目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話

 カフェの外で西園寺が燈実に魔法を教わっていた。オカルト好きという共通点からすっかり意気投合したらしい。

 北野は自らカウンターの内側に入って、皿洗いを手伝っていた。隣で片付けをしている元夢と楽しげに会話を交わしており、こちらも気が合う様子だ。

 他の人たちはすでに解散し、日南とリエトだけがそのまま席に座っていた。

「この学校について教えてくれないか?」

 日南がたずねるとリエトはすぐに口を開く。

「もうかれこれ五百年は経ってる、由緒ゆいしょある魔法学校や。創立者であるリュカ・クリザリドっていうのが、それはすごい魔法使いでな。人々に魔法を教えるために作ったんが元で、時代とともにでかくなってきたっちゅうわけ」

「学科がいくつもあるようだが」

 と、日南はアイスティーの入ったグラスへ口をつけた。

「ああ、魔法総合科に魔法医学科、魔法工学科と魔法生物研究科、魔法兵科の五つや。ちなみに俺は魔法生物研究科で鳥類の魔物を研究してたんやけど、こないなことになってから全滅してもうた」

 言い終えてからリエトがため息をつき、日南は目を丸くしてたずねる。

「研究対象が?」

「おう。何やよく知らんけど、この閉鎖空間のせいらしい。そんで研究ができなくなって……まあ、まともな講義もできへん状況やさかい、毎日退屈に過ごすようになったんよ」

 リエトは少し悲しげに答えて苦笑を浮かべる。

 魔法学校としての機能はとっくに失われていたが、彼ら学生にとってそれがどれだけ辛いことか。少し想像してみただけで日南の胸は鈍く痛む。

「理不尽だな……ところで、少し気になってたんだが」

 日南は暗くなりかけた空気を変えるように、リエトのケープへ目をやった。

「その緑色のケープは、制服なのか?」

 学生たちは全員、ケープを羽織っていた。中の衣服はバラバラで、制服らしきものはケープのみだ。

「ああ、そうや。好きなように飾ってええってことになっとる」

 リエトは席を立ち、くるりと一回りして見せた。五本のベルトで下部に同色の布をつり下げてある。上下ともに内側には、夜空を思わせる濃紺の生地が縫いつけられ、彼の性格を表すような独特のデザインになっていた。

「エクレアのケープにはフリルやレースがついとるし、ソヨのケープには宝石がついとる。イニャスはなんや可愛いもんが好きらしくてな、あいつもフリルつけとったな」

 日南はつい先ほどの出来事を脳裏に浮かべて、ふと気がついた。

「そういえば、イニャスのケープにはポケットがついてたな」

 ワイシャツのように、左胸の辺りに同色の生地でポケットがつけられていた。

「ああ、小さいうさぎが入ってたやろ? あいつ、ぬいぐるみが好きなんや」

 リエトがにやりと笑い、日南も軽く苦笑する。

 イニャスの第一印象は真面目そうな少年だったが、ケープを見るとなかなかに主張が強い。桃色の可愛らしいうさぎをポケットに入れて持ち歩いている時点で、ああ見えて個性が強いのだと分かった。

 何気なく視線を外へ向け、日南は言った。

「ということは、燈実のケープがほぼ原型か?」

「せやな。前を留めるボタンをベルトにしとるだけで、あとはいじってへん」

 と、リエトは椅子へ再び腰を下ろす。

 西園寺が魔法に成功して喜びの声を上げた。燈実もまた、無邪気に拍手を送っている。二人ともとても楽しそうだ。

 自然と会話が途切れたかと思うと、リエトが独り言のようにつぶやいた。

「何でゲートが開いたんやろうな」

 はっとして日南はリエトを見た。彼はテーブルに頬杖をつき、考え込む様子を見せる。

「いやな、ゲートはたしかに昔から開いたり閉じたりしてたんや。けど、外に出られなくなってから、ゲートが開くことはなくなった。言い換えると、異世界の人が一切来なくなったんや」

