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第15話

「捜査の基本として、第一発見者を疑えっていうのもあるしなぁ」

 カフェへ戻ってから日南梓はため息まじりに言った。

 向かいに座った西園寺が弱気な目をする。

「まさか、燈実がソヨちゃんを殺すなんて……」

「信じたくないんだろ? 分かるよ」

 そう返す日南だが、続く言葉は西園寺にとって残酷なものだった。

「でも遺体はまだ死後硬直してなかった。殺されて間もなかったってことだ。すると怪しいのは、第一発見者である燈実だ」

 西園寺が黙ってうつむくと、一つ空けた隣のテーブル席から声がした。

「死んだら体が硬くなるっちゅうやつやろ? 死んだ直後に冷やせばごまかせるって、聞いたことあるで」

 口を挟んできたのは平然とした顔のリエトだ。

 日南は少し驚きつつも、そちらに視線を向けた。

「冷やすって、どうやって?」

「簡単や。水魔法があるやろ」

 その手があったかと日南は腑に落ちる。しかし、リエトは少し考えてから言った。

「いや、風魔法の方がええかもな。ちょいと強めに風を起こして、遺体の温度を下げておけばええんちゃうか?」

「なるほど」

 また魔法が使用された可能性が出てきた。よく考えてみれば遺体は濡れていなかった。たしかにリエトの言う通り、水魔法よりも風魔法の方が可能性は高い。

「けど、そうなったら容疑者が増えるだけじゃないか?」

 と、西園寺が眉尻を下げ、日南は腕を組む。

「そうだよな。リエトや先生も容疑者になって、ますます分からなくなるだけだ」

 まったく推理がままならない。魔法が使えるという設定は、ミステリーにおいて扱いが難しいものだと日南は思った。


 翌朝、日南がカフェへ向かうため学生寮を出ると、静が花壇を見つめていた。

「おはようございます」

 と、一応声をかけてから近づく。

 静は顔をこちらへ向けて「おはよう」と短く返す。

「何してるんすか?」

 彼が見ていたのは空っぽの花壇だ。土があるだけの寂しい光景だった。

「少し前、ここに魔法生物研究科の学生がマンドラゴラを植えたことがあるんだ」

 突然語り始めた静に少々驚きつつ、日南は黙って耳をすませる。

「そのうちの一匹がやたらと元気のいいやつで、もぞもぞと動いていてな。ちょっとした騒ぎになったんだ」

「それで?」

「……いつの間にか、全部枯れてしまった」

 それだけ返して静は森の方へと歩いて行った。

 背中を見送りつつ、日南は何とも言えない気持ちになる。

 表情にとぼしく何を考えているか分からない静だが、彼もまた過去の日々を懐かしく思っているらしい。

 とはいえ、彼に関して一つだけ言えることがある。

「……あれじゃ、警備員じゃなくて庭師じゃねぇか」

 毎日敷地内のあちらこちらにある花壇を手入れして過ごしている。警備員というよりも庭師と呼ぶ方が実態に合っていた。

 日南は呆れて息をつき、カフェへ向かって歩き出した。


 朝食の後、日南は北野の部屋へ来ていた。

 彼女が淹れてくれた紅茶をゆっくりと飲みながら、日南は何気なくたずねる。

「なぁ、北野。ここを出たらどうするつもりなんだ?」

 窓辺に立っていた北野が振り返り、首をかしげる。

「うーん、またどこかで物語を再生させられるといいな、とは思ってるけど」

「けど、何だ?」

 聞き返した日南から視線を外し、北野は椅子に腰かける。

「物語の墓場みたいに、消えかけた物語をまず見つけないといけない。それに、いつ『幕引き人』に見つかるか分からない」

 彼女が何を心配しているか理解し、日南は少し思考を働かせる。

「そうだな。落ち着いて再生させられる場所がねぇとダメなんだ」

「うん」

 机に置いたティーカップを取り上げ、北野が紅茶をすする。

 つかの間、室内が静けさに包まれて、日南は手元のティーカップを見つめた。

「アカシックレコードだったか。たしか、容量が決まってるんだよな」

 少し驚いたように北野が相槌あいづちを打つ。

「え、うん」

「それがどんなもんだか知らねぇし興味もねぇけど……でも、限界を超えたらどうなっちまうんだろうな」

 日南の発した素朴そぼくな疑問に北野は黙り込む。

 カップから視線を上げて日南はたずねた。

「現実世界では、予測とかされてないのか?」

「……うん」

 浮かない顔で北野がうなずき、日南は少し違和感を覚える。

「北野、何か隠してないか?」

 おもむろに顔を向けた彼女はにこりと笑った。

「ううん、してないよ。まだ話す気になれないだけ」

 まだまだ自分の知らない彼女がいることに、内心で愕然がくぜんとする日南だが、苦笑いを返した。

「そうか。じゃあ、仕方ないな」

 と、ごまかすようにカップへ口をつける。

 北野のことなら何でも知りたいと思うのに、それを許されない状況が辛かった。


 午前十時になると、魔法医学科棟のすぐ横にある広場で遺体が見つかった。殺害されたのはエクレアだ。

「ひっ……」

 北野が悲鳴を上げ、リエトが振り返りながら言う。

「女の子は見ない方がええ。あっち向いてろ」

 フィオーレにうながされて北野が距離を取る。これまでと違って遺体は顔をつぶされていた。

「ひでぇ状態だ」

 吐き気をこらえながら、日南は遺体を見ていた。

 顔は原型を留めていないほどみにくく破壊されており、周囲には歯などが飛び散っている。周囲に漂う鉄臭さも尋常ではなかった。

 日南は耐えきれなくなって視線を外し、立ち上がる。

「近くに保健室あったよな? シーツでくるんでから運ぼう」

「すぐ取ってきます!」

 と、燈実が駆け出し、日南はリエトの横へ立つ。

「どうして殺害方法が変わったんだと思う?」

「ああ、何やっけ。前とは違うんか」

「俺たちが遭遇した二件は、少なくとも後頭部を殴打されていた。だが、今回は顔をつぶされている」

 リエトが普段の独特なしゃべり方を忘れて、苦々しくぼやく。

「えげつねぇな……」

 時刻は午前十一時。朝食の後の各自の行動について、確認する必要がある。日南梓はリエトへたずねた。

「ちなみにお前はどこで何をしていた?」

「俺はフィーちゃんと図書館におった。ソファ席に座って雑談してたわ」

「そうか。オレは北野の部屋にいた」

 ふと妙な空気になったのを感じ、日南とリエトは目を見合わせる。

「彼女と二人きりだったのか?」

「彼女と二人きりやったんか?」

 ほぼ同時に同じ問いかけをしてしまい、日南は苦笑し、リエトは呆れ顔でため息をつく。視線をそらしながら日南は言った。

「別に付き合ってるわけではないんだが……な」

「こっちも同じや。年が離れてるせいで全然、本気にしてくれへん」

「お互いに大変だな」

「せやな」

 共感し合ったところで気持ちを切り替えて、日南は離れたところで立ち尽くしているイニャスへ問う。

「イニャス、お前はどこで何をしていた?」

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