「うーん、パラサイトドリーマーの話が本当なら、そういう人たちが一斉に想像をすればいいんじゃないか?」
日南隆二の考えに渡は返す。
「『幕引き人』に見つかったらおしまいです」
「じゃあ、百人くらい集めてさ」
「グレストはもう無いんですよ? どうやって集めるんですか?」
すかさず渡ににらまれて日南はたじろいだ。
「それは、そのー……」
すると東風谷が言った。
「百人じゃなくて、もっといっぱいいないとダメでしょうねぇ。『幕引き人』たちが追いつかないくらい、大量じゃないと」
「大量の想像……」
渡が顎に手をやりながら、室内をうろうろと歩き出す。
「集める方法が浮かばないけど、たしかにやるなら多い方がいい。いっそのこと、百万人くらいいれば……」
「百万!? 新東京の全人口じゃないか!」
と、日南が声を上げ、渡ははっと足を止める。
「全人口……つまり、全員を巻き込んでしまえば、僕たちが見つかる可能性は圧倒的に低くなる。それにもし見つかっても、その前にアカシックレコードが破裂すれば……!」
「おお、大胆で素晴らしいアイデアだ」
と、東風谷も明るい調子で言う。
日南は戸惑いつつも話を進めた。
「で、どうやって全員を巻き込むんだ?」
「それは……まだ、いい考えが浮かびません」
渡が意気消沈してソファへ戻り、背もたれへ寄りかかった。
「どうすれば全員を巻き込めるか」
天井をあおぎ、ぽつりとつぶやく渡。
日南も思考回路を働かせ、ふと左手首につけたデバイスを見る。その瞬間、ひらめいた。
「ハッキング……」
「え?」
渡が体を起こして日南へ顔を向けた。かまわずに日南は思考を言語化していく。
「今のデバイスにはどの機種でも、初めからコネクトビーコンが搭載されてる。サーバーに入り込んで登録されている電話番号もしくはメールアドレスが入手できれば、ほぼ全員のデバイスとつながることができる」
「つながる……?」
「そうだよ。そうしたら一斉に情報を送信するんだ。想像力を刺激するような何か……いや、物語を」
言いきる日南の胸には希望が満ちていた。必ず実現できるという予感に目を輝かせ、知らず知らずのうちに拳をぐっと握っていた。
千葉が有給をとったせいで、少なからず仕事に支障が出ていた。他の組への応援に駆り出されることになった土屋だが、無性に不安が頭をもたげていた。
合間を見つけてトイレへ入り、誰もいないことを確認してから個室へ入った。きちんと鍵をかけてからデバイスを操作し、慣れた番号へ電話をかけた。
通話がつながるなり、土屋はやや早口で言う。
「仕事中にごめんなさい。伯父さんに確かめたいことがあって」
相手は呆れたように「何だ?」と、問う。
「あの……記憶はちゃんと消してあるのよね?」
「当然だろう。警察だって事故として終わらせた」
「そうよね……何か、急に不安になっちゃって」
電波の向こうで伯父がため息をつくのが聞こえた。
「何かあったのか?」
「うん……勘みたいなもので、はっきりとした理由はないの。でも、同僚の千葉くんが急に有給をとったのが、何だか気になって」
「ああ、あの彼か」
「その前から千葉くん、何か調べていたみたいなの。それに、田村くんから聞いた話だと、少し前まで日南隆二とよく一緒にいたらしくって」
言葉にするほど焦りが募る。安心材料がないと気持ちが落ち着かず、土屋はすがるようにもう一度問う。
「もしもあのことを調べてるのだとしたら、不安でたまらないの。本当にもう、消えてるのよね?」
「そう言っただろう。安心しなさい、お前が捕まることはないんだ」
「そう、よね……ごめんなさい、伯父さん」
「気にするな。こちらでも一応、彼らの動向を調べてみよう」
「ありがとう。それじゃあ、また」
土屋は少しだけ気分が軽くなり、通話を切ってから息をついた。局長である伯父が調べてくれるのなら、結果がどうあろうとも安心だろう。
日南梓は西園寺の部屋を訪ねていた。
「久しぶりに読んだけど、やっぱりいいな。あれをきっかけに小説家になりたいと思った、っていうのも納得だ」
勝手にベッドの端へ座りながら日南が言うと、西園寺が首をかしげる。
「誰の話だ?」
「北野の親友。名前は智乃っていうらしいんだが、森絵都の『カラフル』を読んで小説家になりたいと思ったんだそうだ」
「へぇ、初めて聞いた」
西園寺はそれまで読んでいた本を机へ置き、コーヒーをすする。
「で、日南は何しに来たんだよ?」
「うん……なんか、オレも小説書きてぇなって」
どこかぼんやりしながら言った日南を見て、西園寺はまばたきを繰り返した。
「その言葉、すごく久しぶりに聞いた気がする」
「そうか?」
と、眉間にしわを寄せながらも日南は言った。
「ああ、でも……作家らしいこと、全然やってなかったもんな」
物語の墓場では白紙の画面とにらめっこをするばかりだったし、蛹ヶ丘魔法学校では殺人事件のせいでそれどころではなかった。
「やっと落ち着けたんだ。短編でいいから、何か書きたい」
「そうかそうか。じゃあ、編集者である俺が相談に乗ってあげよう」
と、西園寺は嬉しそうに席を立ち、日南の隣へ腰を下ろした。
「どんな話にする?」
「いや、まだ何も決まってねぇんだって」
「だけど、書きたいものの
「うーん、そうだなぁ……」
考えてみるが、脳裏に浮かぶのは曖昧な輪郭だ。
するとしびれを切らしたように西園寺が問う。
「お前の書いてる、日南梓シリーズにするか?」
「まあ、その方が一から考えなくて済むけど」
「ジャンルは? ミステリーか?」
「いや、もっとのんびりとした……日常でもいいかな、とは思う」
西園寺は意外そうに、少しきょとんとして返した。
「お前にしてはめずらしいじゃないか」
「うん……いろいろあったから、心が平穏を求めてるのかもしれねぇな」
そう言って日南は自嘲気味に笑った。
「想像力を刺激すると言っても、そもそも本を読まない人だっています。そうした人に小説を読めというのは無謀です」
牛乳パックにストローを差しながら渡が言い、日南隆二は「うん、分かってる」と返しながら奥の部屋へ向かう。
いつものように鞄を床へ置いてからソファに座り、あいかわらずパソコンチェアにいる東風谷を見た。
「何か変化はあったか?」
「うーん、それがですねぇ……」
栄養食のビスケットを片手に、東風谷は変換表と画面とを交互に見ていた。
「こっちの日南さん、ずっと西園寺と一緒にいるんですよ。これまでは本を読んでばかりだったのに、どうしたのかと思って今解読をしてるんですが……」
日南は「ああ」と、腑に落ちた。
「たぶん、新しい小説の構想について話してる」
「え?」
東風谷が動きを止めて日南を振り返り、牛乳を飲みながら渡もやってきて問う。
「急にどうしたんです?」