イニャスははっとしてから答えた。
「部屋にいました。僕にアリバイはありません」
「自分からそれを言うか」
日南梓は思わず呆れたが、毎日誰かが殺されては事情聴取をしているのだ。イニャスの方も飽きてきたのかもしれない。
残るは静だけだが、きっとどこかでまた花壇の手入れをしていたと言うのだろう。図書館に出入りする者を誰も見ていないとなれば、まったく話にならない。
日南は少し考えてから、通路の端でうずくまっている西園寺に目を向けた。
「そうだ、西園寺。お前が燈実を探していたのは、何時頃からだ?」
ゆっくりと頭を上げた西園寺は、虚ろな目をして言う。
「一時くらいだ。カフェで食事の後片付けをしていて、まだ燈実が昼食をとっていないんじゃないかって気づいた」
たずねながら日南は西園寺の隣へ腰を下ろす。
「それで?」
「まず、部屋に行った。いなかったから図書館に来て、でも一階のどこにもいなくて、嫌な予感がしたから、日南の部屋に行った」
「それが二時だったな。燈実と別れたのが十一時だから、その後彼はここへ来て、犯人に殺害されたと」
情報を整理してみたが、やはり犯人につながる手がかりはない。そもそもの話として、この魔法学校は広すぎる。
「でも、四分の一なんだよな……」
小声で漏らした日南の隣へ北野がしゃがみこんだ。
「アリバイのないイニャスくんが怪しいと思う。けど、動機が分からない」
「そうだよな。凶器についても、いまいちはっきりしねぇ」
と、日南はため息をつく。
すると北野がぼそりと、つぶやくように漏らした。
「やっぱり魔法なのかな」
苛立ちと無力感が日南の心にわき上がる。こんな屈辱的な気分を味わうのはいつぶりだろうか。
「だとしたら、証拠が残らないからお手上げだな。悔しいが、この事件はオレが解決できるものじゃなかったってことになる」
探偵としてのプライドが傷つけられた気がして、日南はたまらず舌打ちをした。
「そういえば、二人とも気づいてたか?」
ふいに西園寺が割り込み、日南と北野は同時に彼を見る。
「イニャスのポケットから、うさぎが消えてること」
はっとして日南はリエトたちと話をしているイニャスを見やる。ケープの胸ポケットは空だった。
「本当だ。いつの間になくなったんだ?」
「俺が気づいたのは昨日、武器庫に案内してもらってる時だった」
「ということは、少なくとも昨日の時点でなくなってたのは確実だね」
と、北野もイニャスを見ながら言う。
日南はこれまでの事件を思い返し、立ち上がった。
「場所を移そう。西園寺の部屋に行くぞ」
学生寮へ戻る途中、静に会うことはなかった。しかし、日南たちはかまわずに西園寺の部屋へ移動した。
日南はうろうろと室内を歩き回りながら推理を始める。
「まずは最初の事件。元夢さんは花壇にうつぶせになって倒れていたな。夜遅い時間だったにもかかわらず、彼は花壇に顔を向けていたことになる。そこがずっと疑問だった」
「そっか。静さんならともかく、元夢さんが花壇に興味を示すのは変だよね」
と、北野。
「そこで西園寺の気づきだ。犯人をイニャスだと仮定して、もしうさぎを花壇に落としてしまったと言ったとしたら?」
二人が目を丸くする。
「あの夜、イニャスは遅くまで外にいた。証言によると十一時より前に部屋へ戻ったと言うが、おそらく嘘だ。元夢さんを殺害するため、花壇の近くで待っていたんだ。そこでうさぎを落としてしまったから探してほしいとでも言い、元夢さんを引き留めて花壇の方を向かせた。背中を見せた直後に、イニャスの得意な土魔法で殴打する」
「
北野が目を輝かせるが、日南の推理はまだ終わっていない。
「うさぎを持ち歩かなくなったのは、きっと土でもついて汚れたからだろう。つまり証拠品だ。そんなものを持ち歩いていれば、じきに疑われるのは明白だからな」
西園寺が黙ってうんうんとうなずく。
「次にソヨだが、イニャスはずっと部屋にいたと証言している。だが、目撃者はいない。森の中だから身を隠すのは簡単だ。殺害方法はやはり土魔法だな。殺してすぐに部屋へ戻れば、怪しまれずに済むってわけだ」
そこまで語り終えたところで、日南は絨毯の上に座る。
「だが、その次のエクレアが分からない。どうして殺害方法が変わったのか」
北野と西園寺もわずかに表情を沈ませた。
「使われたであろう毒についても謎だ。毒殺しようとして失敗したから顔をつぶしたのか? じゃあ、燈実も同じように顔をつぶされていたのはどういうことだ?」
考えてみても納得のいく説明が浮かばない。
「それと動機だ。どうして殺人をするのか、その理由が明確にならねぇと、イニャスが犯人だと言いきれない」
日南は苛立ちまぎれにため息をつき、北野と西園寺もこらえきれない様子で息をついた。
夕食後、日南隆二はベッドに寝転んでぼーっとしていた。
千葉からの連絡によると、一坂の消したい記憶にはロックがかかっていたという。連絡を受けた時、日南はまだ一坂と一緒だった。一坂は何の心当たりもないと話し、本当にびっくりした様子だった。
個人的な思いを含む懐旧記憶には時々見られる現象らしく、誰にも知られたくない秘めた思いや、忘れたくない思い出などにロックがかかることはあるという。
しかし、一坂の場合は虚構記憶だ。想像した物語であり、彼女は思い出ごと消したいと思っている。
このままでは「幕引き人」が消去しようにもできない。どうすればロックが解除されるのかと、日南は答えの出ない問いを繰り返していた。
そろそろシャワーでも浴びようかと、頭の片隅で考えていた時、デバイスがメッセージを受信した。
すぐに日南はボタンを押して操作する。千葉からだった。
「蛹ヶ丘魔法学校のロックが解除されました」
たったそれだけの一文を見て、日南は目をぱちくりさせた。そして理解した瞬間、がばっと飛び起きた。
「どういうこと? ロックされてたんじゃなかったのか?」
慌てて返信を送ると、数十秒後に千葉からビデオ電話を使ったグループ通話への参加の誘いが届いた。
日南は突然のことに驚きつつ、ぼさぼさになった髪を片手で整えながらグループ通話に参加した。途端に画面が二つ表示され、それぞれに千葉と一坂が映る。