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第22話

 フィオーレが倒れていたのは図書館の前だった。後頭部から出血しており、苦痛に顔をゆがめたまま絶命していた。

 殺害方法が以前に戻っている。日南梓にはその理由が分からず、探偵として悔しさに歯噛みする。

「フィーちゃん……そんな、何で……」

 遺体のそばに膝をつき、リエトは顔面蒼白につぶやいた。

 震える手で彼女の冷たい体に触れ、ゆすり起こそうとしてはっとする。

「ふざけんな!」

 普段の彼からは想像もできないような、低く強張った声だった。

「誰がフィーちゃんを殺した!? 名乗り出ろ!!」

 日南たちは彼の取り乱しように気圧けおされる。しかし、容疑者はリエトを含めて三人しかいない。

 静は表情を変えず、イニャスも無表情だった。リエトが「何で殺した!?」と、叫んだ直後、北野が気配を感じて振り返る。

「あっ」

 日南と西園寺は彼女の視線の先を見てびくっとした。

「『幕引き人』!?」

 叫んだのは日南だ。物語の墓場で出会った三人組が、こちらへ近づいてくるところだった。

「何で『幕開け人』がここにいるんだよ!?」

 と、田村も驚いた顔をして叫び返す。

「どうしてこんな時に……」

 言いながら西園寺が腰に差した日本刀に触れる。

 田村の隣にいる背の高い眼鏡をかけた男が言った。

「もしかしたら彼らのせいかもしれないな」

「あいつら、虚構世界をかき回しやがって!」

 ムカついた様子で言う田村へ、すかさず土屋つちやが冷たく返す。

「とりあえず調査をするのが先。田村くんはそれをしまって」

 田村の手にはいつの間にか大鎌が握られていた。戦う気満々である。

「どうせ消すんでしょう? あいつらを先に――」

「しまうんだ、楓。あとでハグしてやるから」

「……くそ、航太こうたが言うなら仕方ねぇ」

 ようやく鎌をしまった田村を見て土屋が冗談まじりに言う。

「すっかり飼い慣らされたわね。それとも、千葉くんのしつけがよかったのかしら?」

「しつけなんてとんでもない。ただの愛です」

 真面目に言いながら千葉が前へ出て、日南たちの置かれた状況を理解する。

「さて、どうやらまた犠牲者が出てしまったようですね」

 日南は戸惑いながらも聞き返した。

「またって、何か知ってるのか?」

「ええ。蛹ヶ丘魔法学校で殺人事件が起きていることを知り、僕たちは調査に来ました」

 千葉の言葉に日南は驚いて聞き返す。

「調査? じゃあ、オレたちを探してここに来たわけじゃないのか?」

「ええ、再会したのは偶然です。今回は調査を第一の目的としているので、戦うつもりはありません。落ち着いてください」

 千葉の口調は穏やかで敵意は感じられない。

 日南は北野や西園寺と顔を見合わせてから、徐々に体の緊張をほどいた。

「分かった。一時停戦だ」

「ご理解いただき、ありがとうございます」

 千葉が丁寧に頭を下げ、日南は妙な心地になる。敵に礼を言われるなんて変だ。

「では、さっそくですが、そちらの話を聞かせていただけませんか? 内部にいるあなたたちも、何か異変に気づいていたのでは?」

 北野が千葉の方へ一歩、歩み出た。

「おかしいことだらけだよ。敷地の外には出られないし、人もどんどん減っていくし、殺人事件が起きて遺体は消えるし」

「一つずつ、くわしく聞かせてください」

 間髪を入れずに千葉が返し、日南は提案した。

「立ち話もなんだから座って話そうぜ。すぐそこに図書館があるんだし」

「ああ、そうでしたね。そうしましょう」

 千葉が了承するのを確認し、日南は率先して歩き出した。


 六人がけのテーブル席に向かい合って座る。真ん中にいるのは日南と千葉だ。

 イニャスが少し離れたところに立っており、リエトと静の姿はなかった。二人はまだ外にいるらしい。

「まず、これはリエトくんから聞いた話。リエトくんはさっきの、赤い髪の人ね」

 と、北野が話し出す。

「取り乱していた方ですね」

「うん、そう。わたしたちはこの魔法学校の周囲にある森に迷い込んで、彼と出会ったの。それでいろいろなことを教えてもらったんだけど、まず、敷地の外に出られなくなったんだって」

 千葉は興味深そうな顔をしてうなずく。

「なるほど。それで?」

「それまでたくさんの人がいたのに、どんどん人がいなくなって、十五人にまで減った。そこから殺人事件が起き始めて、今では三人だけになっちゃった」

「容疑者は絞り込めているんですか?」

 横から日南が口を出す。

「ああ、もちろんだ。おそらく魔法を使って殺害したんだってことも分かってる。分からないのは動機だ」

「動機、ですか」

「リエトの話では毎日誰かが殺されてた。オレたちが来てからも、毎日誰かが殺された。

 これがもし作者の想像したことだとしたら、以前とのギャップが激しすぎる。だから、悪意ある第三者の想像かもしれないと思ったんだが」

 日南の推測を聞き、千葉は顎に指を当てて考え込む。

「第三者である可能性は、たしかに否定できませんね。この虚構は創作企画と言って、主催者が作った世界観を共有し、参加者がキャラクターを作るというものらしいですから」

 瞬時に日南の脳裏で情報がつながった。

「そういうことだったのか。道理でいろんな世界から人が来るわけだ!」

「ゲートが開いたり閉じたりするっていうのは、参加者を広く受け入れるための設定だったんだ」

 と、北野も納得した顔を見せる。

 千葉は二人の様子を見て一つうなずき、話を進めた。

「ですが、現実世界から確認できたのは八人です。いずれも作者の作ったもので間違いありません」

「え?」

 驚く日南の耳に西園寺の声がする。

「燈実たちも作者のキャラだったのか! リエトたちと同じってことだ」

「そうか。燈実たち三人は同じ世界から来てたけど、現地人であるリエトたちと作者は同じだった」

 理解する日南だったがいまいち腑に落ちない。

「でも、それが殺人事件で消されてるってことだろ? どういうことなんだ?」

 すると千葉が落ち着いた口調で言った。

「こちらの話をしましょう。まず、この虚構にはロックがかかっていて、中身を確認できない状態にありました」

 はっとする日南たちへ、付け加えるように言う。

「おそらく、敷地の外に出られなくなったのがそれだと思われます」

 蛹ヶ丘魔法学校の異変はその時に始まった。登場人物たちが外へ出られなくなったのは、虚構そのものにロックがかかったためだ。

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