数十分後、日南隆二は吐息を漏らした。
「あったよ、証拠。ゴミ箱フォルダに入ってた」
千葉がはっとして立ち上がり、後ろから日南のデバイスを見る。
「四月六日二十一時五十八分、居酒屋オーロラ」
記載されている事項を確認するなり、千葉は自分のデバイスで店の位置を検索した。
「ありました。三区の繁華街、西の方ですね。犯行現場はたしか……店から八十メートルほどいった大通りです」
「じゃあ、これで決まりだ。注文したメニューを見ると分かるけど、おそらく誰かと一緒にいたはずだし」
デジタルレシートに書かれていたのは、生ビールのジョッキ二杯やレモンサワー三杯にチューハイなど、一人では少々無理のある注文量だ。さらに盛り合わせを頼んでいることからしても、一人だったとは考えづらい。
「やっぱり、土屋さんが……」
あらためて事実を目の当たりにし、千葉はショックを受けたように呆然とした。
デジタルレシートのスクリーンショットを取り、日南は接続を切ってデバイスを閉じる。
これまでの情報をまとめるように、日南は落ち着いて結論を口にした。
「北野響は酒を飲んでいた。土屋も酒を飲んでいた。どうして二人が一緒に酒を飲んでいたかは分からないけど、その席で相手が敵だと分かったんだろう。店を出て歩いている最中に、土屋は北野響を車道へ突き飛ばし、車に轢かせた。そして走り去った後、局長に頼んで事実を消去してもらったんだ。当然、警察も事故として処理した」
分かってみるとなんてことのない事実だ。「幕引き人」として「幕開け人」を殺害したという、たったそれだけのことなのだ。
日南がため息をつくと、千葉はその場に座り込み、めずらしく弱々しい声を出した。
「どうしたら、いいんですか……」
「どうもしないよ。俺は真相を彼らに伝えるだけだ」
千葉は唇をかすかに震わせた。
「でも、このこと……」
予想外に身近な人物が犯人だったことへの動揺が
日南はどう助言したものかと考えて、ゆっくり椅子を下りた。千葉のそばに座り、彼をまっすぐな目で見つめる。
「仲間になってくれとは言わないし、口止めをするつもりもない。俺は千葉くんの意思を尊重するよ」
「日南さん……」
「俺が裏切ったって、周りの人に話してくれてもいい。記録課の仕事はすでに自動化されてるから、人がいなくても平気だし」
千葉が驚いた様子で聞き返す。
「あれはそういうことだったんですか?」
「うん。俺はいつ終幕管理局を去ってもかまわないんだ」
口にしてしまうと少しだけ胸が痛む。しかし、一度決めた覚悟を揺らがせるわけにはいかない。
「だから千葉くん、君がどうしようとも俺は君を恨まないよ」
日南の言葉に千葉は戸惑いを見せた。行き場のない思いを押し込めるようにぎゅっと口を閉じてから、視線を日南へ戻す。
「……分かりました」
千葉はおもむろに立ち上がり、鞄を手にした。背中を向ける前にたずねる。
「一坂さんの記憶の核、どうやって取り戻すつもりなんですか?」
「さあ、まだ聞いてない。これから教えてもらう」
「そうですか」
彼が背中を向けて玄関へと歩き出す。日南は黙って彼が去るのを見送った。
千葉は帰宅すると、電気もつけずにベッドにうずくまった。
一坂のことを思うと責任を感じずにはいられない。あの時、彼女に判断を
今になって恋人の「愛着なんて消したらやべぇだろ」という言葉が思い出される。本人が望んでいたとしても、もっとよく考えるべきだった。
一坂は物語に強い愛着を持っていた。それを消されたことで精神が不安定になり、鬱状態に陥ったのだろう。もしも彼女が自殺してしまったら……そんな考えが脳裏によぎり、千葉は恐怖を覚えた。
一方、北野響の死も重くのしかかっていた。事故死ではなく、土屋による殺人だったのだ。終幕管理局は土屋の罪を隠蔽し、記憶を消去した。
土屋が犯人であることを知っているのは、日南たちを除いて自分だけだ。自分には彼女を告発する責任があるのではないか。
だが、真実を明らかにすることは「幕引き人」としての自分を否定する行為でもある。それだけでなく惑星インフィナムを崩壊させ、人類の未来を危険にさらすかもしれない。一坂や北野響を救うために他を見捨てるのか。
千葉はどうすべきか分からず、苦悩し続けた。
日南の話を聞いた渡は、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「劇団の人が『幕引き人』になっていたなんて知らなかった」
「そういえば今思い出したけど、劇団にいた頃の響はファンが多かったね。周りからの嫉妬や、やっかみがひどかったって聞いたことあるよ」
東風谷の言葉に、渡は苦虫を噛みつぶしたような表情を返す。
「きっと元から気に食わなかったんだ。だから姉さんを殺した」
以前からそうした因縁があったとすれば、殺害の動機も強くなる。妬ましい相手が自分の邪魔をしようとしていることに怒りがわき、とっさに殺意を抱いたのだろう。
ふと日南は渡へたずねてみた。
「そういえば、北野響は北野くんとよく似ていたの?」
渡は無言でデバイスを操作し、一枚の画像を表示させた。
「少し古い写真ですけど」
と、日南にそれを見せる。
写っていたのは背の高い女性だった。肩より少し長いセミロングヘアにすらりとした体型で、どことなく親しみやすさのある美人だ。淡い色のロングスカートを履いているため女性だと分かるが、顔立ちは渡と同じで中性的だった。
「似てる」
驚きを込めて日南が言うと、渡はどこか遠い目をした。
「二卵性双生児なのに、不思議ですよね。しかも亡くなる前、僕と同じくらい短く髪を切ったので、顔だけ見ると本当によく似てたんです」
「身長が違うから分かるけど、って感じだったよな」
と、東風谷が笑いながら軽く言い添え、渡も小さく笑みを返した。すぐにデバイスを閉じて日南へ言う。
「犯人を見つけてくれてありがとうございました。あなたを正式に仲間として認めます」
日南は安堵からにこりと微笑んだ。
「ありがとう。これからよろしくな」