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第23話

「やっぱり時代は特殊設定ミステリーだと思うんだよなぁ」

 ヤツグが作ってくれたサンドイッチを食べながら、西園寺はそう言った。彼の手元にある文庫本は「屍人荘の殺人」だ。

「時代も何も」

 と、ツッコミかけて日南梓は言うのをやめた。ツッコミを入れることすら野暮だ。

 その証拠に西園寺と、彼の隣に座ったユイがじとりとした目を向けてくる。

「すまん。続けて」

 と、日南は黙ってサンドイッチにかじりつく。

 気を取り直した西園寺が言った。

「現実的な舞台だけじゃ、ネタが尽きちゃうもんな」

「実際、使い古されたトリックなんていっぱいあるもんねぇ」

 と、ユイが同意する。

「そこで特殊設定にすることで、トリックの幅も広がるってわけだ」

「マンネリ化したミステリー界に現れた超新星、その名も特殊設定!」

「待て待て、何も新しいってわけじゃねぇぞ」

 と、盛り上がるユイへ水を差したのはヤツグだ。ゼリーの乗った皿を器用に四枚持ち、キッチンから食卓へとやってくる。

「ファンタジー要素があるっていう括りなら、一九五一年のジョン・ディクスン・カー『ビロードの悪魔』があるし、日本に限るなら一九八九年の山口雅也『生ける屍の死』がある」

 言いながらヤツグはデザートをそれぞれの前へ置く。かすかにりんごのような匂いがする薄黄色のゼリーだ。

 ユイは眉をひそめ、いかにも不満げに返した。

「えー、二十世紀じゃん」

「つまり昔からあるってことだ。ただ、ブームの火付け役になったのはその『屍人荘の殺人』だったっていうだけでな」

 にやりと笑うヤツグに、日南と西園寺はうんうんとうなずく。自分たちがリアルタイムで見て、感じてきたことだった。

「そっかぁ。二十一世紀に入ってからの発明じゃないんだぁ」

 と、ユイはしょげた様子だが、かまわずにヤツグは日南の隣へ腰を下ろした。

「おい、俺の分も残しとけって言っただろ」

 大皿に乗ったサンドイッチはすでに残り少なくなっており、ヤツグが文句を言うとユイが返した。

「一人五個じゃなかったっけ」

「馬鹿、食いすぎだ。デザート没収な」

 ヤツグはすぐに手を伸ばしてユイの分のゼリーを取り上げた。

「あっ、ごめんなさい! 嘘です、食べたいですデザート!」

 と、ユイがすがりついても無視をして、ヤツグはキッチンへ向かうと冷蔵庫に皿をしまった。

 そして恨めしげに見つめているユイへ言う。

「食器洗いもしくは廊下の掃除、したら食わせてやる」

「うーん……じゃあ、廊下の掃除します」

「決まりだな。絶対に忘れるなよ。あと、こっそり食おうとするのも無しだぞ」

「ヤツグの意地悪ー!」

「食い意地の張ってるお前が悪い」

 きっぱりと返してヤツグは再び席へ戻ると、今度こそサンドイッチを手に取るのだった。


「灰塚さん、来週から有給を取らせてもらってもいいですか?」

 仕事の合間に千葉はA班の灰塚へ声をかけた。

 六組のリーダーとして主任を務めている灰塚が振り返り、千葉は手にした書類を差し出す。

 それを見た灰塚は目を丸くした。

「有給は労働者の権利だからかまわないが……まさか、使いきるつもりか?」

 呆れと苦笑がまざったような顔をする彼へ、千葉は罪悪感を覚えつつ返す。

「すみません。どうしてもやりたいことがあって、少し遠くまで行くことになりそうなんです」

 具体的なことは伝えないが、決して嘘を言っているわけではなかった。場合によってはコロニー内にあるアメリカやフランスなど、諸外国を飛び回ることも考えられる。

「そうか、それにしても二週間は長いな」

 書類を軽く整えてから机の上へ置き、灰塚はにかっと笑った。

「まあ、申請が通らないってことはないから、安心して好きなことやってこい」

「ありがとうございます」

 千葉は心から感謝し、灰塚へ頭を下げた。有給を取得する理由を詮索してくるような、野暮な上司でなくてよかった。


 渡は目を丸くした。めずらしく動揺し、戸惑いながらテーブルへ身を乗り出す。

「ちょっと待ってください、日南さん。どういうことです?」

 日南隆二は真剣な顔のまま、詳細な説明を始める。

「犯人探しを手伝ってくれた友人が、俺たちに協力を申し出ているんだ。犯人は彼にとって先輩にあたる人なんだけど、殺人犯を放置してはおけない、告発したいって言ってる」

「告発って、でも記憶は消去されて」

 言いかけた渡の言葉を日南はさえぎった。

「ああ。だから記憶の核を取り戻そうとしてるんだ。俺たちとやろうとしていることは同じだよ」

「……ですが」

 と、渡は言葉に詰まる。

 話を聞いていた東風谷が奥の部屋からこちらへやってきてたずねた。

「日南さん、その人は信用できるんですか? 『幕引き人』なんでしょう?」

 視線を彼へと移しながら日南は返す。

「もちろん信用できるよ。そもそも彼は小説を読むのが好きな人で、物語を消すことにも葛藤があったっていう話だし」

 渡は東風谷と目を合わせてから、慎重に言った。

「スパイではないですよね?」

「さすがにそれはないと思うけど……」

 疑われるとはっきり否定できなかった。

 渡はさらに慎重になって問う。

「その人が僕たちを裏切らないと言えますか?」

 日南は友人を信じたいが、万が一という可能性もあるのを理解している。これまでの人生を思い返してみてもそうだ。

 しかし、どうにかして渡たちに受け入れてもらいたかった。日南は困惑の末に考えを巡らせると、それまでと逆にたずね返した。

「それなら、どうすれば君たちは信用してくれるんだ? 犯人探しを手伝ってくれて、現時点で俺のことを誰かに言いふらしたりもしてないのに」

 日南は以前と変わらず記録課に勤めていた。周囲に怪しまれる様子もなく、おかしな噂が流れていることもない。

 しかし、渡と東風谷はやはり受け入れがたい様子だ。

「僕はあまり人数は増やしたくない」

「この部屋に出入りする人が増えると、それだけで近所からは怪しまれちゃうよなぁ」

「それもあるし、どこから情報が漏れるか分からないんだ」

「うーん、たしかに」

 ふと日南は思い立って言ってみた。

「そうだ。その彼なんだけど、惑星インフィナムに調査員として行ったことがあって、アカシックレコードの解読ができる人なんだ」

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