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第6話

 空気がにわかにひんやりとする中を、日南梓は慎重に下っていく。階段は一人分の幅しかなくて狭いが、しっかりとした鉄製で錆びているのか少し匂いがする。

 光へどんどん近づくと、扉が見えてきた。どこか近未来を思わせるデザインで、曲線的なフォルムが特徴的だ。扉を照らすようにして、上部に明かりが灯っていた。

「これは絶対に人がいるな。けど、どうやって開くんだ?」

 取っ手もなければ、開閉用のボタンらしきものも見当たらない。

 日南が考えている間に北野たちも下りてきた。

「どうしたの?」

「ああ、扉の開け方が分からねぇ」

 と、振り返る日南へ、西園寺が隙間から扉を見て眉をひそめる。

「初めて見るタイプの扉だな」

 狭い場所で三人固まっていると、唐突に扉の向こうから男性の声がした。

「お客さんかな? 今開けるから少し待ってな」

 日南たちはびくっと体を震わせて目を見開く。次の瞬間、白い扉が左方向へ静かにスライドした。

「やあ、いらっしゃい」

 笑顔で出迎えてくれたのは、三十代と思しき無精髭を生やした陽気な男性だった。


 日南たちは男の好意でダイニングへと案内された。

 四人がけの食卓へ座るようにうながされ、それぞれに椅子を引いて腰を下ろす。

 男はカウンターキッチンへ入っていきながら名乗った。

「俺はヤツグだ。ここにはもう一人、ユイっていう男が住んでる」

 ヤツグは棚からグラスを三つ取り出し、水を注ぎ入れる。

「この周り、何もなかっただろう?」

「ああ、マジで全然何もなかった」

 と、日南が答えると、ヤツグはトレイにグラスを乗せて戻って来た。それを三人の前へ置きながらにこりと笑う。

「よく生きてたどりついたよ。よければ、ここで旅の疲れを癒していってくれ」

 北野がグラスに手を伸ばしつつたずねた。

「ここにいてもいいんですか?」

「ああ、かまわない。食料や飲み水も、たっぷりとまでは言えないがあるしな。部屋だってちょうど三つ、空いてるぞ」

 言いながらヤツグは少し離れたところにあるスツールへ座った。

 日南はすぐに二人と顔を見合わせる。

「厚意に甘えさせてもらおう」

「うん、そうしよう」

 と、北野が返し、西園寺もほっとした顔でうなずく。落ち着いて過ごせる場所を求めていた三人にとって、この出会いは僥倖ぎょうこうだった。

 するとヤツグがたずねた。

「で、お前さんたちは?」

 ぱっと視線を彼へ移し、日南は答える。

「ああ、オレは日南梓だ」

「わたしは北野響です」

「西園寺悠真です」

「アズサとヒビキにユウマだな。じゃあ、これからよろしくな」

 にかっとヤツグが歯を見せて笑い、日南たちも笑みを返した。


 日南隆二は食堂に友人の姿を見つけて近づいた。

「お疲れさま、千葉くん。ここ、いいかな?」

 と、返事を待たずに空いていた隣の席へ腰を下ろす。

「ああ、日南さん。お疲れさまです」

 千葉が笑みを返したところで、日南は彼の向かいに座っていた青年に気がついた。暗赤色に染めた髪に前髪はアシンメトリー、両耳にいくつものピアスを着けたヤンキー風の男だ。

「あ、初めまして。記録課の日南です」

 食事を始める前に名乗ると、青年はどこか不機嫌そうに返した。

「業務課の田村です」

「同僚でもあり、恋人でもあります」

 と、千葉が言うのを聞いて、日南ははっとした。

「ああ、ごめん。二人の時間、邪魔しちゃったね」

「いえ、気にしないでください。いつも二人で食べているので、たまには違う方がいてくれると楽しいですし」

 千葉はにこりと笑ってくれたが、田村の方は明らかに嫌そうな顔だ。もしかしたら妬きもちをやきやすいタイプなのかもしれない。

 日南はできるだけ彼に悪い印象を与えないよう、にこやかに返す。

「そう言ってもらえると助かるよ。実は千葉くんにちょっと、聞きたいことがあってさ」

「何ですか?」

 視線を向けた千葉へ、日南は麻婆豆腐丼を一口食べてから言う。

「仕事のデータ入力を自動化できないかと思って、プログラムを組んでみたんだけど、エラーが出て使えなかったんだ。どうやらここのパソコン、普通のとは違うみたいでさ」

「ああ、そうなんです。ここのは全部、量子ビットが使われてるんですよ」

 千葉の答えに日南は目を丸くした。

「量子コンピュータってこと?」

「ええ、そうです。アカシックレコードの情報を表示するのに適しているのが量子ビットなので、すべて量子パソコンになってるんですよ」

 納得して日南は返した。

「そうか、それは気づかなかったな。じゃあ、対応するコードに書き換えれば済む話だね」

「ええ、それで大丈夫です」

 やはり千葉を頼ってよかったとほっとしたのも一瞬で、すぐに田村が口を挟んできた。

「データ入力の自動化って言いましたよね。補助AIには何使ってんすか?」

 日南は目を上げて田村を見る。

「難しい作業じゃないからSPNにしてるけど」

「無料AIじゃあ、すぐに動かなくなりますよ。長期的に安定して動かすならFipsy3.0でしょ」

 と、田村が呆れた顔で言い、日南はすぐに苦笑を返す。

「無理無理、そんな高いもの使えないよ」

 すると田村はさらに言う。

「じゃあ、せめてCosmにしたらどうです? Fipsyシリーズにくらべたら動作が重いけど、値段の割にしっかりしてますよ」

「ああ、噂には聞いてたけど、やっぱりCosmっていいのか」

「初心者にもおすすめできるAIですね。けど、仕事で使うんなら、やっぱりセキュリティもしっかりしてるFipsyのがいいっすけど」

 おもしろくなさそうな顔をしながらも、田村が教えてくれることがありがたく、日南は思いつきを口にした。

「そういえば、新しくサービスの始まったLulyuはどう? 触ったことある?」

 田村は機嫌を損ねたように片眉をわずかに上げた。

「無料のっすよね? 見ましたけど、ここで使うには適してませんね。あれは初心者っつーか子ども向けだし」

「何だ、やっぱりそうなのか。じゃあ、Fipsyのがいいかなぁ」

 日南が肩を落としつつこぼすと、田村はたずねた。

「ちなみにどういう作業をやらせるつもりで?」

「指定の画面から特定の文字列を拾ってきて、テンプレートに入力させるだけだよ」

「あー、それなら1.5でもいけそうっすね」

 田村は少し考えるように視線を上げた。

「よければオレの持ってるFipsy1.5、貸しましょうか?」

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