「作者は思い出ごと消したいと長年思い続けていましたが、ロックがかかっているとは自分でも思わなかったようです。また、消したいと願うには過去に事情があったわけですが、それももう六年は前のことです」
「六年……」
長いようで短い時間だが、虚構の住人である日南にはピンときた。
「そういえば登場人物の時間は、想像されたところで止まるんだったな。それ以上先には行けないから、ずっと同じ日を繰り返し続ける」
西園寺も気づいた様子で、北野越しに日南を見る。
「でも、自分でそれに気づくことはできなくて、俺たちは北野ちゃんと出会って分かるようになった」
「ああ、そうだ。あくまでもこれはオレの推測だが、企画が閉じられたことでロックがかけられたんじゃないか?」
リエトの話では数ヶ月前のことのように聞こえたが、現実世界では六年前だった。
「そっか。ゲートが開かなくなって、異世界から人が来なくなったのも、外へ出られなくなってからだ!」
北野が出した答えに、千葉は納得した様子で首を振る。
「なるほど。その後、企画参加者のキャラクターたちが、現実世界でなかったことにされることで、ここからいなくなったとすれば、辻褄は合いそうですね」
「じゃあ、どうして殺人事件が起きてんだよ?」
それまで退屈そうに話を聞いていた田村が言い、千葉は横目に彼を見やる。
「それが一番の謎だな。残ったのは作者のキャラクターだけであるにもかかわらず、どうして事件が起きたのか」
沈黙が空間を支配し、ふと西園寺が気がついた。
「八人になる前、十五人いたっていう話だったよな? その殺された七人って、いったい誰だったんだろう?」
彼へ視線を向けつつ日南は言う。
「それを誰も覚えてねぇんだ。殺された遺体は消えて、具体的な記憶すら、残ったやつらの中からは消えちまう」
「考えられるとしたら、企画を乗っ取ろうとした人物のキャラクターでしょうか」
千葉の言葉に北野が聞き返す。
「乗っ取ろうとした人がいたの?」
「ええ。それがきっかけで企画を閉じることになった、と聞いています」
日南は「待て待て」と、こんがらがりそうになる頭に片手をやる。
「この魔法学校は創作企画で想像されたもので、参加者のキャラクターが異世界人としてやってきていた。その中に乗っ取ろうとする
「そうです。参加者の一人が自分勝手な行動をしており、作者は企画を盛り上げようとしてくれているんだと好意的に解釈して、最初は受け入れていたようです。それがだんだんエスカレートし、最終的にはフリー素材にしたら、とまで言われたようで」
千葉の説明に日南は苛立ちを覚える。実際のところは分からないとしても、参加者の言っていい台詞ではない。
「そういうのは、あくまで企画としてやるからいいんじゃねぇか。作者も人がよすぎる」
「ええ。作者は注意をしましたがトラブルになり、何故か悪者にされた挙句、他の参加者は全員見て見ぬ振りをしたそうです」
「はあ!?」
思わず日南は大きな声を上げてしまった。瞬時に頭で作者の気持ちを理解し、舌打ちをする。
「くそ理不尽じゃねぇか。企画を閉じるのも当然だが、納得いかねぇ。何で誰も味方しねぇんだ? 自分が参加してる企画だろうが、作者に対して何も思わねぇのかよ」
すると土屋が視線をそらしながら言った。
「面倒事に関わりたくなかったんでしょう。そういう薄情な人、現実には数えきれないくらいいるものよ」
日南は再び舌打ちをし、空気が重苦しいものになる。
土屋の言うことも分からないではないが、作者にしてみれば酷だったに違いない。作家でもある日南には痛いほど、その孤独を想像することが出来た。
少ししてから千葉が口を開いた。
「なので、もしもその人が企画に執着を持っていたとすれば、キャラクターが残っていた可能性もあると思ったんです」
作者からすれば気分のいいものではない。思い出ごと消したくなる気持ちはよく分かる。
図書館の扉が開き、静とリエトが入ってきた。静かにこちらへ歩み寄り、イニャスの近くで足を止める。
「で、犯人は?」
と、田村が頬杖をつきながら問う。
日南は苛立ちを抑えるように深呼吸をしてから返した。
「イニャスだ」
ゆっくりと金髪の少年が日南を見る。
「何故、僕だと?」
「お前、ケープのポケットに小さいうさぎ、入れてただろ。どうして今はなくなっているんだ?」
鋭く返したつもりの日南だったが、イニャスは冷静だった。
「部屋に忘れてきただけです」
「汚れたから持ち歩くのをやめたんじゃなくてか? お前は元夢さんを殺した時、あのうさぎを使ったはずだ」
リエトと静が黙ってイニャスを見る。
イニャスは半ば見下すように「まさか」と笑い、日南へ返す。
「それなら動機は何です?」
「……動機は、まだ分からない」
日南が敗北を認めると、イニャスはくすくすと笑った。
「ええ、そうですよ。僕がみんなを殺しました」
突然の告白に誰もが彼へ注目した。
イニャスは窓辺へ寄り、外から差し込む陽光を受けながら話し始める。
「僕は最初に生まれたんです。この世界ができて間もなく、参加者にイメージをつかんでもらうために、サンプルキャラクターとして生まれたんですよ」
逆光の中、少年は穏やかに微笑む。
「だから僕は、この世界とのつながりが誰よりも深かった。だから僕には、作者の心の声が聞こえていたんです」
「作者の心の声?」
千葉が怪訝そうに眉を寄せ、イニャスは続ける。
「作者は僕に友人を作ってくれました。大好きなぬいぐるみもたくさん用意してくれて、僕はこの学校で充実した日々を送っていました。毎日本当に楽しかった。だけど、あってはならないことが起きてしまったんです」
北野が黙って視線をそらした。その横顔は辛そうで、これ以上話を聞きたくないように見えた。