「自分で作ったって言った?」
と、東風谷が椅子から身を乗り出す。
「オレ、宇宙育ちなんだ。コロニーができる前は宇宙ステーションに住んでた。十三歳の時にステーションのシステムに入り込んだら、めちゃくちゃ怒られたけどすげー褒められた」
特に自慢げな顔もせずに田村は淡々と語り、東風谷が呆然とつぶやく。
「天才の彼氏も天才、ってか」
類は友を呼ぶとはよく言ったものだと、日南は感心する。
「ということは、十分に可能なわけですか」
渡が苦い顔で言い、判断に迷う様子を見せた。
能力的には頼りになるが、それだけで仲間にするわけにはいかない。ましてや、日南を殺そうとした男なのだ。
「とりあえず、今日のところは保留にしよう。はい、次の議題」
と、明るく東風谷が言い、日南は少しだけほっとした。渡たちが簡単に決断を下さないことが、より信頼感を高めた。
「お前に『幕引き人』をやめさせるわけにはいかない」
部屋へ帰るなり、千葉は真剣な顔で田村へ言った。
「……何でだよ」
田村は少しむっとした顔をし、千葉は息をつきながら鞄を食卓の上へ放るように置いた。苛立ちをあらわに椅子を引き、腰を下ろす。
「お前、やめたいなんて少しも思ってないだろ」
少しの沈黙の後、田村が静かに向かいの席へ腰かけた。
「だけど、仕事と航太、どっちかを選ばなきゃいけないなら、オレは航太を選ぶ」
「……そういうことじゃない。僕はお前を危険な目に合わせたくないんだ」
千葉は顔を上げて彼をじっと見つめる。
「僕はお前に幸せでいてほしい。そのためなら何だってする。だから、お前はどうか何もしないでくれ」
「航太のためなら、オレだって何でもするよ」
言葉だけをなぞれば同じ気持ちでいるように思える。しかし、千葉は明確なすれ違いを感じ、涙を浮かべた。
「そうじゃないんだ。楓の気持ちは嬉しいけど、お前は関わっちゃダメなんだ。人生を棒に振るような真似も、もう二度としないでほしい」
眼鏡を外して千葉は声を震わせる。
「今日は間に合ったからよかったけど、楓を犯罪者にはしたくない。楓には楓の人生があるんだから、平和なままでちゃんと幸せになってほしいんだ」
田村は何を思ったのか、にこりと微笑んだ。
「オレの幸せは航太といることだよ。航太のそばでくだらない話をして、笑ったり、怒ったり、泣いたりすることだ」
理解が追いつかず、千葉は小さく首をかしげる。かまうことなく田村は続けた。
「そのためなら何だってする。だって、そうしないと航太がどこかに行って、帰ってこないかもしれない」
はっとした。田村はただただ純粋に、千葉の隣にいたいだけなのだ。
うつむきながら千葉は言った。
「……そうか。ごめん、僕が悪かった」
涙が一滴、食卓へぽつりと落ちる。
「最初から全部、話しておけばよかったんだな。でも、裏切ったと思われたくなかった。彼らに協力したら世界がどうなるか、最悪の想定だってできていたのに……ごめん、楓」
「いいよ、航太」
「だけど、勘違いしないでほしい。僕はあくまでも、自分自身の好奇心で動いている。日南さんは僕を仲間に引き込むつもりはなかったし、周りに裏切り者だと知らせてもいいとさえ言った。だから、本当にこれは僕の意思なんだ」
すれ違うきっかけを作ったのは千葉だが、だからこそ認識をすり合わせておきたい。
田村はどこか冷めたように「分かった」と答えた。
不安になって千葉は問う。
「本当に分かってくれたか?」
「うん。オレもあいつらのこと知っちゃったし、乗りかかった船なんだから協力しようと思う」
「いや、そこまでは……」
「でも、知りたいんだろ? 人間とアカシックレコードを、確実に量子もつれで結ぶ方法」
千葉は小さく息を呑み、止まっていた涙を指先で拭った。
「ああ、知りたい。それを僕は探している」
「だったら、オレは航太に協力するってことにする。それならいいだろ?」
「……分かった。そういうことにしよう」
月曜日の朝、マンションの一階へ降りるなり千葉は驚いた。
「おはよう」
声をかけてきたのは田村だった。どうやら千葉が来るのを待っていたらしい。
「おはよう。こんな朝早くからどうしたんだ?」
「今日はサボることにした」
「え?」
「実家に寄ってから親父の職場に行って、本当のことを聞いてくるつもりだ」
千葉が目を丸くすると、田村はにやりと口角をつり上げた。
「上のやつらは人類のためとか言って、情報を出し渋ってるんだよなぁ。だからそれを聞き出して、使える情報がないか確かめるんだ」
「……そうか。すごいな、楓は」
二人並んで駅の方へと歩きだす。
「夕方には何か分かってるかもしれねぇから、あとで連絡するよ」
「分かった。僕は今日の予定が済んだら、彼らのところへ行くつもりだ」
協力してくれるとは言ったものの、まさか上層部でもさらにごく一部から情報を得ようとするとは思わなかった。
しかし、田村が宇宙育ちだからこそできることでもある。
「あのマンションか」
「ああ。時間が合えば、どこかで落ち合ってから行こう」
「それがいいな」
にこりと田村が笑い、千葉も軽く笑みを返した。負けていられないなと思った。
「問題はどうやって想像力を刺激するか」
独り言のように渡が口に出し、ソファに座った日南隆二は言う。
「小説に限らず、本を読まない人向けに文字数は長くて千文字くらい。つまり、簡潔な文章で物語を展開させなくてはならない。そこにどうやって想像力を刺激する文章を入れるか」
「すべての人が目にしても、読まずに消去したり放置したりする人もいるでしょうね。となると、一目で惹きつけなければなりません」
「絵があることで興味を持つ人もいるだろうけど、肝心なのは想像力を刺激することだもんなぁ」
日南はななめ上に視線を向けてため息をつく。
「物語を考える物語、っていうコンセプトはいいはずなんだけどな……」
そこまでは決まったのだが、どうしても先に進まない。小説を書く時によくある状態だと懐かしく思う一方、行き詰まりを感じてもどかしくも思う。
今日も東風谷は一人でパソコンを操作していた。どうやら、虚構世界で日南梓がノートパソコンを入手したらしい。あちらの準備も着々と整いつつあるわけだ。
「いっそのこと、空欄にしますか?」
ふと渡が言い、日南は彼を見た。
「物語を考える物語でしょう? じゃあ、読者が考えてもいいのではないかと。想像力を刺激するどころか、そのまま働かせてもらうことになりますが」
「そうか、それだ!」
日南が勢いよく立ち上がると、渡は少しびくっとした。
「物語の数カ所を空欄にして、埋めてもらうようにしよう。選択肢を作ってさ。それで出来上がった物語を、あらためて最初から読んでもらうようにするんだ」
「いいっすね」
と、東風谷がにやりと笑い、日南は渡へ言う。
「そういうことだろう?」
「ええ、まあ……そこまでは考えてませんでしたけど」
軽く苦笑する渡は、日南の勢いに若干圧倒されているようだった。
かまわずに日南は笑みを返し、力強く言った。
「決まりだ。さっそく執筆に入ろう」