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第26話

「うーん、パラサイトドリーマーの話が本当なら、そういう人たちが一斉に想像をすればいいんじゃないか?」

 日南隆二の考えに渡は返す。

「『幕引き人』に見つかったらおしまいです」

「じゃあ、百人くらい集めてさ」

「グレストはもう無いんですよ? どうやって集めるんですか?」

 すかさず渡ににらまれて日南はたじろいだ。

「それは、そのー……」

 すると東風谷が言った。

「百人じゃなくて、もっといっぱいいないとダメでしょうねぇ。『幕引き人』たちが追いつかないくらい、大量じゃないと」

「大量の想像……」

 渡が顎に手をやりながら、室内をうろうろと歩き出す。

「集める方法が浮かばないけど、たしかにやるなら多い方がいい。いっそのこと、百万人くらいいれば……」

「百万!? 新東京の全人口じゃないか!」

 と、日南が声を上げ、渡ははっと足を止める。

「全人口……つまり、全員を巻き込んでしまえば、僕たちが見つかる可能性は圧倒的に低くなる。それにもし見つかっても、その前にアカシックレコードが破裂すれば……!」

「おお、大胆で素晴らしいアイデアだ」

 と、東風谷も明るい調子で言う。

 日南は戸惑いつつも話を進めた。

「で、どうやって全員を巻き込むんだ?」

「それは……まだ、いい考えが浮かびません」

 渡が意気消沈してソファへ戻り、背もたれへ寄りかかった。

「どうすれば全員を巻き込めるか」

 天井をあおぎ、ぽつりとつぶやく渡。

 日南も思考回路を働かせ、ふと左手首につけたデバイスを見る。その瞬間、ひらめいた。

「ハッキング……」

「え?」

 渡が体を起こして日南へ顔を向けた。かまわずに日南は思考を言語化していく。

「今のデバイスにはどの機種でも、初めからコネクトビーコンが搭載されてる。サーバーに入り込んで登録されている電話番号もしくはメールアドレスが入手できれば、ほぼ全員のデバイスとつながることができる」

「つながる……?」

「そうだよ。そうしたら一斉に情報を送信するんだ。想像力を刺激するような何か……いや、物語を」

 言いきる日南の胸には希望が満ちていた。必ず実現できるという予感に目を輝かせ、知らず知らずのうちに拳をぐっと握っていた。


 千葉が有給をとったせいで、少なからず仕事に支障が出ていた。他の組への応援に駆り出されることになった土屋だが、無性に不安が頭をもたげていた。

 合間を見つけてトイレへ入り、誰もいないことを確認してから個室へ入った。きちんと鍵をかけてからデバイスを操作し、慣れた番号へ電話をかけた。

 通話がつながるなり、土屋はやや早口で言う。

「仕事中にごめんなさい。伯父さんに確かめたいことがあって」

 相手は呆れたように「何だ?」と、問う。

「あの……記憶はちゃんと消してあるのよね?」

「当然だろう。警察だって事故として終わらせた」

「そうよね……何か、急に不安になっちゃって」

 電波の向こうで伯父がため息をつくのが聞こえた。

「何かあったのか?」

「うん……勘みたいなもので、はっきりとした理由はないの。でも、同僚の千葉くんが急に有給をとったのが、何だか気になって」

「ああ、あの彼か」

「その前から千葉くん、何か調べていたみたいなの。それに、田村くんから聞いた話だと、少し前まで日南隆二とよく一緒にいたらしくって」

 言葉にするほど焦りが募る。安心材料がないと気持ちが落ち着かず、土屋はすがるようにもう一度問う。

「もしもあのことを調べてるのだとしたら、不安でたまらないの。本当にもう、消えてるのよね?」

「そう言っただろう。安心しなさい、お前が捕まることはないんだ」

「そう、よね……ごめんなさい、伯父さん」

「気にするな。こちらでも一応、彼らの動向を調べてみよう」

「ありがとう。それじゃあ、また」

 土屋は少しだけ気分が軽くなり、通話を切ってから息をついた。局長である伯父が調べてくれるのなら、結果がどうあろうとも安心だろう。


 日南梓は西園寺の部屋を訪ねていた。

「久しぶりに読んだけど、やっぱりいいな。あれをきっかけに小説家になりたいと思った、っていうのも納得だ」

 勝手にベッドの端へ座りながら日南が言うと、西園寺が首をかしげる。

「誰の話だ?」

「北野の親友。名前は智乃っていうらしいんだが、森絵都の『カラフル』を読んで小説家になりたいと思ったんだそうだ」

「へぇ、初めて聞いた」

 西園寺はそれまで読んでいた本を机へ置き、コーヒーをすする。

「で、日南は何しに来たんだよ?」

「うん……なんか、オレも小説書きてぇなって」

 どこかぼんやりしながら言った日南を見て、西園寺はまばたきを繰り返した。

「その言葉、すごく久しぶりに聞いた気がする」

「そうか?」

 と、眉間にしわを寄せながらも日南は言った。

「ああ、でも……作家らしいこと、全然やってなかったもんな」

 物語の墓場では白紙の画面とにらめっこをするばかりだったし、蛹ヶ丘魔法学校では殺人事件のせいでそれどころではなかった。

「やっと落ち着けたんだ。短編でいいから、何か書きたい」

「そうかそうか。じゃあ、編集者である俺が相談に乗ってあげよう」

 と、西園寺は嬉しそうに席を立ち、日南の隣へ腰を下ろした。

「どんな話にする?」

「いや、まだ何も決まってねぇんだって」

「だけど、書きたいものの輪郭りんかくくらいは見えてるだろ?」

「うーん、そうだなぁ……」

 考えてみるが、脳裏に浮かぶのは曖昧な輪郭だ。

 するとしびれを切らしたように西園寺が問う。

「お前の書いてる、日南梓シリーズにするか?」

「まあ、その方が一から考えなくて済むけど」

「ジャンルは? ミステリーか?」

「いや、もっとのんびりとした……日常でもいいかな、とは思う」

 西園寺は意外そうに、少しきょとんとして返した。

「お前にしてはめずらしいじゃないか」

「うん……いろいろあったから、心が平穏を求めてるのかもしれねぇな」

 そう言って日南は自嘲気味に笑った。


「想像力を刺激すると言っても、そもそも本を読まない人だっています。そうした人に小説を読めというのは無謀です」

 牛乳パックにストローを差しながら渡が言い、日南隆二は「うん、分かってる」と返しながら奥の部屋へ向かう。

 いつものように鞄を床へ置いてからソファに座り、あいかわらずパソコンチェアにいる東風谷を見た。

「何か変化はあったか?」

「うーん、それがですねぇ……」

 栄養食のビスケットを片手に、東風谷は変換表と画面とを交互に見ていた。

「こっちの日南さん、ずっと西園寺と一緒にいるんですよ。これまでは本を読んでばかりだったのに、どうしたのかと思って今解読をしてるんですが……」

 日南は「ああ」と、腑に落ちた。

「たぶん、新しい小説の構想について話してる」

「え?」

 東風谷が動きを止めて日南を振り返り、牛乳を飲みながら渡もやってきて問う。

「急にどうしたんです?」

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