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第27話

 日南はもぞりと少し身動きをしてから語る。

「実は昨日から、そうしたイメージが頭から離れないんだ」

 怪訝そうな顔をして渡は日南の前まで来る。

「今の作者は僕だったはずですが?」

「それは分かってる。でも、どうしても頭に浮かんじゃうんだよ。もっとも、西園寺と小説の構想について話すなんて、ありえないことなんだけど」

 はっとしたのは東風谷だ。

「いや、今の西園寺は編集者です。作家の相談に乗るのは普通では?」

 日南は目を丸くした。

「は? 編集者?」

「すみません、設定を変えさせてもらいました」

 悪びれることなく渡が言い、日南隆二は開いた口がふさがらなくなってしまった。

「何で、そんな……」

「その方が都合がよかったからですよ」

 しれっと言う彼に日南は困惑した。

「いやいやいや、さすがにそれは違うよ。勝手に設定を変えたら、それはもう二次創作とかいうレベルじゃない」

 すると渡がストローから口を離して言い返す。

「ですが、権利をくれたじゃないですか」

「そうだけど、勝手に設定を変えるのはダメだ。俺だけでなく作品そのものへの冒涜ぼうとくだ」

「大げさな」

 と、渡は嫌悪感をにじませてソファへ腰を下ろす。

「そんなことより、計画の話を進めましょう」

「そんなことって……! 言っておくけどな、西園寺も俺の一部なんだぞ!?」

 と、日南は立ち上がり、渡は「はあ?」と不機嫌な顔をする。

「日南梓は自己投影しまくった存在だけど、西園寺にも自分の一部をちぎって与えてたんだ。弱い部分やダサいところとか、そういうのを担ってたのが西園寺なんだ」

 渡は冷めた目で日南を見る。

 日南もまた怒りをあらわに渡を見据える。

 二人の間の空気が険悪になりかけたところで、東風谷が口を出した。

「ああ、本当だ。日南さんの言う通り、小説の構想を練ってるみたいだ」

 二人はほぼ同時に東風谷を見た。

 東風谷がにこりと笑い、誰にともなく問いかける。

「やっぱり原作者の想像に帰属するってことなのかな?」

 険悪な空気は一瞬にして霧散むさんしていた。

 言葉に詰まる渡と反対に、日南はほっと胸を撫で下ろした。そしてひらめく。

「そうだ、物語を考える物語にするのはどうだろう?」


 彼らの部屋を出た日南は、一坂の元を訪れていた。

 以前に来た時と違って室内は片付いていたが、玄関先に大きなスーツケースが置かれていた。

「やっぱり、戻っちゃうんですか?」

 たずねた日南へ一坂はごまかすような、ぎこちない笑みを浮かべる。

「ええ。家族にも、戻ってこいと言われちゃいました」

「そっか」

 室内へ入り、日南が床へ鞄を置いたところで一坂は言う。

「近いうちに、辞表を出しに行こうと思ってます」

 そっとベッドの上に腰かけて、彼女はうつむいた。

 床に座った日南は迷ったが、頼れるのも彼女しかいないと思い直す。

「あの、もう少しだけ待ってもらえませんか?」

「え?」

「実は一坂さんに頼みたいことがあるんです」

 彼女が小さく首をかしげ、日南は思いきって彼女の隣へ移動した。

「一坂さん、昔、絵を描いてたんですよね? 一枚だけでいいので、描いてもらえませんか?」

 一坂はわずかに頬を引きつらせた。

「えっと、何を言ってるんですか? 『創造禁止法』に違反しちゃうじゃないですか」

「もちろん分かってます。でも、どうしても絵が欲しいんです」

 日南の真剣な表情に、一坂は何か勘づいたようだ。

「……あの、前から気になってました。日南さんは、いったい何をしようとしているんですか?」

 ついにこの時が来てしまった。日南は息を深く吸い込み、吐き出してから、彼女の目をまっすぐに見つめた。

「一坂さんの物語を取り戻そうとしています」

「私、の?」

「ええ。やっぱり、消したらいけなかったんです。だって一坂さん、大事に思っていたんでしょう? 蛹ヶ丘魔法学校のこと」

 一坂の目がじわりとうるむ。

「でも、そんなこと……」

「できるんですよ。記憶の核を取り戻せれば、物語は再生させられる。そのためには、パラサイトドリーマーである一坂さんの協力が必要なんです」

 戸惑い、顔をそらす一坂を日南はじっと見守った。

「私が、パラサイトドリーマー?」

「ええ、千葉くんがそう言っていました。想像力の豊かな人だからこそ、ありえないことが起こせるんです」

 すると彼女がまた勘のさえた質問をする。

「もしかして、千葉さんも協力してるんですか?」

「ええ、してます。彼にも取り戻したい記憶の核があるんです」

「……そう、ですか」

 そうつぶやくと、おもむろに一坂は顔を上げて日南を見た。

「それで、絵が欲しいと言うのは?」

 日南はすぐにデバイスを操作し、キャラクター設定をまとめたテキストデータを表示させた。

「計画に必要なんです。描いてもらいたいのはこの二人で、向かい合って話をしているイメージです」

「あれ……日南って」

 と、彼女が気づき、日南は言った。

「はい。俺の書いていた小説『理不尽探偵』の主人公と、その助手です」

 照れくさくなる日南だったが、一坂は興味を持ったらしく、声の調子を明るくさせた。

「理不尽探偵、って言うんですね。おもしろそう」

「先に言っておきますが、口癖が理不尽だ、っていうだけですよ」

 自嘲する日南だが一坂は言った。

「それでもおもしろそうです。もしかして、また書くつもりなんですか?」

 無邪気に聞かれた日南は、曖昧に微笑んだ。


 一人きりで仕事をするのにもすっかり慣れてきた。データ入力は自動で進んでいくため、人間がやる仕事は目視での最終チェックのみだ。

 今日ものんびりと過ごしていると、唐突に扉が開いた。

 振り向いた日南は思いがけずぎょっとしてしまう。

 こちらへ歩み寄ってきたのは、虚構世界管理部の川辺部長だった。後ろには総務部の相田部長の姿もあり、いったい何事かと緊張してしまう。

「日南隆二くんだね」

 川辺が落ち着きのある低い声でたずね、日南は背筋を正して答えた。

「はい、そうです」

「ここのところ、一人で仕事をしているそうだが、問題なくやれているらしいな」

「ええ。自動化プログラムのおかげで、どうにか」

 と、日南は相田部長を見る。元はと言えば長尾の指示で組んだプログラムだが、正式に導入してもらえたのはついこの前だ。そのことで何か言われるのではないかと不安になった。

 しかし、次に川辺が言ったのは別のことだった。

「君は業務課の千葉くんと親しいらしいじゃないか」

「あ、はい。彼には二週間も世話になったので、その間にすっかり意気投合しまして」

 日南は多少戸惑いつつも、無難な返事を返す。

「彼が今週から有給を取得しているんだが、何か聞いていないか?」

「へ?」

 自分でも驚くほど、気の抜けた声を出してしまった。

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