目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話

 学生寮は敷地の西側にあった。男女別の建物でそれぞれ三棟あり、各フロアには数十の部屋がある。

 日南が案内されたのはA棟二階の角部屋だった。

「こちらの部屋を使ってください。といっても、ベッドと机があるだけですが」

 イニャスの落ち着いた説明を聞きながら、日南は室内を見て回る。

 部屋は横長のワンルームだった。広さはおよそ八畳ほどもあり、左手の壁際に簡素なベッドが置かれている。中央の窓際に机と椅子が設置されていた。いずれも木製のため、温かみが感じられる。

「なかなかいい部屋だな」

「気に入ってもらえたならよかったわ」

 と、ついてきたリエトが安心したように笑い、イニャスが説明をする。

「食事はカフェでとってください。トイレとお風呂は一階の共用スペースにあるので、そちらでお願いします」

「さっきちらっと見たところだな」

「ええ、そうです。他に何か、分からないことはありますか?」

 首をかしげるイニャスを見て、日南はたずねた。

「西園寺の部屋はどこだ?」

「彼なら同じ階ですよ。ここの三つ隣です」

 すぐ近くで助かったと内心で安堵あんどし、日南は次の質問をする。

「じゃあ、北野の部屋は?」

「ソヨ先輩から聞いた話では、たしかA棟の三階だったかと」

 イニャスが返し、日南はひそかに気になっていたことを口にする。

「そっか。女子寮に立ち入っても大丈夫そうか?」

 日南の問いにリエトとイニャスは顔を見合わせると、同時に笑いだした。

「こないな状況やのに、そこんとこ気にするか?」

「好きにしてくださって大丈夫ですよ」

 それもそうだった。学校とはいえ、残っている講師はフィオーレだけだ。誰に怒られるでもないだろうに、日南は誰に配慮したのだろうか。いかにも日本人的な真面目さに我ながら嫌気が差す。

 じわりと頬が熱くなるのを感じながら、日南は笑ってごまかした。

「そうだったな、悪い」

「まったく、梓さんは真面目やなぁ」

 リエトが呆れまじりに言って扉の方へ戻った。

「そんじゃあ、俺はここで失礼させてもらう。ちなみに俺はここの四階、四◯四号室におるから」

「僕はB棟の六階、六一七号室にいます」

 と、イニャスも言う。

「分かった。ありがとう、二人とも」

「じゃあ、また後で」

「失礼します」

 リエトとイニャスが出ていくのを見てから、日南はベッドへ腰を下ろした。

 体を倒して仰向けになり、天井の木目をながめる。

 蛹ヶ丘魔法学校の設定はだいたい把握できた。大学にあたる教育機関で、飛び級制度があるためにイニャスのような十代半ばの少年もいる。

 魔法は道具を使うことなく誰でも使えるもので、ゲームのように魔物が存在する。しかし魔物の襲撃があるような殺伐さつばつとした世界観ではなく、学生たちはほのぼのとした穏やかな学園生活を送っていた。

 ありがちなファンタジー世界だが、現在は学校の外へ出ることが出来ず、毎日のように誰かが殺されている。

 いわばクローズドサークルだ。もしも殺人事件まで作者が想像したものだとしたら、穏やかな日々とのギャップが激しすぎる。心を病んでいるとしか思えなかった。


 カフェで夕食をとった後、日南は北野と西園寺の部屋に来ていた。お互いの顔が見えるようにして絨毯じゅうたんの上に座る。

「この世界、すごいよ。本当に魔法が使えるんだ」

 と、興奮冷めやらない様子で西園寺が言い、日南は苦笑した。

「今は殺人事件について話したいんだが?」

 はっとする西園寺だが、まだ話し足りないのか口をもごもごさせる。

 北野は苦笑いをして「わたしたちも魔法が使えるのはいいことだよね」と、言った。

 西園寺は子どもみたいにぱっと顔を輝かせた。

「うん、俺もそう思う!」

「じゃあ、殺人事件について話し合おう」

 さっと北野が話題を変え、すかさず日南は言った。

「まずはこの世界の設定について確認するぞ。第一にここはファンタジーの世界で魔法学校だ」

「今残っているのは八人だけ。前までもっと人がいたっていう話だけど、十五人に減った辺りから殺人事件が起きている」

 と、北野。

「ゲートが開いたり閉じたりして、異世界の人がやってくるのが日常茶飯事みたいだったな」

 西園寺もそう言って話に加わり、日南は二人の顔を見ながら言う。

「さて、ここで一つ問題だ。どうしてそんな設定になったんだと思う?」

 北野と西園寺はきょとんとし、日南は説明する。

「たぶん蛹ヶ丘魔法学校を中心とした物語を、作者は想像したはずだろう? だが、それにしては登場人物が多い。事件が起きる前は十五人いたし、その前はもっといたんだ」

 北野がひらめいた。

「群像劇なんじゃないかな? 長く続いたシリーズものだったとすれば、登場人物は何十人いてもおかしくないよ」

「なるほど。だとしたら、作者はよっぽどここを気に入っていたんだな」

「だけど、そんなに一人でやれるものかな?」

 ふと西園寺が疑問を口にし、日南と北野は彼を見る。

「全部一人で考えていたのだとしたら、すごく大変だと思うんだ。もっと言うと、どうして殺人事件になっちゃったのか……」

 北野が首をかしげながら言う。

「群像劇で殺人事件って、あんまりにも荒唐無稽こうとうむけいというか、しっくり来ないよね。それまでに出てきた登場人物を殺しちゃうってことでしょ?」

 日南はため息まじりに同意した。

「同感だな。異世界人を歓迎する優しい世界には似つかわしくねぇ。しかも現在進行形なのが引っかかる。現実世界では法律で禁止されてるんだろ?」

「うん、そうだよ」

 と、北野は肯定してから気がついた。

「そうすると、作者は犯罪を犯してることになっちゃうんだ。地球の方ではまだ浸透してなくて、次々に逮捕者が出てるとは聞くけど」

「やっぱり変だよな」

 日南はそう言ってから考えを進めた。

「仮に殺人事件は作者が意図したものではなかったとしたら、どういうことが考えられる?」

「うーん、物語の枠から出ちゃったようには見えないし、登場人物が勝手に動き出すなんて聞いたことないよ」

 弱った様子の北野に、日南は何も言えなくなった。

 沈黙を破ったのは西園寺だ。

「最後はどうなるんだろうな。そして誰もいなくなった、かな」

 彼のつぶやきに日南は苦虫を噛みつぶす。

「最悪じゃねぇか。そうなる前に犯人を見つけねぇと」

 リエトやソヨたちが殺されると思うと気が焦り、日南はたまらず舌打ちをした。

 北野が暗い表情のまま言う。

「でも、事件のことを誰も覚えてないんだよね。どうして忘れちゃうのか、それも不思議だよ」

 分からないことが多すぎる。新たに事件が起こらないと推理は出来そうにない。

「次に誰が狙われるかも分かんねぇ。くそ、未然に防ぐことも出来ないなんて……」

 自身の無力さに苛立つ日南の肩へ、西園寺が片手を置いた。

「最低限の犠牲で済むよう、全力を尽くせばいい」

 そう言われても腑に落ちない日南だったが、言い返したところで現状が変わるわけもなく、結局うなずくしかなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?