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第14話

「日南さん、これ持って」

 唐突に呼ばれて振り返ると、北野がカップとソーサーのセットを二つ差し出していた。

「は?」

「だから、わたしの部屋まで運んでって言ってるの」

 北野は当然のように言い、カウンターテーブルの上を指さす。そこにはいくつもの紅茶の袋が置かれており、どうやら彼女はそれらをすべて持っていくつもりらしい。

「しょうがねぇな」

 と、日南梓は苦笑を返しつつ、カップとソーサーを受け取った。ひまわりのような黄色い花の模様が描かれており、北野の女らしさを垣間かいま見る。

「それじゃあ、行こう」

 北野は袋をまとめて胸に抱えるようにして持ち、歩き始めた。


 カフェを出て、西園寺たちの邪魔にならないように端を歩いて寮へと向かう。

「っていうか、そんなに何種類もいらないだろ」

「だって選びきれなかったんだもん。それにまだいっぱいあったし、ちょっとくらい、いいでしょ」

「ちょっとか、それ」

 コーヒー派の日南は理解できなかったが、北野はかまうことなく返す。

「いいの。紅茶は茶葉によって香りや味が違うから、その時に飲みたいものだって変わるもの」

「はいはい、そうですか」

 と、日南がテキトーに返したところで、北野が気づいた。

「あ、リエトだ」

 自然に彼女の視線の先を追う。

 寮から少し行った先、魔物研究科棟の近くに森へ入っていける道がある。そこをリエトが歩いていく姿が見えた。

「ああ。あいつ、森で過ごすのが好きらしいな」

「そういえば、まだわたしたち、森に入ってなかったね。あとで行ってみる?」

 北野の誘いに日南は苦い顔を返す。

「散々迷ったじゃねぇか。しばらく行きたくねぇよ」

「そっか。じゃあ、やめておこう」

 北野はあっさりと引き下がった。二人は他愛のない話を続けながら、女子寮の入口へ向かった。


 異変が起きたのは午後十二時半、カフェで昼食をとっている時だった。

「大変です! 森でソヨ先輩が!」

 と、顔面蒼白になって飛び込んできたのは燈実だ。

 日南は食事の途中であるにもかかわらず、がたっと席を立った。

「案内してくれるか?」

「もちろんです!」

 すぐに燈実はきびすを返し、日南は彼を追う。後から西園寺や北野、同じく店内で食事をとっていたリエトとフィオーレもついてきた。


 燈実に案内されたのは森の中を流れる小川近くだった。位置的には図書館の裏手だ。

 ソヨは横向きに地面へ倒れ、事切れていた。おそらく小川の水を汲んでいたのだろう、近くには口の広い瓶が落ちており、周辺の地面はまだ濡れていた。

「そんな、ソヨちゃんが……」

 北野がショックを隠しきれずに声を漏らし、日南は冷静に遺体へ近づく。地面へ片膝をつき、観察した。

「また後頭部を殴られてるな」

 殺害方法が同一なことから、犯人も同じであると推測される。今回もまた、凶器らしきものは見当たらない。

 他の人たちも遅れてやってきて、それぞれ状況を把握した。

「ソヨ先輩……」

 呆然とした顔でイニャスがつぶやき、日南は全員へ顔を向けた。

「最後に彼女を見たのは誰だ?」

 ざわつく中、口を開いたのはフィオーレだった。

「たぶん、私だと思います。昼食をとりに行こうとして一階に下りた時、ソヨさんと会いました。宝石を磨きたいから水を汲みに行くのだと話していました」

「何時頃のことですか?」

 フィオーレは一瞬思案するように目を伏せ、慎重に答えを返す。

「えっと……一時間くらい前だと思います」

 日南はあらためて遺体へ視線を向けた。肌はまだ土気色になっておらず、殺害されて間もないようだと分かる。

 日南は口を閉じると、自分の行動を思い返した。

 北野の部屋にティーカップを運んだのが九時半頃で、その後は自分の部屋に戻って考えていた。十二時前に西園寺がやってきて、昼食に誘われたためにカフェへ移動した。その時、店内にはすでにフィオーレとリエトの姿があり、少ししてから北野がやってきた。

 はっとして日南はリエトを見る。北野の部屋へ向かう途中、森へ向かっていく彼を見た。まさかとは思いつつ、慎重に声をかける。

「リエト、カフェへ来る前はどこで何をしていた?」

 リエトは不機嫌そうに顔をゆがめながらも、素直に答えてくれた。

「言いたくないけど、森におった。またどこかでゲートが開くんやないかと思って、歩き回ってたんや」

「それでカフェに移動したのは?」

「十一時過ぎやったかな。誰もおらんで寂しかったわ」

 次に日南が目を向けたのは西園寺だ。

「西園寺、お前たちは何時頃まで魔法の練習をしてた?」

「十一時前には解散したよ。俺が疲れちゃってね」

 と、苦笑する西園寺。

「その時にはもう、カフェには誰もいませんでした」

 燈実も口を開いてそう証言し、日南は立ち上がりながらたずねる。

「お前はその後、どこで何をしていたんだ?」

「図書館へ来て、休みがてら本を読んでました」

「森へ入ったのは何でだ?」

「それは、あの……」

 燈実が少し言いにくそうな顔をして視線を外す。

「図書館の裏口があって、そこから出たんです。そうしたら、木の間に人の足っぽいものが見えて」

 日南は建物の方へと視線を向ける。木々の合間に図書館の外壁が見えた。

「嫌な予感はしたんですけど、気になって様子を見に来たら……です」

 話し終えた燈実が目を伏せて息をつく。はからずも第一発見者になってしまったことで、ショックを受けている様子だった。

「なるほど。それじゃあ、静さんは今までどこにいましたか?」

 と、日南梓は静へ視線を向ける。彼ははっとしてから口を開いた。

「講堂前の花壇で、花の手入れをしていた」

 彼の手を見ると指先が黒っぽく汚れていた。土いじりをしていたのは確かなようだ。

「目撃者は?」

「いや、ずっと一人だった」

 一人で黙々と作業していたのだろうか。そう考えると、やはり変わった人だなと日南は思ってしまう。

 次にイニャスへ視線を移す。

「イニャス、お前はどうだ?」

「僕は朝食の後、ずっと自分の部屋にいました」

「アリバイはなしか。エクレアは?」

 と、日南は小さな彼女へ目を向ける。エクレアはすぐに答えた。

「ボクはずっと図書館にいました」

「燈実と会ったか?」

「いえ。二階にいたので」

「ええ、オレも見てません」

 と、燈実も言う。同じ建物の中にいながら互いを見ていないとなれば、アリバイは成立しないことになる。

 一向につかめない手がかりに、日南は少々の苛立ちを覚えた。

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