図書室でヤツグとユイが激論をかわしていた。
「だから、犯人であるからにはしっかりした動機が必要なんだって」
「いやいや、目的が無い方が怖くてぞくぞくするよ」
日南梓は軽く苦笑しつつ二人の方へ近寄った。
「今日の議題は何だ?」
「おお、アズサか。今日は魅力的な犯人像についてだ」
と、ヤツグが返し、日南は少し考える。
「犯人か。強い動機がある方が納得感はあるけど、通り魔的犯行だと謎めいていておもしろいよな」
両者の意見に同意した日南を見て、ユイがむすっと口をとがらせる。
「つまり、どっちなのさ?」
「どっちもだな。続けてくれ、オレは本を選んでるから」
笑いながら返して日南は本棚へと足を向ける。
まだ読んでない本がいくつも並んだ棚を見ていると、ヤツグたちがまた話を始めた。
「まあ、サイコパス的な知能犯もおもしろいよな」
「たとえば?」
「巧妙なトリックだな。ただし、これは作者の腕にも関わってくる」
「あー、それはそう」
「謎めいてる方が魅力的だという話も、分からないでもないけどな」
「僕はそっちの方が好きだなぁ。あ、でも最終的に犯人に同情しちゃうパターンは無理」
「お、ユイが言いきるなんてめずらしいじゃないか」
「だってさ、過去にひどい虐待を受けてたからって、犯行を正当化するのはおかしいじゃない?」
「ああ、その話な。分かる」
「被害者がどんな悪人だったとしても、殺されていい人間なんていないよ。だから殺人犯はちゃんと裁かれるべきだと思うんだ」
「同意だ。犯人が自殺して終わりになるのも好きじゃない。死は逃げじゃないんだ」
ふいにユイが笑いながら言った。
「そうだよね。やっぱりヤツグといると楽しいなぁ」
「おいおい、急に何言い出すんだ。まったく、俺だってお前と一緒にいられて楽しいよ」
呆れたように言いながらも、ヤツグの声は優しかった。
ユイのくすくすと笑う声が聞こえる。日南もつられるように自然と微笑みながら、棚から文庫本を取り出した。
「最近の航太、変だぜ」
仕事を一つ終えてオフィスへ戻る途中、急に田村が言った。
千葉はすぐにごまかそうとして笑みを浮かべる。
「そうか? 別に何ともないが」
「絶対に変。暗い顔してるし元気もねぇし、全然航太らしくねぇ」
否定できなくて千葉はため息をつく。
「すまない。あんまり気にしないでくれ」
「無理だよ。オレ、お前の彼氏だろ?」
田村が恥ずかしがる様子もなく言い、千葉は困ってしまった。日南とのことは話せない。しかし、恋人に隠し事をし続けるわけにもいかない。
どちらを取るべきか考えて、千葉は覚悟を決めた。
「分かった。今日の仕事が終わったら、すべて話す」
「本当に?」
「ああ、この前のデートも中途半端にしちゃったからな。本当にちゃんと話すよ」
田村は少し安心したように表情をゆるめた。
「分かった。それまで待ってる」
「ああ」
千葉も少しだけ胸を撫で下ろした。まだ結論は出せておらず、何をどう話したらいいかは決まっていなかった。
田村と昼食をとった後、千葉が一人で訪れたのは記録課だった。どうしても日南と話したいことがあった。
中へ入ると日南が席に座ってあくびを漏らしていた。
「あれ、千葉くんだ。どうしたの?」
気づいた日南が顔を向け、千葉は軽く笑う。
「お疲れさまです、日南さん。少し話がしたいんですが、今平気ですか?」
「ああ、もちろん」
日南は空いていた椅子を引いて勧めてくれた。
「どうぞ、座って話そう」
「失礼します」
千葉はゆっくりと腰を下ろし、自分たち以外に誰もいない室内を見回す。六組のオフィスは人が多いため、何だか不思議な感じがした。
「彼らの反応はどうでしたか?」
気を遣ってたずねた千葉へ、日南は苦笑する。
「一応、認めてもらえたよ。でも記憶の核を取り戻す方法っていうのが、オカルトなんだ」
「オカルト?」
首をかしげる千葉へ日南は息をついて答える。
「引き寄せの法則ってやつ。信じて引き寄せるんだって言ってた」
「ああ、なるほど」
オカルト否定派の日南がどれだけがっかりしたことか、千葉は少し想像して苦々しい気持ちになる。
「そんなことで取り戻せるわけないじゃないかって、つい怒っちゃったよ。けど、もう認められたからには引き返せない。まったくうまくいかないもんだ」
辟易した様子の日南だが、千葉は思考を働かせていた。そしてたずねる。
「日南さんは、パラサイトドリーマーをご存知ですか?」
「え、何それ」
きょとんとする日南へ千葉は穏やかに説明を始めた。
「一言で言えば、想像力が豊かな人のことです。短時間に何十、何百もの想像を生み出すことができるとされ、アカシックレコードにとって
日南が感心したように「へぇ」と相槌を打つ。
「もしかしたら、パラサイトドリーマーであれば引き寄せられるかもしれません」
「いや……え、まさか」
戸惑う日南にかまわず、千葉は続けた。
「虚構世界での北野響の動きを、僕はずっと妙だと思っていたんです。記憶に核があることは以前から想定されていましたし、一度消した記憶が何かの拍子によみがえる事例も確認されていました。それには核が関わっていることも分かってきています。
ですが、それはあくまでも内部で起きたことであり、外部からの働きかけによるものではなかったんです。どうして外から核に作用することができるのか、ずっと不思議でした」
日南の視線が徐々に熱を帯びる。
「それができるのはおそらく、パラサイトドリーマーだからです。想像力が豊かだからこそ、他の想像をよみがえらせることもできるんです。虚構世界の北野響は偽物なので、彼女を想像した人物がパラサイトドリーマーなのでしょう。であれば、特定の記憶の核を引き寄せることも可能ではないかと僕は思います」
「うーん、科学的な説明がつくならオカルトだとは言えないな」
と、苦い顔で悩む日南へ、千葉は付け加えた。
「それともう一人、おそらく一坂さんもパラサイトドリーマーだと思われます」
はっと顔を上げて日南は言う。
「彼女が?」
「一坂さんの想像した世界で、登場人物が勝手な行動を起こしていましたよね? あの時は想像力が豊かだからだと考えましたが、言い換えればパラサイトドリーマーだから、ということになります」
「それなら彼女の力があれば、彼女の物語が取り戻せるってこと?」
「ええ、その可能性は高いでしょう」
日南が目を輝かせ、こらえきれない様子で漏らした。
「できる……彼女の物語を取り戻せるぞ」
希望を得た彼を見ながら千葉は思う。
パラサイトドリーマーなら、特定の記憶の核を引き寄せられるなんて、口からでまかせもいいところだ。しかし、可能性を否定するのは科学ではない。実際に試してみないと分からないのが科学ではないか。
そうだ、試してみないと……。
はっとして千葉は立ち上がった。
「そろそろ戻ります。ありがとうございました」
返事を待たずに歩き出し、足早に廊下へ出る。責任感に押しつぶされていた好奇心が動き始めていた。