「日南さん、これ持って」
唐突に呼ばれて振り返ると、北野がカップとソーサーのセットを二つ差し出していた。
「は?」
「だから、わたしの部屋まで運んでって言ってるの」
北野は当然のように言い、カウンターテーブルの上を指さす。そこにはいくつもの紅茶の袋が置かれており、どうやら彼女はそれらをすべて持っていくつもりらしい。
「しょうがねぇな」
と、日南梓は苦笑を返しつつ、カップとソーサーを受け取った。ひまわりのような黄色い花の模様が描かれており、北野の女らしさを
「それじゃあ、行こう」
北野は袋をまとめて胸に抱えるようにして持ち、歩き始めた。
カフェを出て、西園寺たちの邪魔にならないように端を歩いて寮へと向かう。
「っていうか、そんなに何種類もいらないだろ」
「だって選びきれなかったんだもん。それにまだいっぱいあったし、ちょっとくらい、いいでしょ」
「ちょっとか、それ」
コーヒー派の日南は理解できなかったが、北野はかまうことなく返す。
「いいの。紅茶は茶葉によって香りや味が違うから、その時に飲みたいものだって変わるもの」
「はいはい、そうですか」
と、日南がテキトーに返したところで、北野が気づいた。
「あ、リエトだ」
自然に彼女の視線の先を追う。
寮から少し行った先、魔物研究科棟の近くに森へ入っていける道がある。そこをリエトが歩いていく姿が見えた。
「ああ。あいつ、森で過ごすのが好きらしいな」
「そういえば、まだわたしたち、森に入ってなかったね。あとで行ってみる?」
北野の誘いに日南は苦い顔を返す。
「散々迷ったじゃねぇか。しばらく行きたくねぇよ」
「そっか。じゃあ、やめておこう」
北野はあっさりと引き下がった。二人は他愛のない話を続けながら、女子寮の入口へ向かった。
異変が起きたのは午後十二時半、カフェで昼食をとっている時だった。
「大変です! 森でソヨ先輩が!」
と、顔面蒼白になって飛び込んできたのは燈実だ。
日南は食事の途中であるにもかかわらず、がたっと席を立った。
「案内してくれるか?」
「もちろんです!」
すぐに燈実は
燈実に案内されたのは森の中を流れる小川近くだった。位置的には図書館の裏手だ。
ソヨは横向きに地面へ倒れ、事切れていた。おそらく小川の水を汲んでいたのだろう、近くには口の広い瓶が落ちており、周辺の地面はまだ濡れていた。
「そんな、ソヨちゃんが……」
北野がショックを隠しきれずに声を漏らし、日南は冷静に遺体へ近づく。地面へ片膝をつき、観察した。
「また後頭部を殴られてるな」
殺害方法が同一なことから、犯人も同じであると推測される。今回もまた、凶器らしきものは見当たらない。
他の人たちも遅れてやってきて、それぞれ状況を把握した。
「ソヨ先輩……」
呆然とした顔でイニャスがつぶやき、日南は全員へ顔を向けた。
「最後に彼女を見たのは誰だ?」
ざわつく中、口を開いたのはフィオーレだった。
「たぶん、私だと思います。昼食をとりに行こうとして一階に下りた時、ソヨさんと会いました。宝石を磨きたいから水を汲みに行くのだと話していました」
「何時頃のことですか?」
フィオーレは一瞬思案するように目を伏せ、慎重に答えを返す。
「えっと……一時間くらい前だと思います」
日南はあらためて遺体へ視線を向けた。肌はまだ土気色になっておらず、殺害されて間もないようだと分かる。
日南は口を閉じると、自分の行動を思い返した。
北野の部屋にティーカップを運んだのが九時半頃で、その後は自分の部屋に戻って考えていた。十二時前に西園寺がやってきて、昼食に誘われたためにカフェへ移動した。その時、店内にはすでにフィオーレとリエトの姿があり、少ししてから北野がやってきた。
はっとして日南はリエトを見る。北野の部屋へ向かう途中、森へ向かっていく彼を見た。まさかとは思いつつ、慎重に声をかける。
「リエト、カフェへ来る前はどこで何をしていた?」
リエトは不機嫌そうに顔をゆがめながらも、素直に答えてくれた。
「言いたくないけど、森におった。またどこかでゲートが開くんやないかと思って、歩き回ってたんや」
「それでカフェに移動したのは?」
「十一時過ぎやったかな。誰もおらんで寂しかったわ」
次に日南が目を向けたのは西園寺だ。
「西園寺、お前たちは何時頃まで魔法の練習をしてた?」
「十一時前には解散したよ。俺が疲れちゃってね」
と、苦笑する西園寺。
「その時にはもう、カフェには誰もいませんでした」
燈実も口を開いてそう証言し、日南は立ち上がりながらたずねる。
「お前はその後、どこで何をしていたんだ?」
「図書館へ来て、休みがてら本を読んでました」
「森へ入ったのは何でだ?」
「それは、あの……」
燈実が少し言いにくそうな顔をして視線を外す。
「図書館の裏口があって、そこから出たんです。そうしたら、木の間に人の足っぽいものが見えて」
日南は建物の方へと視線を向ける。木々の合間に図書館の外壁が見えた。
「嫌な予感はしたんですけど、気になって様子を見に来たら……です」
話し終えた燈実が目を伏せて息をつく。はからずも第一発見者になってしまったことで、ショックを受けている様子だった。
「なるほど。それじゃあ、静さんは今までどこにいましたか?」
と、日南梓は静へ視線を向ける。彼ははっとしてから口を開いた。
「講堂前の花壇で、花の手入れをしていた」
彼の手を見ると指先が黒っぽく汚れていた。土いじりをしていたのは確かなようだ。
「目撃者は?」
「いや、ずっと一人だった」
一人で黙々と作業していたのだろうか。そう考えると、やはり変わった人だなと日南は思ってしまう。
次にイニャスへ視線を移す。
「イニャス、お前はどうだ?」
「僕は朝食の後、ずっと自分の部屋にいました」
「アリバイはなしか。エクレアは?」
と、日南は小さな彼女へ目を向ける。エクレアはすぐに答えた。
「ボクはずっと図書館にいました」
「燈実と会ったか?」
「いえ。二階にいたので」
「ええ、オレも見てません」
と、燈実も言う。同じ建物の中にいながら互いを見ていないとなれば、アリバイは成立しないことになる。
一向につかめない手がかりに、日南は少々の苛立ちを覚えた。