学生寮は敷地の西側にあった。男女別の建物でそれぞれ三棟あり、各フロアには数十の部屋がある。
日南が案内されたのはA棟二階の角部屋だった。
「こちらの部屋を使ってください。といっても、ベッドと机があるだけですが」
イニャスの落ち着いた説明を聞きながら、日南は室内を見て回る。
部屋は横長のワンルームだった。広さはおよそ八畳ほどもあり、左手の壁際に簡素なベッドが置かれている。中央の窓際に机と椅子が設置されていた。いずれも木製のため、温かみが感じられる。
「なかなかいい部屋だな」
「気に入ってもらえたならよかったわ」
と、ついてきたリエトが安心したように笑い、イニャスが説明をする。
「食事はカフェでとってください。トイレとお風呂は一階の共用スペースにあるので、そちらでお願いします」
「さっきちらっと見たところだな」
「ええ、そうです。他に何か、分からないことはありますか?」
首をかしげるイニャスを見て、日南はたずねた。
「西園寺の部屋はどこだ?」
「彼なら同じ階ですよ。ここの三つ隣です」
すぐ近くで助かったと内心で
「じゃあ、北野の部屋は?」
「ソヨ先輩から聞いた話では、たしかA棟の三階だったかと」
イニャスが返し、日南はひそかに気になっていたことを口にする。
「そっか。女子寮に立ち入っても大丈夫そうか?」
日南の問いにリエトとイニャスは顔を見合わせると、同時に笑いだした。
「こないな状況やのに、そこんとこ気にするか?」
「好きにしてくださって大丈夫ですよ」
それもそうだった。学校とはいえ、残っている講師はフィオーレだけだ。誰に怒られるでもないだろうに、日南は誰に配慮したのだろうか。いかにも日本人的な真面目さに我ながら嫌気が差す。
じわりと頬が熱くなるのを感じながら、日南は笑ってごまかした。
「そうだったな、悪い」
「まったく、梓さんは真面目やなぁ」
リエトが呆れまじりに言って扉の方へ戻った。
「そんじゃあ、俺はここで失礼させてもらう。ちなみに俺はここの四階、四◯四号室におるから」
「僕はB棟の六階、六一七号室にいます」
と、イニャスも言う。
「分かった。ありがとう、二人とも」
「じゃあ、また後で」
「失礼します」
リエトとイニャスが出ていくのを見てから、日南はベッドへ腰を下ろした。
体を倒して仰向けになり、天井の木目をながめる。
蛹ヶ丘魔法学校の設定はだいたい把握できた。大学にあたる教育機関で、飛び級制度があるためにイニャスのような十代半ばの少年もいる。
魔法は道具を使うことなく誰でも使えるもので、ゲームのように魔物が存在する。しかし魔物の襲撃があるような
ありがちなファンタジー世界だが、現在は学校の外へ出ることが出来ず、毎日のように誰かが殺されている。
いわばクローズドサークルだ。もしも殺人事件まで作者が想像したものだとしたら、穏やかな日々とのギャップが激しすぎる。心を病んでいるとしか思えなかった。
カフェで夕食をとった後、日南は北野と西園寺の部屋に来ていた。お互いの顔が見えるようにして
「この世界、すごいよ。本当に魔法が使えるんだ」
と、興奮冷めやらない様子で西園寺が言い、日南は苦笑した。
「今は殺人事件について話したいんだが?」
はっとする西園寺だが、まだ話し足りないのか口をもごもごさせる。
北野は苦笑いをして「わたしたちも魔法が使えるのはいいことだよね」と、言った。
西園寺は子どもみたいにぱっと顔を輝かせた。
「うん、俺もそう思う!」
「じゃあ、殺人事件について話し合おう」
さっと北野が話題を変え、すかさず日南は言った。
「まずはこの世界の設定について確認するぞ。第一にここはファンタジーの世界で魔法学校だ」
「今残っているのは八人だけ。前までもっと人がいたっていう話だけど、十五人に減った辺りから殺人事件が起きている」
と、北野。
「ゲートが開いたり閉じたりして、異世界の人がやってくるのが日常茶飯事みたいだったな」
西園寺もそう言って話に加わり、日南は二人の顔を見ながら言う。
「さて、ここで一つ問題だ。どうしてそんな設定になったんだと思う?」
北野と西園寺はきょとんとし、日南は説明する。
「たぶん蛹ヶ丘魔法学校を中心とした物語を、作者は想像したはずだろう? だが、それにしては登場人物が多い。事件が起きる前は十五人いたし、その前はもっといたんだ」
北野がひらめいた。
「群像劇なんじゃないかな? 長く続いたシリーズものだったとすれば、登場人物は何十人いてもおかしくないよ」
「なるほど。だとしたら、作者はよっぽどここを気に入っていたんだな」
「だけど、そんなに一人でやれるものかな?」
ふと西園寺が疑問を口にし、日南と北野は彼を見る。
「全部一人で考えていたのだとしたら、すごく大変だと思うんだ。もっと言うと、どうして殺人事件になっちゃったのか……」
北野が首をかしげながら言う。
「群像劇で殺人事件って、あんまりにも
日南はため息まじりに同意した。
「同感だな。異世界人を歓迎する優しい世界には似つかわしくねぇ。しかも現在進行形なのが引っかかる。現実世界では法律で禁止されてるんだろ?」
「うん、そうだよ」
と、北野は肯定してから気がついた。
「そうすると、作者は犯罪を犯してることになっちゃうんだ。地球の方ではまだ浸透してなくて、次々に逮捕者が出てるとは聞くけど」
「やっぱり変だよな」
日南はそう言ってから考えを進めた。
「仮に殺人事件は作者が意図したものではなかったとしたら、どういうことが考えられる?」
「うーん、物語の枠から出ちゃったようには見えないし、登場人物が勝手に動き出すなんて聞いたことないよ」
弱った様子の北野に、日南は何も言えなくなった。
沈黙を破ったのは西園寺だ。
「最後はどうなるんだろうな。そして誰もいなくなった、かな」
彼のつぶやきに日南は苦虫を噛みつぶす。
「最悪じゃねぇか。そうなる前に犯人を見つけねぇと」
リエトやソヨたちが殺されると思うと気が焦り、日南はたまらず舌打ちをした。
北野が暗い表情のまま言う。
「でも、事件のことを誰も覚えてないんだよね。どうして忘れちゃうのか、それも不思議だよ」
分からないことが多すぎる。新たに事件が起こらないと推理は出来そうにない。
「次に誰が狙われるかも分かんねぇ。くそ、未然に防ぐことも出来ないなんて……」
自身の無力さに苛立つ日南の肩へ、西園寺が片手を置いた。
「最低限の犠牲で済むよう、全力を尽くせばいい」
そう言われても腑に落ちない日南だったが、言い返したところで現状が変わるわけもなく、結局うなずくしかなかった。