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第20話

 イニャスははっとしてから答えた。

「部屋にいました。僕にアリバイはありません」

「自分からそれを言うか」

 日南梓は思わず呆れたが、毎日誰かが殺されては事情聴取をしているのだ。イニャスの方も飽きてきたのかもしれない。

 残るは静だけだが、きっとどこかでまた花壇の手入れをしていたと言うのだろう。図書館に出入りする者を誰も見ていないとなれば、まったく話にならない。

 日南は少し考えてから、通路の端でうずくまっている西園寺に目を向けた。

「そうだ、西園寺。お前が燈実を探していたのは、何時頃からだ?」

 ゆっくりと頭を上げた西園寺は、虚ろな目をして言う。

「一時くらいだ。カフェで食事の後片付けをしていて、まだ燈実が昼食をとっていないんじゃないかって気づいた」

 たずねながら日南は西園寺の隣へ腰を下ろす。

「それで?」

「まず、部屋に行った。いなかったから図書館に来て、でも一階のどこにもいなくて、嫌な予感がしたから、日南の部屋に行った」

「それが二時だったな。燈実と別れたのが十一時だから、その後彼はここへ来て、犯人に殺害されたと」

 情報を整理してみたが、やはり犯人につながる手がかりはない。そもそもの話として、この魔法学校は広すぎる。

「でも、四分の一なんだよな……」

 小声で漏らした日南の隣へ北野がしゃがみこんだ。

「アリバイのないイニャスくんが怪しいと思う。けど、動機が分からない」

「そうだよな。凶器についても、いまいちはっきりしねぇ」

 と、日南はため息をつく。

 すると北野がぼそりと、つぶやくように漏らした。

「やっぱり魔法なのかな」

 苛立ちと無力感が日南の心にわき上がる。こんな屈辱的な気分を味わうのはいつぶりだろうか。

「だとしたら、証拠が残らないからお手上げだな。悔しいが、この事件はオレが解決できるものじゃなかったってことになる」

 探偵としてのプライドが傷つけられた気がして、日南はたまらず舌打ちをした。

「そういえば、二人とも気づいてたか?」

 ふいに西園寺が割り込み、日南と北野は同時に彼を見る。

「イニャスのポケットから、うさぎが消えてること」

 はっとして日南はリエトたちと話をしているイニャスを見やる。ケープの胸ポケットは空だった。

「本当だ。いつの間になくなったんだ?」

「俺が気づいたのは昨日、武器庫に案内してもらってる時だった」

「ということは、少なくとも昨日の時点でなくなってたのは確実だね」

 と、北野もイニャスを見ながら言う。

 日南はこれまでの事件を思い返し、立ち上がった。

「場所を移そう。西園寺の部屋に行くぞ」


 学生寮へ戻る途中、静に会うことはなかった。しかし、日南たちはかまわずに西園寺の部屋へ移動した。

 日南はうろうろと室内を歩き回りながら推理を始める。

「まずは最初の事件。元夢さんは花壇にうつぶせになって倒れていたな。夜遅い時間だったにもかかわらず、彼は花壇に顔を向けていたことになる。そこがずっと疑問だった」

「そっか。静さんならともかく、元夢さんが花壇に興味を示すのは変だよね」

 と、北野。

「そこで西園寺の気づきだ。犯人をイニャスだと仮定して、もしうさぎを花壇に落としてしまったと言ったとしたら?」

 二人が目を丸くする。

「あの夜、イニャスは遅くまで外にいた。証言によると十一時より前に部屋へ戻ったと言うが、おそらく嘘だ。元夢さんを殺害するため、花壇の近くで待っていたんだ。そこでうさぎを落としてしまったから探してほしいとでも言い、元夢さんを引き留めて花壇の方を向かせた。背中を見せた直後に、イニャスの得意な土魔法で殴打する」

辻褄つじつまが合う!」

 北野が目を輝かせるが、日南の推理はまだ終わっていない。

「うさぎを持ち歩かなくなったのは、きっと土でもついて汚れたからだろう。つまり証拠品だ。そんなものを持ち歩いていれば、じきに疑われるのは明白だからな」

 西園寺が黙ってうんうんとうなずく。

「次にソヨだが、イニャスはずっと部屋にいたと証言している。だが、目撃者はいない。森の中だから身を隠すのは簡単だ。殺害方法はやはり土魔法だな。殺してすぐに部屋へ戻れば、怪しまれずに済むってわけだ」

 そこまで語り終えたところで、日南は絨毯の上に座る。

「だが、その次のエクレアが分からない。どうして殺害方法が変わったのか」

 北野と西園寺もわずかに表情を沈ませた。

「使われたであろう毒についても謎だ。毒殺しようとして失敗したから顔をつぶしたのか? じゃあ、燈実も同じように顔をつぶされていたのはどういうことだ?」

 考えてみても納得のいく説明が浮かばない。

「それと動機だ。どうして殺人をするのか、その理由が明確にならねぇと、イニャスが犯人だと言いきれない」

 日南は苛立ちまぎれにため息をつき、北野と西園寺もこらえきれない様子で息をついた。


 夕食後、日南隆二はベッドに寝転んでぼーっとしていた。

 千葉からの連絡によると、一坂の消したい記憶にはロックがかかっていたという。連絡を受けた時、日南はまだ一坂と一緒だった。一坂は何の心当たりもないと話し、本当にびっくりした様子だった。

 個人的な思いを含む懐旧記憶には時々見られる現象らしく、誰にも知られたくない秘めた思いや、忘れたくない思い出などにロックがかかることはあるという。

 しかし、一坂の場合は虚構記憶だ。想像した物語であり、彼女は思い出ごと消したいと思っている。

 このままでは「幕引き人」が消去しようにもできない。どうすればロックが解除されるのかと、日南は答えの出ない問いを繰り返していた。

 そろそろシャワーでも浴びようかと、頭の片隅で考えていた時、デバイスがメッセージを受信した。

 すぐに日南はボタンを押して操作する。千葉からだった。

「蛹ヶ丘魔法学校のロックが解除されました」

 たったそれだけの一文を見て、日南は目をぱちくりさせた。そして理解した瞬間、がばっと飛び起きた。

「どういうこと? ロックされてたんじゃなかったのか?」

 慌てて返信を送ると、数十秒後に千葉からビデオ電話を使ったグループ通話への参加の誘いが届いた。

 日南は突然のことに驚きつつ、ぼさぼさになった髪を片手で整えながらグループ通話に参加した。途端に画面が二つ表示され、それぞれに千葉と一坂が映る。

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