日南梓の問いに対し、フィオーレは笑うのをやめて真面目な顔に戻った。
「十時半には部屋に戻りました」
手元のメモに情報を書き込み、日南は彼女たちへ返す。
「そうですか、分かりました。ありがとうございました」
エクレアとフィオーレが席へ戻っていき、西園寺が皿を持って日南の向かいに移ってきた。
「俺たちが夕食をとったのは七時半だったな。それから八時過ぎに俺の部屋へ来て、九時くらいまで話し合っていた」
「ああ、分からないのは十一時から後だ。部屋に一人でいたやつばかりで、ちっとも手がかりがない」
嫌な予感は当たっていた。そもそも夜という時間帯は、誰もが部屋で一人過ごしているものだ。それから朝になって起床するまで、アリバイがないのは当然とも言えた。
「確実なのは、燈実が静さんと一緒にカフェに来たことだな。オレたちとほぼ入れ違いだったし、お互いに顔を見ている。それと、寮で北野と会っているソヨや先生の証言も信じていいだろう」
「けど、誰かが嘘をついてるのはたしかだよな」
西園寺の言葉に、日南は無言でうなずいた。
犯人がいる以上、全員の証言を完全に信じることはできない。矛盾点を探し出さなければならないが、どこに手がかりが隠れているのか、現時点では分からないままだった。
「夜遅くまで外にいたのは静さんとイニャスだが、それだけで疑うわけにもいかないしな」
日南は軽くため息をつき、ようやく手元の朝食に手を伸ばした。
「さて、どうすっかな……」
今後の計画を頭の中で組み立てつつ、日南はサンドイッチにかじりついた。
「おはようございます」
日南隆二は慣れた様子で記録課のオフィスへ入った。
「おはよう、りゅーくん」
「おはようございます」
今朝も長尾課長と一坂が先に来ており、日南は笑顔を返しながら自分のデスクへ向かい、椅子を引いた。
腰を下ろし、パソコンを起動させる。画面が立ち上がる間、日南はふと正面に座る一坂の様子を盗み見る。
真面目な彼女はまだ始業前であるにもかかわらず、すでに仕事を始めているようだ。静かな室内にキーボードをたたく音が聞こえていた。
一方、課長は席に座ってのんびりと小型デバイスを操作している。ちらりと見えた画面から、どうやらネットニュースを見ているらしいと分かった。
課長の常にリラックスした態度は、穏やかな記録課の雰囲気を作ってくれている。一坂もまたマイペースなところがあるため、日南も自分のペースを保ち、落ち着いて仕事へ取り組むことができていた。
速さや精度を求められる仕事ではないことも、日南にとってありがたい。以前とくらべるまでもなく、今の職場の方が断然いいと思えた。
西園寺とリエトに手伝ってもらい、日南梓は遺体を食堂へ運んだ。また消えてしまう可能性はあるが、いつまでも外に置いておくわけにはいかない。
あらためて現場を調べようとして戻ると、静がいた。花壇の前でしゃがみこんで何かをしている様子だ。
「何してるんですか?」
と、怪訝に思った日南がたずねると、静は振り返った。真剣なのか無表情なのか、判断のつかない顔で淡々と言う。
「ああ、花が可哀想だから直してやろうと思って」
片手に小型のシャベルが握られていた。しかし、彼が示しているのはまさに遺体が倒れていた現場だ。
「あー……そういうのは、ちょっと」
と、日南が苦笑すると静は首をかしげる。
「そういうの?」
「だから、その……現場はそのままにしておいてください」
静はきょとんとした表情を浮かべ、シャベルを握ったまま日南をじっと見つめた。その間が妙に長く感じられ、日南は再度繰り返した。
「現場はそのままでお願いします」
静の反応は依然として鈍く、まばたきを繰り返すばかりだ。次に出てきた言葉も、日南の願いに反するものだった。
「……でも、花が」
どうやら話の通じない人らしいと察して、日南は焦った。半ば
「気持ちは分かります。でも、そのままでお願いします! どうか、そのままで! お願いなので、何もいじらないでください!」
「……そうか」
しぶしぶといった様子で静は立ち上がり、どこかへと歩き出す。
すれ違う間際、様子を見ていた西園寺が声をかけた。
「それより、元夢さんとはツインソウルでしたよね? 悲しくないんですか?」
「ああ、人はいつか死ぬものだからな」
平然とした口調で返して、静は寮の方へと去っていった。まったく何を考えているか分からない人だ。
「変な人だな」
日南が苦々しくつぶやくと、リエトが苦笑した。
「よぉ分からん人よな。真面目ではあるっぽいんやけど」
「真面目な人が現場を荒らそうとするか?」
と、日南は眉を寄せながら彼を横目に見る。
「たぶん荒らすんやなくて、純粋に花をどうにかしたかったんやろ」
半分笑いながら言ったリエトに首をかしげる日南だが、すぐに気を取り直した。
「それより現場検証だ。西園寺もリエトも、何か気づいたことがあれば教えてくれ」
二人がそれぞれに返事をし、遺体のあった場所を中心に観察していく。
一方で日南はカフェとの位置関係を確認した。花壇はカフェを出てすぐ左手にあり、そのまま進めば左に正門が見え、道なりに行くとゆるやかな曲がり角があって学生寮が建っている。やや離れてはいるものの、寮からカフェを見ることは可能だ。
次に遺体の状況だが、うつ伏せになっていたことから、被害者は花壇の方を向いていたことになる。おそらく被害者が立っていたであろう位置に見当をつけ、日南は思考を進めた。
「後頭部を
しかも時刻は夜。敷地内に設置されている屋外灯は数が少なく、星空が肉眼で見えるほど暗い。そんな中で、花壇の方を向く状況があるだろうか?
「梓さん。ちぃと俺、考えたんやけど」
リエトがそばへ寄ってきて日南は視線を向ける。
「何だ?」
「凶器なんやけど、もしかしたら魔法ちゃうかな」
予想もしなかったアイデアに日南は目を丸くした。
西園寺も聞いていたらしく、驚いた様子でこちらへやってきた。
冷静にリエトが説明を始める。
「後頭部を殴られたんやろ? ってことは鈍器や。土魔法でならそれが作れる」
「作る?」
「集めた土属性の粒子をな、まとめて石にするんや。土が得意なやつやったら、人を殺す程度のでかさと硬度があるもん、作れたんちゃうか?」
日南梓は西園寺と顔を見合わせてから、リエトへ問う。
「それで、魔法は使った後どうなるんだ?」