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第10話

 日南梓の問いに対し、フィオーレは笑うのをやめて真面目な顔に戻った。

「十時半には部屋に戻りました」

 手元のメモに情報を書き込み、日南は彼女たちへ返す。

「そうですか、分かりました。ありがとうございました」

 エクレアとフィオーレが席へ戻っていき、西園寺が皿を持って日南の向かいに移ってきた。

「俺たちが夕食をとったのは七時半だったな。それから八時過ぎに俺の部屋へ来て、九時くらいまで話し合っていた」

「ああ、分からないのは十一時から後だ。部屋に一人でいたやつばかりで、ちっとも手がかりがない」

 嫌な予感は当たっていた。そもそも夜という時間帯は、誰もが部屋で一人過ごしているものだ。それから朝になって起床するまで、アリバイがないのは当然とも言えた。

「確実なのは、燈実が静さんと一緒にカフェに来たことだな。オレたちとほぼ入れ違いだったし、お互いに顔を見ている。それと、寮で北野と会っているソヨや先生の証言も信じていいだろう」

「けど、誰かが嘘をついてるのはたしかだよな」

 西園寺の言葉に、日南は無言でうなずいた。

 犯人がいる以上、全員の証言を完全に信じることはできない。矛盾点を探し出さなければならないが、どこに手がかりが隠れているのか、現時点では分からないままだった。

「夜遅くまで外にいたのは静さんとイニャスだが、それだけで疑うわけにもいかないしな」

 日南は軽くため息をつき、ようやく手元の朝食に手を伸ばした。

「さて、どうすっかな……」

 今後の計画を頭の中で組み立てつつ、日南はサンドイッチにかじりついた。


「おはようございます」

 日南隆二は慣れた様子で記録課のオフィスへ入った。

「おはよう、りゅーくん」

「おはようございます」

 今朝も長尾課長と一坂が先に来ており、日南は笑顔を返しながら自分のデスクへ向かい、椅子を引いた。

 腰を下ろし、パソコンを起動させる。画面が立ち上がる間、日南はふと正面に座る一坂の様子を盗み見る。

 真面目な彼女はまだ始業前であるにもかかわらず、すでに仕事を始めているようだ。静かな室内にキーボードをたたく音が聞こえていた。

 一方、課長は席に座ってのんびりと小型デバイスを操作している。ちらりと見えた画面から、どうやらネットニュースを見ているらしいと分かった。

 課長の常にリラックスした態度は、穏やかな記録課の雰囲気を作ってくれている。一坂もまたマイペースなところがあるため、日南も自分のペースを保ち、落ち着いて仕事へ取り組むことができていた。

 速さや精度を求められる仕事ではないことも、日南にとってありがたい。以前とくらべるまでもなく、今の職場の方が断然いいと思えた。


 西園寺とリエトに手伝ってもらい、日南梓は遺体を食堂へ運んだ。また消えてしまう可能性はあるが、いつまでも外に置いておくわけにはいかない。

 あらためて現場を調べようとして戻ると、静がいた。花壇の前でしゃがみこんで何かをしている様子だ。

「何してるんですか?」

 と、怪訝に思った日南がたずねると、静は振り返った。真剣なのか無表情なのか、判断のつかない顔で淡々と言う。

「ああ、花が可哀想だから直してやろうと思って」

 片手に小型のシャベルが握られていた。しかし、彼が示しているのはまさに遺体が倒れていた現場だ。

「あー……そういうのは、ちょっと」

 と、日南が苦笑すると静は首をかしげる。

「そういうの?」

「だから、その……現場はそのままにしておいてください」

 静はきょとんとした表情を浮かべ、シャベルを握ったまま日南をじっと見つめた。その間が妙に長く感じられ、日南は再度繰り返した。

「現場はそのままでお願いします」

 静の反応は依然として鈍く、まばたきを繰り返すばかりだ。次に出てきた言葉も、日南の願いに反するものだった。

「……でも、花が」

 どうやら話の通じない人らしいと察して、日南は焦った。半ば懇願こんがんするように訴える。

「気持ちは分かります。でも、そのままでお願いします! どうか、そのままで! お願いなので、何もいじらないでください!」

「……そうか」

 しぶしぶといった様子で静は立ち上がり、どこかへと歩き出す。

 すれ違う間際、様子を見ていた西園寺が声をかけた。

「それより、元夢さんとはツインソウルでしたよね? 悲しくないんですか?」

「ああ、人はいつか死ぬものだからな」

 平然とした口調で返して、静は寮の方へと去っていった。まったく何を考えているか分からない人だ。

「変な人だな」

 日南が苦々しくつぶやくと、リエトが苦笑した。

「よぉ分からん人よな。真面目ではあるっぽいんやけど」

「真面目な人が現場を荒らそうとするか?」

 と、日南は眉を寄せながら彼を横目に見る。

「たぶん荒らすんやなくて、純粋に花をどうにかしたかったんやろ」

 半分笑いながら言ったリエトに首をかしげる日南だが、すぐに気を取り直した。

「それより現場検証だ。西園寺もリエトも、何か気づいたことがあれば教えてくれ」

 二人がそれぞれに返事をし、遺体のあった場所を中心に観察していく。

 一方で日南はカフェとの位置関係を確認した。花壇はカフェを出てすぐ左手にあり、そのまま進めば左に正門が見え、道なりに行くとゆるやかな曲がり角があって学生寮が建っている。やや離れてはいるものの、寮からカフェを見ることは可能だ。

 次に遺体の状況だが、うつ伏せになっていたことから、被害者は花壇の方を向いていたことになる。おそらく被害者が立っていたであろう位置に見当をつけ、日南は思考を進めた。

「後頭部を殴打おうだされていたんだから、犯人が背後から襲うのは不自然じゃない。でも、花壇の方を向いていなければ、被害者がうつ伏せに倒れることはない」

 しかも時刻は夜。敷地内に設置されている屋外灯は数が少なく、星空が肉眼で見えるほど暗い。そんな中で、花壇の方を向く状況があるだろうか?

「梓さん。ちぃと俺、考えたんやけど」

 リエトがそばへ寄ってきて日南は視線を向ける。

「何だ?」

「凶器なんやけど、もしかしたら魔法ちゃうかな」

 予想もしなかったアイデアに日南は目を丸くした。

 西園寺も聞いていたらしく、驚いた様子でこちらへやってきた。

 冷静にリエトが説明を始める。

「後頭部を殴られたんやろ? ってことは鈍器や。土魔法でならそれが作れる」

「作る?」

「集めた土属性の粒子をな、まとめて石にするんや。土が得意なやつやったら、人を殺す程度のでかさと硬度があるもん、作れたんちゃうか?」

 日南梓は西園寺と顔を見合わせてから、リエトへ問う。

「それで、魔法は使った後どうなるんだ?」

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