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第2話

 荒野にも夜が訪れようとしていた。外から入ってくる光が薄くなり、小屋の中はますます暗くなっていた。

 北野は数時間ほどで目を覚ました。

「ん……ここ、は?」

 夢うつつといった様子でたずねる彼女へ、すぐそばに座っていた日南梓は返す。

「廃墟だ。かろうじて屋根がある」

「……そっか」

 少しは状況を理解したのか、北野は上半身を起こした。同時に、体にかけられていたボロボロの毛布がずり落ちる。それに気づいた北野は、不思議そうな表情を浮かべながら毛布に触れた。

 彼女の気持ちを察した日南は、短く説明する。

「西園寺が見つけてくれたんだ」

「……そう」

 全体的に汚く、すり切れて穴もいくつか空いているが、ないよりはマシだろうと思ってかけてやったのだった。

 北野はあくびを一つしてから毛布を四角く折りたたんだ。座布団のように床へ敷き、その上に座り直す。

「で、西園寺さんは?」

「外の様子を見てる。『幕引き人』が来るかもしれないからな」

「そっか……」

 相槌を打ち、北野は膝を立てて三角座りをした。顔を隠すように背を丸め、つぶやくように口を開く。

「ここは物語の跡地だったよ。『幕引き人』たちが消去したから、もう何も残ってない」

「じゃあ、この場所は?」

「残りかすみたいなものだよ。だからこんなにもボロボロなの」

 そう言われると言い返す気にならなかった。見つかったのはたったの毛布一枚で、かろうじて形を保っている屋根もいつ落ちてくるともしれない。

「物語のゴミ箱の十四番って名前がついてるけど、今は片付けられちゃって何も無いんだ」

「じゃあ、ずっとここにいるわけにはいかないな」

「うん。どこか他の場所を探さないと」

 ふと会話が途切れ、日南は今さらになって違和感を覚えた。

「お前、どうしてこの場所のこと知ってるんだ? 今言ったのって、現実世界での情報だよな?」

 横目に日南を一瞥いちべつすると、彼女は茶目っぽく言った。

「推理してみて。探偵でしょ?」

「そんなこと言われても」

 と、日南が困惑したところで西園寺が戻って来た。

「あっ、北野ちゃん! 目が覚めたのか」

「心配かけちゃってごめんなさい」

 北野が少し笑みを浮かべながら返し、西園寺も安堵あんどしたように微笑んでそばへ膝をつく。

「いいよいいよ。それより、もう痛いところとかはないか?」

「うん、もう平気」

「それならよかった。次にまた具合が悪くなったら、すぐに教えてくれよ」

「ありがとう、西園寺さん」

 優しい二人の優しい会話に入れず、日南はどこか疎外感を覚えながら視線をそらして黙り込んだ。

 北野が急に意識を失ったこと、そして眠り続けた後に現実世界で得てきたと思われる情報を口にしたこと。この二つにどう説明をつけたらいいか、日南は探偵としての思考回路を働かせた。


 自分の部屋へ帰ってから、日南隆二は一坂へメッセージを送った。体の具合はどうか、何か自分にできることはないかとたずねる内容だ。

 それから冷蔵庫を開けて夕食の支度を始めたところで、彼女からの返信があった。

「心配かけてごめんなさい。明日は仕事に行けると思うので、大丈夫です」

 日南はほっとしてすぐに返信を打った。

「それならよかったです。どうか無理はしないでくださいね」

「ありがとうございます」

 と、一坂からすぐに返ってくる。

 やりとりを続けようかとも思ったが、これ以上負担をかけてはいけないと考え、日南は会話をここで終えることにした。

 返信はせずにスマホをそっとテーブルへ置き、再び夕食作りに集中する。


 薄闇の荒野を歩きながら北野は言った。

「今、現実世界ではスパイの捜査が始まってるみたいなの」

「スパイ?」

 驚いた声で返すのは西園寺だ。

「警察が終幕管理局の内部を調べてるの。わたしたち『幕開け人』に情報を流している人間がいる、って」

「実際はどうなんだ?」

 日南の問いかけに北野はうなずいた。

「うん、いるよ。その人から情報をもらってるのも本当。でも、スパイであることがバレちゃったら、きっとわたしたちも危うくなる」

 日南は眉間にしわを寄せ、西園寺は眉尻を下げて不安そうにする。

「だけど、あの人はあくまでも情報提供者であって、わたしたちの仲間とは違う。万が一捕まったとして、あの人がわたしたちのことを簡単に話すとも思えない。でも、いつスパイだとバレるかは時間の問題だと思う」

 北野たちは情報提供者を信頼している様子だが、今後どうなってしまうかは分からない。

「こんな時にわたしたちが動くのは危険だから、しばらく大人しくしている必要がある」

 気持ちが重たくなるのを感じ、日南はたずねた。

「それじゃあ『幕開け人』としての仕事はしねぇのか?」

「うん、できないよ。どこか、落ち着いて過ごせる場所を探して、そこで静かにしているしかない。今は現実世界の動きを見守るだけ」

 北野の言葉にたまりかねて、日南はため息を返した。

「何にもできてねぇじゃねぇか、オレたち」

 歯がゆい思いが胸を占める。物語の墓場を出てからというもの、一度も「最初の一行」を使っていない。言い換えると一つも物語を再生させていないのだ。「幕開け人」としての存在意義を疑いたくなる状況だった。

「俺は『幕開け人』になった自覚はないし、どちらかといえば成り行きで二人と一緒にいるだけだけど、様子を見るしかないのは辛いな」

 と、西園寺もため息まじりに言い、北野が苦笑する。

「ごめんね、西園寺さん。でも、一緒にいてくれてありがとう」

「いいよ。俺だって消されたくないもん」

 今度は日南が苦笑いをして彼を見る。

「それだけの理由でここまで来たんだな、お前」

「何だよ、日南。お前だって北野ちゃんが美人じゃなければ、こんなとこまで来てないだろ」

「あっ、言いやがったな!?」

 とっさに日南が大きな声を上げると、西園寺は愉快そうに笑いだした。

「あはは、図星当てちゃった! 昔から分かりやすいんだよな、日南って」

 日南は悔しく思いつつ、うなり声を上げるしかできない。

 北野は少し照れたように「それは、あの、そういう設定ってことで……」と、二人の間をとりなそうとし、西園寺が空気を読まずにたずねた。

「設定だとしても、北野ちゃんも好きなんだろ?」

「えっ」

「え?」

 北野だけでなく日南まで動揺してしまい、西園寺はきょとんとする。

「あれ、違ったか?」

 北野はそわそわとうつむき、日南も彼女を視界から外そうと前を向く。

 数メートルほど進んでから北野は言った。

「好きだった人にちょっと似てるの、日南さん」

 過去の男を思わせる発言に日南の胸が鈍くうずいた。そんな風に見られていたのかと思うと悲しくなる。

 どうしても彼女の言葉を前向きに受け取ることができず、日南は無言のまま歩き続けた。

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