オペレーターとの打ち合わせを終え、虚構世界へ入るための装置RASへ向かう途中、
「あの、土屋さん。一つ聞きたいことがあるんです」
前を歩いていた
「何?」
「昨日のことです。土屋さんは、
土屋は「ああ」と、何でもないことのように前を向いた。
「前に、一緒の劇団にいたのよ。採算が取れなくて解散しちゃったけどね」
「ああ、そうだったんですね」
それなら知っていて当然だと、千葉は納得した。互いに知っている相手のはずなのに、あちらは土屋のことを知らなかった。それでああした会話がなされたのだろう。
土屋が扉を開けて室内へ入っていき、その後に続いて千葉も足を踏み入れる。
RASは白いリクライニングソファのような形をしており、三台並んでいた。土屋が中央の装置へゆったりと腰かける。
いつものように右端の装置へ向かった千葉は、腰を下ろす直前に
少し気になったものの、千葉は気持ちを切り替えてRASへ座ると、リラックスして機械に体を預けた。
森を抜けた途端、蛹ヶ
先に広がっていたのは果てしない荒野で、雑草一本生えていない。延々と歩き続けていると、ふいに北野が立ち止まってつぶやいた。
「ここ、物語の跡地なのかも」
「大丈夫か?」
「うん……でも、何だか呼ばれているような気がするの」
返す声は苦しそうで、日南は彼女のそばへ寄ると肩へ腕を回した。
「呼ばれてるって誰にだよ」
冗談めかして言う日南だが、北野は何も返さなかった。なんとなく不穏な空気を感じ取り、日南は口を閉じる。
すると先を行っていた
「おーい! こっちに何かあるぞー!」
はっとして日南は北野へ言う。
「もう少し歩けるか?」
「うん、頑張る……」
彼女がゆっくりと足を前へ出し、日南はその歩調に合わせながら歩き出す。
ただただ殺風景なばかりの景色に姿を現したのは、一軒の小屋だった。長いこと風雨にさらされたのだろう、かろうじて原形を留めているような状態だ。
西園寺がきしむ扉を開けて、日南は北野を支えながら中へ入る。
「廃墟だな、これは……」
苦笑いをしながら日南は言い、北野をゆっくりと近くの壁際へ座らせた。
小屋の中には天井や柱だったものがあちらこちらに落ち、床もでこぼこで汚れていた。また、割れた窓から入った砂で埃っぽくもある。
「北野ちゃん、少しここで休んでいこう。いいよな、日南」
「ああ、そうするしかないだろう」
西園寺の提案に日南は同意し、北野を見る。
「まだ呼ばれてる気はするのか?」
「うん……」
北野は虚ろな目をしてうなずき、日南は困惑する。自分や西園寺は平気なのに、北野だけ調子が悪そうだ。何か明確な原因があるのだろうかと考えたところで、彼女が言った。
「あ……ごめ、ん……わたし、ちょっと行って、くる……」
「は?」
驚く日南だったが、北野はまぶたを閉じて意識を失ってしまった。
様子を見ていた西園寺と顔を見合わせ、日南はたずねる。
「どうしたらいいんだ、これ」
西園寺は心配そうに眉を寄せて「うーん」とうなる。
「気を失っちゃったようだし、目が覚めるまで待つしかないんじゃないか?」
「それもそうか」
とりあえず彼女を床へ寝かせ、日南はため息をついた。北野がこんな風になるのは初めてだ。
「とりあえず、奥を見てくる」
西園寺がそう言って小屋の奥へ足を踏み入れた。電気は通っていないようで薄暗く、じきに彼の姿は闇にまぎれた。
日南は黙ってその場に腰を下ろすと、頭を抱えるようにうなだれた。
「何なんだ、呼ばれてるって。行くってどこにだよ」
彼女の不可解な台詞が気にかかった。しかし、北野は死んだように眠っている。
日南がどれだけ頭を使ったところで、原因が分かるとは思えなかった。
仕事は一人でもできるが、やはり彼女がいないと妙な感じがする。特に記録課は三人しかいないため、今は日南と
「心配だよねぇ、りゅーくん」
唐突に呼びかけられて、日南はとっさに課長の方を見た。
「え?」
戸惑いをあらわに返した日南へ、長尾は普段通りのにこにことした笑みを浮かべる。
「りっちゃんのことだよ。さっき聞いたんだけど、彼女の虚構を消したんだって?」
「……ああ、はい」
急な話題についていけない日南だったが、なんとか平静を取り戻して答える。
「彼女が消したがっていたので、業務課の千葉くんに相談したんです。それで、結果的に消してもらったんですけど」
長尾は「ふーん」と、どこか意味深長に両目を細めた。
「どういう虚構だったの?」
「え、っと……ファンタジーです。いろいろ事情があって、どう説明したらいいか分からないんですけども」
と、日南は逃げるようにパソコンへ視線を戻す。
実際は彼女の物語に関する情報がすでにぼやけて
長尾はすると、デスクの上で頬杖をついた。
「心配だねぇ」
「一坂さんが、ですか?」
横目に見た長尾は遠くを見るような目をしていた。
「うん。体調が悪いからっていう話だったけど、りっちゃんも
彼の言っている意味が日南にはよく分からなかった。たずねようかとも思ったが、勤務中にあまり無駄話をしているわけにもいかない。
「そうですね」
と、無難な