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第30話

 うつむいていた田村が肩を揺らし、千葉は厳しい声で続けた。

「それが嫌なら大人しく僕に従えと言ってある。万が一、また日南さんに何かしようとした時も、問答無用で別れるよ」

 あくまでも渡たちへ向けて話しているが、実質的に田村への脅しになっていた。

 しかし、渡は正論を突きつける。

「そんなこと言われても、信用できるわけないじゃないか」

 千葉は伏し目がちになってため息をこらえた。

「……だよな。ただでさえ、こんな見た目だし」

 と、苦々しく漏らす。

 田村は髪を赤く染めていて、両耳にいくつものピアスを着けている。第一印象は不良ヤンキーであり、どう見ても不真面目さが拭えない。

 場が沈黙に包まれ、渡たちはそれぞれに視線をそらして気まずさに身動みじろぎする。

 すると田村が小さな声で言った。

「オレ、大人しくしてる……もう何もしない……」

「本当に?」

 渡が鋭い視線を向け、刺すような口調で問いただす。

 田村はうつむいたままうなずいた。

「航太といられれば、それだけでいい」

 再び沈黙が室内に居座り、やがて東風谷が日南へ言う。

「日南さん、あなたはどうなんです? 彼のこと、許すんですか?」

「えっ、俺は……うーん」

 自分を殺そうとした相手を許すなど、普通であればできない。それに許すということは、相手への警戒を解くことでもある。

「無理だな、許せないし許さない」

「ですよね。ちょっと考えたんですけど、とりあえずこっちの部屋で大人しくしててもらって、話は全部奥でしましょう」

 すると渡が即座に言い返した。

「それだと計画が聞かれちゃうじゃないか」

「しょうがないだろ。すでに俺たちの居場所はバレちゃったんだし、今さらじゃないか。それに、こんなことで時間を取られるわけにもいかないよ。早く計画を進めないと」

 と、東風谷。

「そ、それはそうだけど……」

「仲間にしたくない気持ちは分かるけど、消極的にでも受け入れるしかない」

 東風谷はそう言うと、もう話を終わりにしようと言わんばかりに奥の部屋へ引っ込んでいった。

 渡はやるせない様子で息をつき、日南へ言う。

「純人の言う通りにするしかなさそうです。行きましょう、日南さん」

「ああ、うん」

 渡とともに日南も奥の部屋へ移動する。背後で千葉のため息が聞こえた。


「まだ論文にはなってないんですが、大脳皮質にたくわえられた記憶はアカシックレコードとリンクしているのではないか、という仮説を立てている研究者がアメリカにいました」

 田村をダイニングに置いたまま、千葉は新たな情報を日南たちに伝えていた。

「それというのも、どうやら脳細胞に量子的ふるまいをしていると思われるものが見つかったらしいんです。まだ結論は出ていませんが、もしこれが事実だとすれば、すでに人間は量子システムを会得していることになります」

「ということは?」

 渡が難しい顔で首をかしげ、千葉ははっきりと答える。

「脳にある記憶を強く意識することで、アカシックレコードにあるノウム核と量子もつれの関係を作れるかもしれない」

「意識するって、そんな馬鹿な」

 日南が思わず苦笑すると、千葉は大真面目に言った。

「リンクしているということは、アカシックレコードに接触できるということです。そうしたつながりが元々あるから、僕たちの記憶や想像が惑星インフィナムに蓄積されていくんです」

「うーん、たしかにそういうことになるか」

 日南は腕を組み、ソファに軽く座り直した。

「もちろんまだ根拠はないので、もっとくわしく調べてみるつもりです」

「分かった。ありがとう、千葉くん」

 と、渡が返して腰を上げる。

「次に僕たちの方だけど、まだ方法が見つけられていないんだ」

 東風谷のいるパソコンデスクへ近寄り、端に片手をつきながら渡は言う。

「百万台のデバイスに情報を一斉送信するとなると、どうしてもサーバーが必要になる。最低でも五十台はないとダメなのに、それを用意するお金も場所もない」

「ああ、それが問題か」

「しかも、たった一度きりの計画に大げさな費用をかけるわけにもいかないし」

「俺は基地局をハッキングして、何回かに分けて送信するのを提案したんだけど」

 と、日南が口を挟むと渡が返す。

「それだと時間がかかります。それに、一斉送信じゃないと効力を発揮しません」

「企業向けのソフトを使うことも考えたけど、そこから足がつくのも嫌だしなぁ」

 東風谷が苦笑し、千葉は考え込む。

「レンタルサーバーでも同じだよな。そのためにペーパーカンパニーを作るのも面倒だし、厄介なことになりかねない」

「どこかにでかいサーバー転がってませんかね? 一時的にハッキングしても問題なさそうなやつ」

 冗談めかして東風谷が言うと、渡は眉間にしわを寄せた。日南は苦笑し、千葉も困ったように首を小さくかしげる。

 すると、ダイニングの方から声がした。

「終幕管理局のサーバーじゃ、ダメか?」

 日南たちは驚いて一斉にそちらを振り返る。入口のところで田村がたたずんでいた。

「RASのサーバーも兼ねてるから、容量はでかいし、十分耐えられるはずだぜ」

 言葉とは裏腹に口調は弱々しく、まだ田村が立ち直っていないことが分かる。

 千葉がひらめきを得て渡たちへ言った。

「それならできる。開発研究部に頼まれたとでも言えば中へ入れてもらえるし、何より僕は顔が利く」

「えっ、じゃあ千葉くんが実行役ってこと?」

 驚いた日南へ答えたのは、千葉ではなく田村だった。

「オレがやってもいい」

「楓!」

 千葉が声を上げて彼へ駆け寄る。

「何言ってるんだ、お前」

「航太こそ、何言ってるんだよ。汚名返上できたって言っても、またやらかしたら今度こそおしまいだろ? 『幕引き人』をやめてぇならいいけど、そうでないならオレがやる」

 田村の声に力はなかったが、まなざしは真剣だった。

「万が一バレたら、どうするんだ?」

「その時はやめりゃいいだろ、『幕引き人』を」

「っ……」

 千葉は悔しそうに背を向けると、どこか苛立った様子でソファへ腰を下ろした。

 日南隆二が心配になって横目に千葉を見ると、渡が田村へ問う。

「あなたはハッキングできるんですか?」

「……うん。航太たちの位置だって、コネクトビーコンを使ったハッキングで手に入れた。追跡は自分で作ったアプリを使った」

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