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第12話

 北野がこくりとうなずき、日南梓は彼女の肩へ腕を回して抱き寄せた。北野は抵抗しなかった。

 どうして彼女が「幕開け人」になったのか、ようやく分かった。ただ物語を愛するというだけでなく、大事な存在を物語ごと失ったことが理由だった。

 言い換えれば復讐ふくしゅうだったのだ。親友から大事な物語を奪い、しまいには親友すら奪った「幕引き人」、ひいては終幕管理局に復讐するため、北野は「幕開け人」になった。

 日南は胸にわき上がる苦々しさに向き合うと、あらためて決意した。

「やっぱりやつらの好きにはさせねぇ。早くここから出て、ねじ伏せてやらないと気が済まない」

 北野は無言だったが、そっと首を日南の肩へもたげてきた。それだけで思いが同じであることが伝わった。


 カフェへ戻るとソヨが元気な声で言った。

「響ちゃん、この中にあるもの、好きなだけ持って行っちゃっていいよ!」

「え?」

 きょとんとする北野へソヨはにこりと、少しだけ気まずそうに笑う。

「あの、実はさっき泣いてるところ、見ちゃったんだ」

「あ、ごめん。もしかして心配かけちゃったよね?」

 北野が眉尻を下げると、ソヨは慌てて首を左右へ振る。

「ううん、大丈夫! 気にしないでー!」

 カフェに残っているのはソヨとリエトだけだった。西園寺はいつの間にかどこかへ行ってしまったらしく、フィオーレとエクレアの姿もない。

「でもあたし、馬鹿だからさ。うまい励まし方とか、慰め方とか分からないんだ。だからね、宝石あげることにしたの」

 そう言ってソヨがカウンターテーブルの上に広げた色とりどりの宝石を手で示す。

「遠慮しないで、気に入ったものがあれば持っていっていいよー!」

 独特なやり方だなと日南は思いつつ、隅のテーブル席で紅茶を飲んでいるリエトの方へ寄った。

「やめとけ言うたんやけどな、あいつ、一度言い出したら聞かないねん」

 と、リエトが苦笑し、日南は向かいの席に腰を下ろしながら返す。

「でも、いい気分転換にはなるだろ」

 北野はソヨの説明を受けながら、宝石を一つずつ見ていた。先ほどよりも表情が明るくなったようだ。ヘーゼル色の瞳が好奇心で輝いていた。

「それにしても、何であいつはあんなに宝石ばっかり持ってるんだ?」

 と、日南は視線をソヨへ移した。

「あいつ、宝石商の娘なんよ」

 リエトが返し、日南は納得した。道理で宝石をたくさん持っているわけだ。やたらとうるさい鞄の中身も、おそらくは宝石の類だろう。

「そんで学校でも商売しとったんやけど、それは前までの話やな」

「まだ人がいた頃のことか?」

「そうや」

 うなずいてからリエトはティーカップをことんとテーブルへ置く。それから少し遠い目をして語り始めた。

「ソヨは隙あらば商売を始めるもんやから、先生たちによう怒られとってな。でもあいつ、全然学習せえへんの。何回怒られても飽きずに商売するさかい、よくも悪くも有名人でな、あいつの周りはいつもにぎやかやった」

 誰に対しても分けへだてなく接するソヨを見ていれば、きっと友人も多かったであろうことが想像できる。

 懐かしむ様子でリエトは続けた。

「ほんまにあの頃は楽しかったなぁ。まとわりつかれんのは嫌やけど、あいつも苦労してるさかい」

「苦労って、どんな?」

「まだ五歳か六歳の頃、こっちに来たんやて。でも戻れへんやろ? そいで商家に養女として引き取られたんや」

「ソヨは現地の人間じゃないのか」

「ああ。前は日本にいたって、一度だけ聞いたことあるよ」

 驚きの事実に日南は目を丸くした。

「まさか。それじゃあ、彼女も日本人なのか?」

「そうらしいなぁ」

 言われてみればソヨの肌は黄色みが強い。西洋の白人といった雰囲気のリエトたちとは明らかに違う。

「せやから、どっか寂しいところあるんやろ。リエト兄ちゃん言われてまとわりつかれても、拒みきれないんや。先に言うとくけど、お人好しなんは自覚しとる」

 リエトが自嘲するように笑い、日南はにやりと返した。

「けど、お人好しがいなかったら、オレたちは今も森で迷子になっていたかもしれない」

 目を丸くしたリエトだが、すぐに明るい調子を取り戻した。

「せやな。ソヨに任せとくとどうなるか分からへん。俺がいてよかったな」

「ああ、本当によかった」

 そう言って日南は少しの間、リエトと顔を見合わせてくすくすと笑った。


 北野が選んだのは、花の形をしただいだい色の石がはまった指輪だった。左手人差し指に着けたそれを、にこにことながめながら歩く彼女へ日南は言う。

「お前は戻らなくて平気なのか?」

「え、戻るって?」

 振り返った北野へ日南は何気なく問う。

「現実世界だよ。お前にも家族とか、いるだろ?」

 北野は今思い出したような顔をして、周囲を見回す。

「うーん……でも、ここがどこなのか、分からないんだよね」

「どういう意味だ?」

「入ってくるには、まず場所を把握してなきゃダメなの。アカシックレコードに記録されてる情報には位置があって、そこにピンポイントで侵入するから」

「そうだったのか。で、ここの位置が分からないと」

「うん。物語の墓場から離れてはいないはずだけど、現実世界の方でわたしの位置が特定されてるかどうか分からない。それに、ここは外に出られないっていう話でしょ?」

 北野が日南の横へ立ち、見上げてきた。

「どうしてわたしたちが入れたかは分からないけど、ここから現実世界に戻れるか分からない。戻れたとしても、また入れるかは分からない。もし入れなかったら、日南さんたちと離れ離れになっちゃう」

「……そうか」

 北野と離れるのは日南にとっても困った事態だ。

「だから、そんなリスクをとるよりは、ここにいた方がいいと思うんだ」

「うん、オレもそう思う。でも、一つだけ聞かせてくれ」

 日南はまっすぐに彼女を見下ろしてたずねた。

「家族に会いたいとは思わないのか?」

 脳裏にはソヨの過去がよぎっていた。幼い頃に一人きりで異世界へ来て、その後戻ることも出来ず養女になったソヨ。きっと今でも本当の両親に会いたいと思っているに違いない。

 北野にもまた、そうした気持ちが少なからずあるはずだ。

 彼女は困ったように笑うと、逃げるように数メートルほど走ってから立ち止まった。

「会いたいと思っても会えないんだ、残念ながら」

 はっとして罪悪感にさいなまれ、日南も足を止めながら返す。

「すまない、嫌な質問しちまったな」

「ううん、気にしないで。わたしは一人ってわけじゃないから」

 どういう意味かと日南が問う前に彼女は言った。

「わたしには弟がいるから、大丈夫」

 そして北野は日南を振り返った。すっかりいつもの彼女に戻って言う。

「早く西園寺さんの部屋に行こう。リエトくんの作ってくれたお昼ご飯、冷めちゃうよ」

「ああ、そうだった」

 日南は足を早めて彼女の隣へ並んだ。長いこと一緒にいるような気がしていたが、まだまだ彼女についてよく知らないことを実感した。

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