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第17話

「見て見て、日南さん!」

 戻った日南梓へ北野が声をかけてきた。

「わたし、これに決めた!」

 彼女がそう言って振るって見せたのは細身の片手剣だ。つばに橙色の宝石がはめ込まれており、左手人差し指に着けた指輪とどことなく似ている。

「へぇ、剣か。ちゃんと使えるか?」

「分からない。でも、ソヨちゃんにもらった宝石と似てるでしょ?」

 と、剣の鍔に指輪を寄せた。どうやら彼女もそれを意識していたらしい。

 日南は「たしかに似てるな」と、少しだけ笑みを返した。

 北野は満足気にうなずき、ベルトに通したさやへ剣をしまう。

「で、西園寺は?」

「燈実くんと外にいるよ」

 日南が武器庫の外へ出ると、西園寺が日本刀を振り回していた。

「うわ、そんなものまであったのか」

 驚いて一歩引く日南へ、西園寺が動きを止めて振り返る。

「ああ、すごいよな。一度、真剣を振るってみたかったんだ」

 と、西園寺は笑顔を返した。

「憧れる気持ちは分からなくもねぇけど、ちゃんと使えんのか?」

「たぶん大丈夫。俺、剣道部だったし」

「初耳だな」

「あれ、そうだっけ?」

 とぼけたような顔をする西園寺に苦笑を返し、日南は言った。

「無事に武器が決まったならいい。腹減った、昼飯にしよう」

「あ、そういえばまだだったな」

 西園寺は燈実から鞘を受け取り、慎重に刀を収める。

 先に歩き出した日南に追いついてから、西園寺がたずねてくる。

「日南の武器は?」

「ナイフだ。予備にもう一本もらっといた」

 日南の腰にはベルトに装着する形のナイフホルダーが二つ付いていた。中に収まっているのは刃渡り十五センチほどのナイフだ。

 すると残念そうに西園寺が言った。

「見せてくれないのか」

「ただのナイフだ。オレはお前らと違って、かっこよさとか求めてねぇからな」

 日南がそう返すと、図星だったようで西園寺は力なく苦笑した。


 日南隆二は千葉に連絡を取り、一坂を連れて彼の部屋を訪れた。

「いらっしゃい、日南さん」

 と、千葉が笑顔で迎えてくれて、日南も笑みを返しながら中へ入った。

「お邪魔します」

 靴を脱ごうとしたところで、およそ千葉のものとは思えないスニーカーが目に入った。原色の派手な柄でかなり履きつぶされている。

 怪訝に思いつつ、日南は気にせずに部屋へ入った。後ろから一坂も遠慮がちについてくる。

 千葉は独身寮ではなく、終幕管理局からほど近いマンションに住んでいた。間取りはキッチンとダイニング、リビングを兼ねた広い部屋と、奥に洋室が一つある1LDKだ。

「どうぞ、座ってください」

 千葉にうながされて食卓の椅子に座ったところで、日南は奥の部屋に誰かがいるのに気がついた。開きっぱなしの扉から見えるベッドの上で、もぞりと動くものが見えたのだ。

 一坂が日南の隣へちょこんと腰を下ろし、キッチンで茶を用意しながら千葉が言う。

「奥に人がいますけど、気にしないでください。どうせあいつは興味がないでしょうから」

「あ、そうなんだ」

 どうやら恋人が寝泊まりしていたらしい。タイミングが悪かったようだと申し訳なく思う日南だが、千葉の様子は普段と変わりなかった。

 やがて急須と湯呑みを持った千葉がやってきて、日南と一坂へ茶を出してくれた。

「緑茶じゃないですか」

 驚く一坂へ千葉はにこりと微笑む。

「ちょっと高いけど、買える場所があるんですよ。よければお教えしましょうか?」

「え、いいんですか? ぜひお願いします」

 食いつく一坂へ千葉は穏やかに返した。

「では、後ほどお教えしますね」

 そして日南の向かいの席へ着き、あらためて一坂を見やる。

「さっそく本題に入りましょう。僕は業務課六組の千葉航太と申します」

「記録課の一坂律子です。よろしくお願いします」

 二人がそれぞれに会釈をかわし、日南は口を開く。

「一坂さんが消してほしいのは物語なんだ。でも、小説とかではなくって」

 すると一坂が慌てて口を出した。

「日南さん、自分でちゃんと話します」

「あ、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です」

 一坂の優しい言葉にほっとし、日南は湯呑みに口をつけた。宇宙へ来てから初めて飲む緑茶は、ほんのり苦くて美味しかった。

「昔、インターネット上の一次創作界隈で、いわゆる創作企画っていうのがあったんですけど、分かりますか?」

 一坂が自信のなさそうな様子で話し始めた。

「主催者が考えた世界観に対して、参加者はそれに合わせてキャラクターを考えるものなんですけど」

「残念ながら、僕は見たことがありませんね」

 と、千葉はテーブルの端に置いてあった薄型のノートパソコンを手元へ引き寄せる。

「あ、そうですか。えっと、それで私もそれをやってたんです。主催者の方で」

 一坂は緊張しているのだろう、湯呑みに手を伸ばしかけてやめた。指が小刻みに震えていた。

「蛹ヶ丘魔法学校っていうタイトルで、異世界ファンタジーです。その名の通り、魔法使いを養成するための学校で、卒業したキャラクターたちには蝶のように飛び立っていってもらいたいなと思ってつけました。

 世界観を共有するのはもちろんですが、いわゆるうちよそもやっていて、参加者同士でキャラクターを使って交流などもしていて」

 いくつかキーボードをたたいていた千葉が、ふと日南隆二の目を見る。

「日南さんは分かりますか?」

「まあ、なんとなくは。参加したことはないけど、見かけたことはあるから」

「そうですか。それで?」

 と、千葉が視線を彼女へ戻す。

「はい。一人でも多くの人に楽しんでもらえるようにしたくて、いろいろやってたんです。交流の苦手な人や初心者のためにNPCを作ったり、自分で絵が描けない人のために専用のメーカーを作ったり……比較的、自由度の高い企画内容にしていました。大事な部分だけ守ってもらうようにしてて、それなりに参加者も集まってて」

 ふと一坂から表情が消え、うつむいた。

「でも……そのせいか、自分勝手なことをする人がいて。最初は企画を盛り上げようとしてくれているんだと思って受け入れたんです。でも、だんだんエスカレートして、その……企画を乗っ取られそうになったんです」

 語る声に涙がにじむ。

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