千葉が黙々とノートパソコンを操作していると、寝室の方から声がした。
「何だったんだ、あれ」
どこか不機嫌な声だと気づきながらも、千葉は画面から視線をそらさない。
「消してほしい記憶があるそうだ。でも、彼女はまだ想像した物語に未練を持ってる。愛着と言ってもいいかもしれない」
「……愛着なんて消したらやべぇだろ」
と、隣の椅子へTシャツに下着姿の
「危険性は僕も理解している。でも彼女が、どうしても消してほしいと言うのなら、協力しようと思う」
「協力って、どうすんだよ? どこにあるのか分かったのか?」
「ああ、おそらくこれだ」
千葉はノートパソコンを動かして、検索結果を田村に見せた。
「蛹ヶ丘魔法学校。規模はそこそこあるが、タイトル以外の情報が見えない」
「え、マジで?」
驚く田村へ、千葉はカーソルを動かしてクリックして見せる。しかし表示されたのはタイトルのみで、中身は少しも確認できなかった。
「どうやらロックされてるらしい」
「虚構記憶が? 懐旧記憶じゃあるまいし、んなことありえんのかよ」
不満げに言い返す田村へ千葉は言う。
「信じがたいのは僕もだ。だが、このせいで管理部でも手出しができないと判断して、これまで消去されずにいたんだろう」
「マジかよ。やっぱりあの女、本当は消してほしくないんじゃねぇの?」
「そうとは言いきれないだろう。とにかくこの結果を踏まえて、もう一度話し合う必要がある」
真面目な顔で言う千葉をしばらくながめてから、田村はテーブルに置かれたままの急須を手に取った。黙って立ち上がり、キッチンへ向かっていく。二煎目を淹れるつもりらしい。
千葉は検索結果について日南と一坂へメッセージを送り、時刻を確かめてから明るく言った。
「もう昼食の時間だな。
昼過ぎ、学生寮の自分の部屋で退屈していた日南梓の元へ、不安げな顔をした西園寺がやってきた。
「日南、燈実を見てないか?」
「いや、見てないけど」
少々怪訝に思いつつ日南が素直に返すと、西園寺はため息をついた。
「午前中に一緒に練習をしてから、姿が見当たらないんだ」
日南は室内を振り返り、今の時刻を確認する。
「二時か。燈実と別れたのは?」
「十一時くらいだ」
「となると、三時間だな。部屋にでもいるんじゃないか?」
軽く考える日南へ西園寺は即答した。
「いや、それがいなかったんだ」
どうやら思ったよりも事態は深刻らしい。神妙な顔つきになって日南は問う。
「カフェは?」
「カフェにもいないし、図書館にもいなかった。静さんに聞いてみたけど知らないって。リエトやイニャスにも聞いたんだけど、誰も燈実を見てないんだ」
西園寺は弱々しく日南を見つめながら、懇願した。
「なぁ、何か嫌な予感がするんだ。一緒に探してくれないか?」
しぶしぶ西園寺とともに燈実を探すことにしたが、たしかに部屋にはいなかった。カフェにもおらず、図書館に来てみてもやはり見つからなかった。
「な? だから言っただろ?」
自分たち以外には誰もいない館内で西園寺が言い、日南は困ってしまった。
「他にあいつの行きそうなところはないのか?」
西園寺は黙って首を左右へ振った。
「だったら、あとは……」
ふと日南は、図書館に二階があったことを思い出す。半分ほどが吹き抜けになっていて、見上げれば二階のフェンスが見える。
「上は見たか?」
はっとして西園寺は返事もせずに駆け出した。
友達思いなのはいいが、ここまで真剣な姿を見せられると、さすがに少々
手当たり次第に通路へ入り、西園寺が「燈実、いるかー?」と声をかけて回っている。
その声から遠ざかるようにして、日南は反対側へ歩き出した。同じ場所を探しても意味がないからだ。
古ぼけた木の棚と古書の匂いがする。この世界の言語が読めればよかったのだが、あいにくと背表紙にある文字はすべて解読不可能だ。
ふいに妙な匂いが鼻をつき、日南は足を止めた。木と古書の匂いにまざって、鉄のような匂いがした。
半ば無意識に焦り、日南は急いで匂いの元をたどった。数メートル進んだ先の右側、通路の真ん中に血溜まりができていた。
「っ……おい、西園寺!」
思わず口元を手で抑え、日南は声を上げた。
気づいた西園寺が走ってこちらへやってくる。そして日南の視線の先を見て立ち尽くした。
「燈実……」
血溜まりの中に倒れているのは燈実だった。エクレアと同様、顔をひどくつぶされている。
「みんなを呼んでくる。お前は少し離れて待っていろ」
と、日南は西園寺の肩を抱いて離れるよううながした。
遺体を見た静は無言で窓際へ行くと、かかっていたカーテンを力任せに外した。外の光が差し込み、周辺がにわかに明るくなる。
何をしているのかと驚く日南たちにかまわず、静はそれを使って燈実をくるみ始めた。
「静さん……」
表情は変わらないが、彼なりに悲しんでいるらしい。
「燈実は俺の弟子だった」
一言、そう言ってから遺体を抱き上げ、階段へ向かっていった。彼の足音が遠ざかり、日南は気を取り直して言う。
「容疑者はお前たち四人だ。どこで何をしていたか、教えてもらおう」
リエトは普段より目付きを鋭くさせて答える。
「俺はフィーちゃんと研究室におった。もちろん二人きりでな」
彼のすぐそばに立っていたフィオーレが、困惑まじりに口を開く。
「お昼ご飯を食べてから、ずっと二人でいました」
するとリエトが不機嫌な顔のまま、
「あともう少しでフィーちゃんとキスできそうやったんやぞ」
「り、リエトさんっ」
慌てた様子でフィオーレが言い、気まずそうにする。嘘を言っているわけではなさそうだ。
「イニャス、お前は?」
と、日南はすぐに少年へと視線を移す。