「それで?」

「急に梓さんたちが来たの、なんか変やなぁって。ずっとゲートが閉じとるのも異常やったけど、急に開くのも異常や。いったいこの世界に何が起きとるのか、まるで分からへん」

 日南は腕を組んで考える。

 そもそもここは想像の世界であり、現実世界では虚構と呼ばれている。物語の墓場から逃げてきた自分たちが、どうしてそれまで閉ざされていたはずの蛹ヶ丘魔法学校へ入れたのか。

 北野が言うにはゆらいでいない。おそらくは作者がまだこの想像を心の中に持っている。

 しかし、人がいなくなったのは何故だ? 殺人事件が起きているのはどういうことだ?

 謎を解き明かすべく、日南はアイスティーを飲み干してから立ち上がった。

「リエト、遺体のあるところまで案内を頼めるか?」

「ああ、ええで」

 リエトも席を立つとカウンターから北野が出てきた。

「どこ行くの、日南さん」

「遺体を見に行く。お前も来るか?」

「もちろん行くよ! だってわたし、助手だもん」

 と、北野が合流したところで日南たちは歩き始めた。


 食堂は閉めきられていたせいか、空気がこもっていて不快だった。

 半ばまで進んだリエトが、ふと足を止める。

「おかしいな。どこにもあらへん」

 食堂のテーブルや椅子はすべて隅に寄せられており、空間が広く作られていた。しかし、そこには何も無い。

「たしかに、ここに運んだはずやったんやけど」

 と、リエトは自信のなさそうな顔を見せる。

 日南は北野と顔を見合わせた。

「消えたみたいだな」

「遺体が消えるってことは現実世界的に言うと、そのキャラクターの想像が消されたってことになるけど……」

 周辺をうろうろと歩き回るリエトへ、日南は声をかけた。

「なぁ、リエト。遺体がどういう状態だったか、覚えてないか?」

 足を止めて振り返ったリエトは、思い出そうとしてその場にしゃがみこんだ。

「あかん、何も思い出せん」

些細ささいな情報でもいいぞ。何かないか?」

 言いながら日南が歩み寄ると、リエトは頭を抱えた。記憶を掘り出そうとするようにうなり声を上げる。

「うーん、何人も死んだんはたしかや。昨日だって死体がグラウンドに……いや、講堂の前やったかな」

 彼の声は少しずつ小さくなり、次第に消え入りそうになっていく。

「けど、あれは誰やったか、ちっとも思い出せへん……」

 日南梓はリエトのすぐそばで片膝をついた。

「昨日も誰かが殺されたんだな?」

「そうや。ほぼ毎日、誰かが殺されとる」

「だが具体的に誰だったか、どういう状態だったかも分からない、と」

「うーん、梓さんたちと会う前まで考えてたはずなんやけど、すまへん……」

 リエトが申し訳なさそうに眉尻を下げる。碧色の瞳は泣き出しそうだった。

 日南が「気にするな」と声をかけて立ち上がった直後、ソヨとイニャスがやって来た。

「見ーつけたっ! 梓ちゃんたちのお部屋、用意できたから知らせに来たよー!」

 あいかわらず元気な声でソヨが言い、日南は笑みを返す。

「そうか、ありがとう」

「さっそく案内する?」

 日南は北野と目を合わせてからうなずいた。

「そうだな。しばらく寝泊まりすることになるだろうし、先に把握しておくのも悪くない」

「分かった! じゃあ、梓ちゃんの案内はイニャスちゃんに任せるね」

 イニャスが「分かりました」と返し、ソヨはさっそく北野の腕を取った。

「行こう、響ちゃん」

 戸惑う北野だったが、ソヨに腕を引かれて楽しそうに駆けて行く。

 彼女たちを見送ってから、イニャスが小さく笑った。

「それじゃあ、ご案内します」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?