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第16話

 視線を日南梓へ向けてから、イニャスは短く答えた。

「部屋にいました」

 またか、と内心で思いながら日南は静へ視線を移す。

「静さんは?」

「図書館の前にある花壇の手入れをしていた」

 そっちもか。日南は変わり映えのない返答をする二人に呆れ、ため息でごまかす。

 白いシーツを抱えた燈実が戻ってくると、リエトが手を伸ばして受け取った。

「後はええよ。俺が一人で運ぶさかい」

 と、エクレアの遺体をシーツでくるみ始めた。

 とっさに日南は言う。

「すまないな、リエト」

「気にしいひんで。エクレアは俺にとって、大事な友人やったんや」

 明るく言いながらもその場の空気はしんみりとし、日南は黙って口を閉じる。

 やがて遺体を丁寧にくるみ終えると、リエトは優しく抱き上げて食堂へ向かっていった。

 緊張から解放されたように日南が息をついた直後、西園寺がしゃがみこんで地面を見ていることに気がついた。遺体のあった場所から数メートルと離れていない位置だ。

「どうした、西園寺」

 再び現場に足を踏み入れ、日南は彼のそばに片膝をつく。

 西園寺はふと顔を上げて返した。

「彼女だったものを拾い集めてるんだ。気持ち悪いけど、命だったことに変わりはない。遺体と同様に尊ぶべきだと思って」

 よく見ると西園寺の無骨な手の平に、いくつかの欠片が乗っていた。

「……すごいな」

 日南は西園寺の倫理観に神々しさすら覚えたが、うまく言語化できずにそれだけ言った。

 西園寺は再び地面へ目をやって言う。

「でも、ここ……何か青くなってるんだよな」

 彼の指さした先を見て、日南は首をかしげる。

「ああ、本当だな」

 黄緑色の雑草の合間、一部の草にごく少量の青い液体がかかっていた。日南は慎重に顔を近づけて匂いをかぐ。

「うっ、劇薬っぽい匂い」

 日常ではかいだことのない刺激臭がした。いかにも毒らしいと考えながら顔を上げ、離れたところで様子を見ていた燈実へたずねる。

「おい、燈実。エクレアは医学科だったよな?」

「ええ、そうです」

「医学科棟に毒は置いてあるか?」

 燈実は少し考えてから、はっとひらめいた。

「ええ、あると思います。薬学の講義もありましたから」

「それだ」

 日南は立ち上がって医学科棟を見上げた。どこかに毒の入った瓶が保管されているはずだ。


 研究室の一つに毒薬と思しき瓶がたくさん並んでいた。

 日南梓は慎重に中を確かめ、一つずつ匂いをかいでいく。しかし、あの青い液体は見つからなかった。

「ないな。ここにあるものじゃなかったのか?」

 怪訝に思う彼へ北野が言う。

「というよりも、持ち出されて返ってきてないんじゃない?」

「その可能性もあるか」

 手にした瓶を棚へ戻し、日南は戸を閉めた。

「でも、毒が使われたとして、どうしてその後、顔をつぶしちゃったのかな」

 と、北野が近くの机に軽く腰かける。

「分からねぇな。殺害方法が急に変わった理由もだ」

「いきなり残虐になったよね……」

「ああ。もしかすると、これまでの犯人とは別人かもしれない」

 言いながら日南は窓辺へ歩いていった。

「でも、残ってるのは五人だよ? そのうちの二人が殺人犯だなんて」

 北野がかすかに声をうわずらせ、日南は外に見える景色をながめながら返した。

「犯人が一人なら、その証拠を見つけないとならねぇ。とんだミステリーだぜ、まったく」

 ふと視線を下ろすと、こちらに向けて燈実が手を振っていた。近くには西園寺とイニャスもおり、どうやら日南を呼んでいる様子だ。

 日南はすぐに背を向けて窓から離れると、「行くぞ」と北野に声をかけてから研究室を出た。


「で、何だ?」

 燈実たちと合流して早々に日南がたずねると、西園寺が口を開いた。

「二人とも、全然魔法の練習してないだろう?」

「だって興味ねぇし」

「それじゃあ、ダメだって。もしかしたら、俺たちだって殺されるかもしれないんだぞ」

 真面目な顔で言う西園寺だが、日南は北野と顔を見合わせて苦笑する。

 すると、燈実がにこやかに言った。

「とりあえず武器だけでも持っておくのはどうですか?」

「武器?」

 きょとんとする北野へ今度はイニャスが言う。

「魔法兵科では武器を使った演習もやってたので、武器庫があるんです。そこで好きなものを選んでもらったらどうかな、と」

 日南は北野を見つつ言った。

「なるほど。まあ、一応見るだけ見てみるか」

「うん、そうだね」

 北野はうなずき、イニャスへ返す。

「イニャスくん、案内お願いできる?」

「もちろんです」

 イニャスはにこりと笑い、先に立って歩き出した。

「こちらです、ついてきてください」


 イニャスと燈実が協力して重たい扉をぎぎぎと押し開ける。

 中は薄暗かったが、すぐにイニャスが壁のスイッチを入れて明かりをつけた。

「うわ、すごい数だな」

 ずらりと並んだ何百種類もの武器に、日南は思わず感嘆の声を上げた。武器庫と呼ぶにふさわしい光景だ。

 北野や西園寺が興味深そうに中へ踏み出し、日南も遅れて入る。

「魔法は慣れてないととっさに使えないものだから、武器の方が身を守るには現実的っすよね」

 と、燈実が西園寺の後をついていきながら言う。

「そうだな。これだけ武器があるのに、使わないのももったいない。自衛のためにも持ち歩くべきだよ」

 そう言って西園寺は手近な剣を取り上げる。

 日南はしかし、さらに現実的な男だった。

「そうは言われても、武器を持ったところでそれを使いこなす自信なんてねぇぞ。ましてや剣とか弓とか、触ったことすらないって言うのに」

「同感。でもここはファンタジーの世界なんだし、一度くらい武器を持って戦ってみたいと思わない?」

 と、北野は壁に立てかけられていた槍を見上げる。

「けど、どんな武器でも練習は必要だろ? だったらオレはナイフでいい」

「日南さんってばノリ悪い!」

 北野に文句を言われたが、かまわずに日南はイニャスへたずねる。

「ナイフはあるか?」

「ええ、もちろんありますよ。こちらです」

 すぐにイニャスが奥へと案内し、日南はその後をついていった。

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