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第21話

 千葉は通話開始早々に謝った。

「急にすみません、こっちの方が早いかと思ったので」

「いえ、大丈夫です」

 と、一坂が返し、日南隆二はうながす。

「それよりも、いったいどういうことなの?」

 千葉の目線が通話画面から外れた。どうやらかたわらにあるノートパソコンを見ているらしい。

「あれから何度か気にして見ていたんですが、先ほど確認したらロックが解除されていたんです。一坂さん、何か心当たりはありませんか?」

「……いえ。特には、思いつかないです。そもそも、ロックされていることにすら、心当たりがないくらいなので」

 一坂の返答を聞き、千葉は冷静に返す。

「となると、単純に喜んでいいことではないかもしれません」

 深刻さを匂わせる千葉に、日南もつい真剣な表情になる。どうにも胸騒ぎがして、何が起きているのか知りたくなる。

「これから急いで解読を進めますが、蛹ヶ丘魔法学校について教えてもらえますか? NPCがいたんですよね」

「ええ、そうです。五人、作りました」

 千葉の表情がわずかに動いたのを、日南は見逃さなかった。

「その他にあなたのキャラは?」

「えっと、三人参加させました。でも、こっちは設定だけで、企画の中ではほとんど動かしていません」

「そうですか」

 しばらくキーボードをたたいていた千葉が、手を止めて言う。

「八人、確認できました。ですが、今は四人に減っているようです」

 一坂が悲鳴のような声を上げ、日南も驚いてたずねてしまう。

「何で? 虚構記憶は勝手に減るわけがないだろう?」

「ええ、そうなんですが……減った四人に関して、死亡という設定が付与されています」

「……私は、殺してなんて」

 震える声で一坂がつぶやき、千葉は再び視線を横へとずらす。

「分かっています。この虚構記憶は何らかの異常を抱えています。くわしく調査する必要があるでしょう」

「現時点で他に分かっていることは?」

 と、日南はやや前のめりに問う。

「えーと……いえ、まだくわしいことは何とも」

 千葉が言葉を濁すように言い、そのまま続けた。

「今日中に可能な限り解読して、明日、上とかけ合ってみます。許可が下り次第、中へ入って直接調べてみます」

「千葉さんが、ですか?」

 驚く一坂へ千葉は一瞬、視線をやった。

「ええ、僕ももう関係者ですから。『幕引き人』としても、何が起きているのか確かめたいんです」

 一坂は不安そうな顔をしていたが、やがて「分かりました」とうなずいた。

「あとはそちらに任せます」

 虚構世界に関しては彼らこそが専門家である。この件は千葉たちに任せる方がいいと日南も思った。

「ありがとうございます。それでは、また」

「はい、報告ありがとうございました」

「無理しないでね、千葉くん」

 それぞれに言葉をかけて、通話は終了した。

 デバイスをスリープさせてから日南はため息をつく。まさかこんな事態に発展するとは思わなかった。


 翌日、出勤してすぐに千葉は虚構世界管理部を訪れた。

「おはようございます」

 はきはきとした声で挨拶をし、近くにいた職員へ近寄る。

「業務課六組の千葉です。朝早くからで申し訳ないのですが、ご相談がありまして」

「相談?」

 三十歳前後と思しき女性職員が怪訝そうにする。

 千葉はデバイスを操作し、昨夜の解読結果を表示させた。

「89.6、53.4、2024.3の、タイトルを『蛹ヶ丘魔法学校』と言うのですが」

 それだけの情報で女性職員はピンときたらしい。パソコンを操作し、位置を打ち込んでそれを表示させた。

「私たちも気にかけていた虚構ですね。これが……あら?」

 彼女も気づいたようだ。千葉は言った。

「以前までロックがかかっていたのに、昨日の夜になって解除されたんです」

「そんな、いきなりどうして……」

 目を丸くする職員へ千葉は冷静に言う。

「解読したところ、本来いるはずの虚構の住人が半分に減っていました」

「墓場じゃあるまいし、勝手に減るなんてありえません」

 即座に返す女性職員に動じることなく千葉は続けた。

「ですから、相談に来たんです。さらに見たところ、どうやら中で殺人事件が起きているようでして」

「えっ」

 好奇心を刺激されたのか、他の職員たちが次々に寄ってきて、左右から千葉のデバイスをのぞき込む。

「住人が勝手に動き出したってことか?」

「まさか、墓場で『幕開け人』が生まれた余波か?」

「いずれにしても異常事態ですよ、これ」

 ざわつく職員たちだったが、ふいに重苦しい声がして一様にはっとした。

「朝から何の騒ぎだ?」

「おはようございます、部長」

 口々に職員が返し、千葉は脳裏で虚構世界管理部の部長の名前を思い出す。

「朝から失礼しています、川辺部長。僕は業務課六組の千葉と申します」

 丁寧に頭を下げる千葉を見て、川辺は神妙にたずねる。

「噂には聞いているよ。それで、いったい何の用だ?」

 千葉が答えようとすると、すぐに女性職員が口を挟んだ。

「彼が見つけて教えてくれたんですが、虚構の住人が勝手に動き出しているんです!」

「まさか」

 疑うように眉を寄せる川辺へ、千葉はデバイスの画面を向けた。

「こちらが解読結果です。住人が半分に減っており、中で殺人事件が起きているようなんです」

 川辺が驚きのあまり言葉を失い、千葉はタイミングを逃すまいとして強い口調で言う。

「この件、僕たち六組C班に調査させてもらえませんか?」


 昼休み、食堂で千葉から計画を知らされた一坂は伏し目がちになった。

「そう、ですか。でも、大丈夫です。消してください」

 千葉は真剣なまなざしで彼女へ問う。

「後悔しませんか? 今ならまだ、ただ調べるだけにすることもできます。前例のない異常事態ですから、残しておくことも可能です」

 日南隆二は内心でハラハラしながら様子を見守っていた。

 一坂がふうと息をつき、おもむろに視線を上げて千葉を見つめる。

「もういいんです。過去のことですから、もうどうだっていいんです」

 千葉が戸惑ったように日南を見る。一坂の言葉は自分自身に言い聞かせているようで、心の奥にひそむ未練を隠しきれていなかった。

「だけど、大事なものだったんでしょう?」

 と、日南がたずねると、一坂は首を左右へ振った。

「昔のことです。私はもう、思い出したくないし解放されたい。だから、消してください。お願いします」

 千葉へ向けて彼女が頭を下げると「幕引き人」は戸惑いを残しつつもうなずいた。

「分かりました。調査が済み次第、消去させていただきます」

 これでいいのだろうかと日南は思う。しかし、一坂がこのことでもう苦しまずに済むのなら、その方がいいとも思う。

 はっきりとした答えが出せずに矛盾する日南は、ただ一坂の横顔を黙って見つめるだけだった。

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