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第25話

 図書室へ行くと北野が本棚を見ていた。一つ一つ指をさしながら背表紙を確認しては、視線を上から下へと移動させている。

 日南梓は近づきながら声をかけた。

「探し物か?」

 北野が少しびくっと肩をすくめてから振り返る。

「ああ、うん。森絵都の『カラフル』がないか、探してるの」

「ヤツグに聞いたか?」

「うん。あるはずだって言うんだけど、どの棚にあるかは分からないって言われちゃって」

 苦笑する北野へうなずき返し、日南は言う。

「じゃあ、オレも手伝おう」

「え、いいの?」

「どうせ暇だからな。奥の棚は見たか?」

「ううん、まだ見てない」

「分かった」

 日南は部屋の奥へ移動し、まず壁にぴったりつけられている棚を見始めた。

「でも、北野が本を探すなんて意外だな」

 いくつも並んだ背表紙に目を走らせながら日南が言うと、北野は答えた。

「智乃が小説家になりたいと思った、きっかけの本なの」

「ああ、お前の親友の……」

 言いながら日南は二段目へと視線を下ろす。

 室内がつかの間、静かになってから北野が言う。

「弟から聞いたんだけどね、もう一人仲間が増えたんだって。その人、智乃と同じで物語が好きなの。小説だけでなく、児童書や絵本も読むらしくて、何だか智乃を思い出しちゃった」

 くすりと笑う彼女の声を聞きつつ、日南は三段目へと目をやる。

「しかもその人、弟と会った時に『カラフル』を読んでたの。それで仲間に入れることにしたみたい」

「そういうことか」

 北野が本を探そうと思った理由もそこにあると理解し、日南は中腰になる。

「でも、それ以外の情報は教えてくれなかった。何をしてる人なのか、名前も聞かせてくれなかったなぁ。知らないわけじゃないはずなのに、何でだろう」

 不満そうな声に日南は小さく苦笑を返す。

「何か理由があるんだろ、たぶん」

「そうなのかなぁ?」

 日南はしゃがみこみ、五段目の棚を見ていく。カタカナ四文字のタイトルはそう多くないため、目立つはずだがなかなか見つからない。

 すると北野が言った。

「あっ、あった!」

 反射的に腰を上げて日南は彼女の元へと戻る。

「これ、この黄色い表紙……懐かしい……」

 北野は手にした文庫本をぎゅっと胸に抱いた。

 思ったよりも暇つぶしにならなかったと内心では思いつつ、日南は優しく声をかける。

「よかったな」

「うん。手伝ってくれてありがとう、日南さん」

 北野がこちらを見上げながら微笑み、日南も軽く口角をつり上げた。

「あとでそれ、貸してくれ。オレも久しぶりに読みたい」

「分かった。読み終わったら貸すね」

 そう言って北野は部屋の中央にあるテーブルへ向かい、静かに椅子を引いた。


 月曜日の夜。ソファに並んで座りながら、日南隆二は言った。

「千葉くんは今日から有給に入ったよ。大学教授に連絡して、惑星インフィナムの最新情報を聞き出すって言ってた。それから量子接続できる術を探すんだって」

「その、量子なんたらっていうの、いまいち眉唾まゆつばなんですけど」

 と、渡は苦々しく返し、日南も首をかしげる。

「千葉くんの説明、聞いたところでピンとこなかったよな」

「まったく分かりません。そもそも、人間は量子じゃないでしょう? それをどうやってつなぐって言うんですか」

 眉を寄せる渡へ日南が苦笑すると、パソコンを見たまま東風谷が口を挟んだ。

「分からないから探してるんだよ」

「それはそうだけど、それが理解できないって言ってるんだ」

 渡が半ば呆れると、東風谷は笑ってごまかした。

 東風谷はパソコン操作が得意らしく、長尾から手に入れた終幕管理局のパソコンシステムをコピーしたものを使っている。ただし、使いこなせるほどの技能は持っておらず、ずいぶんと苦労している様子だった。

「で、姉さんたちはどうしてる?」

 渡が話題を変えると、東風谷は千葉からもらった変換表を見ながら返した。

「まだ留まってる」

「『幕引き人』は?」

「全然見つかる気配はないよ。もうしばらく静観していてよさそうだ」

「それならいいんだ」

 ほっとしたように彼が息をつき、日南は横目に見ながら問いかける。

「で、俺たちはどうするの?」

「それを今日は話し合います」

 渡は腰を上げるとまっすぐ向かいへ歩いていく。腰の位置ほどの高さがある棚の前に立ち、天板に置いていたファイルブックを手に取る。

 そしてソファへ戻ってくると、それを日南へ差し出した。

「これまでに僕たちが考えた計画です。目を通してください」

 受け取った日南はすぐに表紙を開き、収められた資料を見ていく。すべて手書きで書かれており、日南はどこか懐かしさを覚えた。

 ファイルブックを閉じて、日南は渡に返した。

「君たちの目的は、アカシックレコードを破裂させることだったよな」

「ええ、そうです。でなければ、智乃の物語を取り戻せません」

「虚構世界で探したか?」

「とっくにやりましたよ。見つからないから、現実世界で取り戻さなくちゃいけないんです」

 と、渡はソファの肘かけにファイルブックを置いた。

「じゃあ、聞くけど。どうしてアカシックレコードが破裂することで、取り戻せると考えたんだ? 何か根拠があるんだよな?」

 日南の問いに答えたのは東風谷だった。

「はっきり言って根拠はありません。でも、破裂することで世界は混乱する。それに便乗して取り返すのが、もっとも安全ではないかと考えたんですよ」

「姉さんが破裂させようと考えたのも、結局のところ、終幕管理局への復讐なんです。世界を敵に回してでも、成し遂げたかったことなんです」

 渡はそう言って顔をそらすと、小さく続けた。

「その後に世界がどうなるか、何も分からないというのに……」

 室内がしんと静まり、日南はため息をもらした。

「自分勝手だな。ひどいエゴだ。けど、俺のやろうとしていることも同じで、その他の人たちのことなんて、ちっとも考えてやしないんだ」

 黙って東風谷が苦笑し、渡は「それでも」と、立ち上がる。

「それでもやるしかないんです。僕たちはもう『幕開け人』として行動を開始してしまった。今さら後には引けません」

 彼を見上げながら日南はうなずいた。

「そうだね。現時点では荒唐無稽な絵空事だけど、どうにかして方法を探すしかない」

「そういうことです。考えましょう。どうやってアカシックレコードを破裂させたらいいか、どうやって記憶の核を、物語を取り返すか」

 真剣な渡へ東風谷が言う。

「唯一の希望は、千葉くんの話してた量子テレポーテーションだ。まだ確実ではないけど、俺は信じてもいいと思ってるよ」

「君たちの言う、強い願いの力で引き寄せるっていうのと、重なる部分があるもんな」

 日南が苦笑し、渡は言い返した。

「僕たちは専門家じゃありません。そうとしか言えなかったんだから、しょうがないでしょう?」

「いいよ、分かってる。俺たちは俺たちで、やれることをやっていこう」

 半ば呆れて返す日南を渡がむっとしてにらむが、すぐに東風谷が口を挟んだ。

「それじゃあ、今日の議題はアカシックレコードをどうやって破裂させるか、ですね」

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