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第11話

「空気中に散ってくよ。目には見えない粒子に戻る。つまり、証拠隠滅が可能ってわけや」

 そのような使い方があるとは思わず、日南梓はうなってしまった。

 西園寺もまた感心した様子を見せて言う。

「燈実から聞いたけど、属性ごとに散っていくスピードが違うんだってな。土は三番目だって」

「ああ、そうや。スピードが一番遅いんは水属性やけど、十分もあれば綺麗さっぱりなくなる。その点に関しては、どれも大して変わらんのが実際のとこやねん」

 日南はうなずいてからたずねた。

「それで、土属性が得意なのは誰だ?」

「ああ、それが多いんよな。フィーちゃんにソヨ、イニャスと燈実もそうだったはずやで」

「四人か……」

「ちなみに元夢さんもや。まあ、被害者やから、これはあんま意味のない情報やさかい、聞き流しといて」

 と、リエトが苦笑し、日南はうなずきながらも返した。

「だが、情報は一つでも多い方がいい。助かるよ、リエト」

「おっ、何や。急に感謝されると恥ずかしいなぁ」

 リエトが照れ笑いをし、西園寺がくすりと笑う。つられて日南も少しだけ笑った。


 結局、現場を調べても新たな発見はなかった。休憩がてらカフェに入ると、女性たちが集まって話をしていた。

「あ、日南さん。どうだった?」

 気づいた北野がショックから多少立ち直った様子でたずねた。

 日南は彼女たちの隣のテーブル席へ向かいながら返す。

「手がかりなしだ。何も見つけられなかった」

 日南は椅子を引いて腰かけ、西園寺が隣の席に腰を下ろす。リエトはカウンターの内側に入り、てきぱきと飲み物を用意し始めた。

「それじゃあ、犯人はまだ分からないんだね」

 北野が悲しげに言い、日南は無言でため息をついた。

 店内が沈黙し、リエトの立てる音がやたらと大きく聞こえる。

 ふいにソヨが日南へ顔を向けた。

「あのね、梓ちゃん。昨日、あたしたちは殺されちゃった人のこと、全然覚えてなかったでしょう?」

「ああ、そうだったな」

「自分でもすごく不思議で怖かったんだけど、そのね……あたし、もう忘れかけてることに気づいちゃったんだ」

 はっとして日南はたずねた。

「まさか、元夢さんのことか?」

 ソヨはごまかすような、曖昧な笑みを浮かべてうなずいた。

「うん。どういう人だったか、ぼんやりしちゃってる」

 フィオーレがうつむき、小さな声で言う。

「私もです。元々、このカフェは無人だったような気がします」

 彼女の隣でエクレアが黙って小さく顎を引き、同意する。彼女たちの記憶が早くも薄れてきていることを知り、日南はリエトに視線をやった。

「リエト、お前はどうだ?」

 ティーポットを手にしたリエトがちらりと日南を見やる。

「せやなぁ……言われてみれば、はっきりせんな」

 と、ポットのふたを開けて茶葉を中へ入れた。

 事件が発覚してからまだ四時間しか経過していない。日南は北野へたずねた。

「どういうことだ? 何で記憶がなくなる?」

 北野は考え込む様子を見せながら返す。

「分からないけど、『幕引き人』による消去の場合、もっとゆるやかに記憶が薄れていって自然消滅するの。こんなに早く記憶が薄れることはない」

「じゃあ、やっぱり今回『幕引き人』は絡んでないんだな」

「うん。どちらかと言えば、設定が改変されてるような感じがする」

 想像された物語である以上、設定が変えられる可能性はあるだろう。だが、そうすると作者の意図したものということになる。

「作者は魔法学校をどうしたいんだ?」

 作家として日南が不可解に思うと、北野は首を横へ振った。

「作者の想像だとはかぎらないよ。昨日も言ったように、物語の登場人物が勝手に動き出すことも考えられないし、あるとしたら第三者の想像……状況から言えば、悪意ある想像だと思う」

 日南の心臓がドキッと嫌な高鳴り方をした。

 悪意ある想像など、とうてい許せるものではない。日南にとって、一度想像した物語は、たとえ未完結であっても大事な宝物であり、いわば子どものようなものだ。第三者が土足で踏みにじっていいものではない。

 すると北野がふいに席を立ち、何も言わずに外へ飛び出して行った。

「あっ、おい!」

 突然のことに驚きながらも、日南はとっさに立ち上がって彼女を追いかけた。


 北野は道の途中でうずくまっていた。

「どうしたんだよ、いきなり」

 日南が声をかけながら近づくと、北野は何も答えなかった。

 正面へ回り込み、日南は地面へ片膝をつく。

「おい、北野?」

 彼女は両腕で顔を隠すようにしており、かすかに嗚咽を漏らした。

「えっ、泣いてんのか!?」

 想定外の事態に日南は驚いた。北野が泣いているところを見るのは初めてだ。

 日南はとっさに周囲を見回した。医学科棟の横にベンチのある広場を見つけ、できるだけ優しく北野へ言う。

「とりあえず、移動しよう。ほら、あっちにベンチあるから、な?」

「っ……うん」

 小さな声で返事をし、北野が自分の力だけで立ち上がる。

 日南は彼女のペースに合わせながら、広場のベンチまでゆっくりと歩いて行く。

 ベンチに到着し、隣り合って腰を下ろしたところで、日南はあらためてたずねた。

「それで、いったいどうしたんだ?」

 北野はぼろぼろと涙を流しながら、おもむろに話し始める。

「思い出しちゃったの……わたしには、とても大事な親友がいて」

 突然の昔話に日南は面食らった。このタイミングで彼女が過去の話を始めるとは思わなかった。しかし彼女の辛そうな様子を見ると、口を挟むことなど出来ない。

「あの子は、小さな頃から、物語を作るのが好きだった。わたしはそれを聞くのが好きで、あの子の作る世界を、本当に素敵だと思っていたの」

 日南はわずかにうつむき、自身の薄汚れたスニーカーを見つめた。

 少しの間を置いて北野は続ける。

「あの子は小説家になりたいって言ってた。わたしはずっと応援してた。だけど……」

 北野は何度かしゃくりあげてから、純粋な子どものように言った。

「あの子が大事にしてた物語を、『幕引き人』が消しちゃったの」

 日南はまぶたを閉じて息をついた。まるで自分のことのように怒りがわき起こってくる。

「それまで大事にしてきたすべて、価値がないって、勝手に決めつけられて……」

 北野は何度も涙を拭う。

 我慢ができずに、日南は低い声で言葉を返した。

「許せねぇな」

「うん、許せない。でも……もっと許せないのが、その後」

 涙をこらえるようにして、北野がどこか遠くをにらむ。

「物語が消されて、何も思い出せなくなったあの子は、物語が作れなくなっちゃったの。これじゃあもう、生きてる意味がないって、言って……」

 その先を言わせまいとして日南は問う。

「死んだのか?」

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