食べられるし、この物語はしっかり存在してる。作者に忘れられてないことは確実だよ」

「登場人物たちが外に出られないのは?」

「何か理由があるはずだけど、まだ分からない。人が消えた理由や、殺人事件の起きている理由も」

「そうか」

 日南は考えるのを後回しにして、リエトへまた質問をした。

「殺人事件について教えてもらえるか? 最初はどんなだった?」

「ああ、最初は……誰やったっけ?」

 リエトが初めて曖昧あいまいな答えをし、ソヨが口を開く。

「魔法兵科の人じゃなかった?」

「え、総合科のあの人でしょ?」

 と、返したのはエクレアだ。

 それを皮切りに次々とみんなが口を開き始めた。ああでもないこうでもないと言葉を重ねるが、具体的な名前や明確な情報は一つも出てこない。

 日南梓は嫌な感じを覚えて北野を見る。

「おい、北野」

「うん。みんな、記憶がおかしくなってるみたいだね」

 十五人しかいなかったのに、誰も最初に殺された人物を覚えていないのは不自然であり、異常だ。

「分かった。じゃあ、次の質問をする」

 と、日南は少し声を大きめにして言い、全員の視線を集める。静かになったのを確かめてから日南はたずねた。

「殺人事件ってことは、犯人がいるはずだよな? 誰か、怪しい人物を見かけてないか?」

 今度は全員が押し黙った。誰も見た者はいないらしい。

「……そうか。分かった」

 今回も「幕引き人」が関わっているのかと思ったが、現時点では可能性は薄そうだ。ならば何故、この異常事態が引き起こされているのか。

 探偵としての探究心が刺激され、日南はもっと情報が欲しいと思った。


 局長の執務室で川辺良一かわべりょういちが頭を下げる。額には汗がにじみ、緊張のためかかすかに肩が震えている。

「ただいま、全力を上げて探しております。もう少しお時間をいただければ、きっと必ず……!」

 焦りを含んだ声音に彼なりの誠実さを認めつつ、嵯峨野春雪さがのはるゆきは冷めた目をしてため息を返す。

「口ではどうとでも言えるだろう」

「っ……」

 川辺の口からかすかに吐息が漏れた。しかし、嵯峨野だって鬼畜きちくではない。彼のプレッシャーはよく理解しているつもりだ。

「痕跡が途絶えたということは、前のように現実世界で息をひそめているのかもしれない。だが、いつかまた現れるはずだ。それまで通常業務に戻りなさい」

「よろしいのですか、局長」

 驚いた顔で川辺が頭を上げ、嵯峨野は視線を外しながら返した。

「それより、警察の方はどうだ? スパイは見つかったか?」

 川辺は背筋をピンと伸ばして言う。

「いえ、まだ報告は来ておりません」

 一昨日、警察は「幕開け人」の拠点と思われるマンションの一室へ踏み入ったが、そこには誰もいなかった。電子機器類も一つ残らず持ち去られていたことから、スパイ疑惑が持ち上がったのだ。

 警察あるいは終幕管理局内部に「幕開け人」と通じている人間がいるはずだ。そうでなければ、家宅捜索が空振りに終わるわけがない。

「とっととスパイを見つけて『幕開け人』の居場所を吐かせろ。その方が早い」

「ごもっともです。至急、警察に連絡を取ってみます」

「ああ、もう下がれ」

「失礼いたします」

 再び頭を下げてから、川辺が足早に執務室を後にする。

 嵯峨野は深くため息をつき、ふと着信音に気づいた。すぐに机の引き出しを開け、私用の小型デバイスを取り出す。

 相手を確認するなり、通話に出た。

「仕事中はかけてくるなと言っただろう?」

「ごめんなさい、伯父さん。でも、どうしても気になって……捜査の方、進んだ?」

 聞き慣れた姪の声がたずね、嵯峨野は苦い顔で椅子の背もたれへ体を預ける。

「まだだ。何かあれば教えるから、仕事に集中しなさい」

「でも、心配で」

「心配することはないと言っただろう? お前は自分のことだけ考えていればいい」

「……分かりました。それじゃあ、また」

 元気のない声で姪が言い、通話が切れる。

 嵯峨野は軽く息をつきながら、すぐにデバイスを引き出しへしまった。

 何気なく天井をながめて困った姪だと思ったが、公私を切り替えきれない自分自身に気づいて苦笑した。

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