目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第20話

 数十分後、日南隆二は吐息を漏らした。

「あったよ、証拠。ゴミ箱フォルダに入ってた」

 千葉がはっとして立ち上がり、後ろから日南のデバイスを見る。

「四月六日二十一時五十八分、居酒屋オーロラ」

 記載されている事項を確認するなり、千葉は自分のデバイスで店の位置を検索した。

「ありました。三区の繁華街、西の方ですね。犯行現場はたしか……店から八十メートルほどいった大通りです」

「じゃあ、これで決まりだ。注文したメニューを見ると分かるけど、おそらく誰かと一緒にいたはずだし」

 デジタルレシートに書かれていたのは、生ビールのジョッキ二杯やレモンサワー三杯にチューハイなど、一人では少々無理のある注文量だ。さらに盛り合わせを頼んでいることからしても、一人だったとは考えづらい。

「やっぱり、土屋さんが……」

 あらためて事実を目の当たりにし、千葉はショックを受けたように呆然とした。

 デジタルレシートのスクリーンショットを取り、日南は接続を切ってデバイスを閉じる。

 これまでの情報をまとめるように、日南は落ち着いて結論を口にした。

「北野響は酒を飲んでいた。土屋も酒を飲んでいた。どうして二人が一緒に酒を飲んでいたかは分からないけど、その席で相手が敵だと分かったんだろう。店を出て歩いている最中に、土屋は北野響を車道へ突き飛ばし、車に轢かせた。そして走り去った後、局長に頼んで事実を消去してもらったんだ。当然、警察も事故として処理した」

 分かってみるとなんてことのない事実だ。「幕引き人」として「幕開け人」を殺害したという、たったそれだけのことなのだ。

 日南がため息をつくと、千葉はその場に座り込み、めずらしく弱々しい声を出した。

「どうしたら、いいんですか……」

「どうもしないよ。俺は真相を彼らに伝えるだけだ」

 千葉は唇をかすかに震わせた。

「でも、このこと……」

 予想外に身近な人物が犯人だったことへの動揺が如実にょじつに伝わってくる。

 日南はどう助言したものかと考えて、ゆっくり椅子を下りた。千葉のそばに座り、彼をまっすぐな目で見つめる。

「仲間になってくれとは言わないし、口止めをするつもりもない。俺は千葉くんの意思を尊重するよ」

「日南さん……」

「俺が裏切ったって、周りの人に話してくれてもいい。記録課の仕事はすでに自動化されてるから、人がいなくても平気だし」

 千葉が驚いた様子で聞き返す。

「あれはそういうことだったんですか?」

「うん。俺はいつ終幕管理局を去ってもかまわないんだ」

 口にしてしまうと少しだけ胸が痛む。しかし、一度決めた覚悟を揺らがせるわけにはいかない。

「だから千葉くん、君がどうしようとも俺は君を恨まないよ」

 日南の言葉に千葉は戸惑いを見せた。行き場のない思いを押し込めるようにぎゅっと口を閉じてから、視線を日南へ戻す。

「……分かりました」

 千葉はおもむろに立ち上がり、鞄を手にした。背中を向ける前にたずねる。

「一坂さんの記憶の核、どうやって取り戻すつもりなんですか?」

「さあ、まだ聞いてない。これから教えてもらう」

「そうですか」

 彼が背中を向けて玄関へと歩き出す。日南は黙って彼が去るのを見送った。


 千葉は帰宅すると、電気もつけずにベッドにうずくまった。

 一坂のことを思うと責任を感じずにはいられない。あの時、彼女に判断をゆだねずに、虚構記憶を残しておく選択肢もあったのだ。いずれ崩壊する記憶なのだから、自分たちが消す必要はなかった。

 今になって恋人の「愛着なんて消したらやべぇだろ」という言葉が思い出される。本人が望んでいたとしても、もっとよく考えるべきだった。

 一坂は物語に強い愛着を持っていた。それを消されたことで精神が不安定になり、鬱状態に陥ったのだろう。もしも彼女が自殺してしまったら……そんな考えが脳裏によぎり、千葉は恐怖を覚えた。

 一方、北野響の死も重くのしかかっていた。事故死ではなく、土屋による殺人だったのだ。終幕管理局は土屋の罪を隠蔽し、記憶を消去した。

 土屋が犯人であることを知っているのは、日南たちを除いて自分だけだ。自分には彼女を告発する責任があるのではないか。

 だが、真実を明らかにすることは「幕引き人」としての自分を否定する行為でもある。それだけでなく惑星インフィナムを崩壊させ、人類の未来を危険にさらすかもしれない。一坂や北野響を救うために他を見捨てるのか。

 千葉はどうすべきか分からず、苦悩し続けた。


 日南の話を聞いた渡は、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

「劇団の人が『幕引き人』になっていたなんて知らなかった」

「そういえば今思い出したけど、劇団にいた頃の響はファンが多かったね。周りからの嫉妬や、やっかみがひどかったって聞いたことあるよ」

 東風谷の言葉に、渡は苦虫を噛みつぶしたような表情を返す。

「きっと元から気に食わなかったんだ。だから姉さんを殺した」

 以前からそうした因縁があったとすれば、殺害の動機も強くなる。妬ましい相手が自分の邪魔をしようとしていることに怒りがわき、とっさに殺意を抱いたのだろう。

 ふと日南は渡へたずねてみた。

「そういえば、北野響は北野くんとよく似ていたの?」

 渡は無言でデバイスを操作し、一枚の画像を表示させた。

「少し古い写真ですけど」

 と、日南にそれを見せる。

 写っていたのは背の高い女性だった。肩より少し長いセミロングヘアにすらりとした体型で、どことなく親しみやすさのある美人だ。淡い色のロングスカートを履いているため女性だと分かるが、顔立ちは渡と同じで中性的だった。

「似てる」

 驚きを込めて日南が言うと、渡はどこか遠い目をした。

「二卵性双生児なのに、不思議ですよね。しかも亡くなる前、僕と同じくらい短く髪を切ったので、顔だけ見ると本当によく似てたんです」

「身長が違うから分かるけど、って感じだったよな」

 と、東風谷が笑いながら軽く言い添え、渡も小さく笑みを返した。すぐにデバイスを閉じて日南へ言う。

「犯人を見つけてくれてありがとうございました。あなたを正式に仲間として認めます」

 日南は安堵からにこりと微笑んだ。

「ありがとう。これからよろしくな」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?