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第32話

「よっしゃ! やっと使えるようになった!」

 日南梓は雄叫びを上げ、ガッツポーズをしてからベッドへ倒れ込んだ。

「ガチで修理が必要になるとか、しかも自分の力だけで直せたとか、考えられねぇよ……」

 小説の構想を放ってパソコン修理に費やすこと五日。とうとうノートパソコンの電源がつき、画面が起動した。

「あー……あとで西園寺に知らせねぇと」

 ぐったりしながらつぶやき、日南は疲労感から両目を閉じた。今はとにかく眠って、それから知らせに行こうと決めた。


 千葉とともに現れた田村は、渡へ向かって分厚い資料の束を差し出した。不機嫌なのか、険しい顔をしながら言う。

「人間の脳に量子システムが組み込まれてるのはガチだ。ずっと昔、アヌンナキが遺伝子改変の時に組み込みやがった」

 突拍子のない情報に渡は目をぱちくりさせ、横から東風谷が口を出す。

「そういや、アヌンナキって本当に存在したんだっけ」

「人類の祖だ。あいつらが地球に来て今の人類を作り出した。けど、量子システムを意識的に動かせるのは限られた人間だけ」

「それがパラサイトドリーマーであり、想像力の豊かな人間は、無意識的にアカシックレコードとつながっているらしい」

 と、千葉が補足するように言い、渡は彼を見上げる。

「ということは、もしかして僕はすでに?」

「そうなるな。前に僕が話した通り、強く意識すれば特定の記憶の核と量子もつれを結べるはずだ」

 強めの口調で言う千葉だが、すぐに田村が口を出す。

「けど、大事なのはそこから先だ。量子テレポーテーションをさせるには観測者がいないとならねぇ」

「観測者?」

 渡と東風谷が首をかしげ、千葉は説明する。

「量子もつれの関係にある量子AとBがあるとする。誰かが量子Aの状態を観測し、それを量子Bの観測者に伝える。それから観測をすることで、量子Bは量子Aと同じ状態になる、というのが量子テレポーテーションだ」

「ただし、すでに脳に組み込まれているシステムの仕様によっては、古典的な方法に頼らなくてもできる可能性がある。それについても調べてきたから資料を読め、と言いたいところだけど……」

 田村はため息をつき、頭をがしがしとかいた。

「口で説明した方が早いよな。手順はこうだ。まず、パラサイトドリーマーが取り戻したい記憶の核と量子もつれの関係を作る。次に記憶の核を誰かが観測する。それをパラサイトドリーマーに伝えることで、そいつの頭ん中に記憶が戻る」

「それじゃあ、観測者は一人でいいということ?」

 東風谷の問いに田村はうなずく。

「ああ、記憶の核がどこにあって、どんな状態にあるかが分かればいいんだ」

「でも、目には見えない小さなものなんだろう? それをどうやって観測する?」

 渡の疑問に答えたのは千葉だ。

「たしかに検索して見つけられるものではない。でも、より精密に検索できないか、方法を探しているところだ」

「っつっても、量子もつれさえできれば、あとはどうにでもなりそうだけどな」

 半ば呆れたように田村が言い捨て、渡は彼へやや厳しい視線を向ける。

「ちゃんと説明してくれる?」

「だから、脳にある量子システムの性能によるんだよ。あくまでも今渡した資料は、宇宙科学の最先端にいる人間たちが得たものであって、ぶっちゃけると真偽までは分からねぇ。だから、アヌンナキに会って直接話が聞けないか、親父に相談しておいた」

「アヌンナキに会う!?」

 東風谷が大げさに驚き、田村はため息をつく。

「会えたとしても、量子システムについて教えてもらえるとは限らねぇ。シュメール語はかじってるから会話に問題はないはずだけど、あんまり期待されると困る」

 千葉がじっと、もの言いたげに田村を見た。

 渡も東風谷と顔を見合わせ、次元の違う田村に対してどう捉えたらいいか迷う。

「どっちにしても、結果待ちってことだな」

 と、東風谷が言い、渡はうなずいた。

「そういうことだね。でも、これだけ科学的な情報がそろってくると、すごいな」

 渡は手にした資料へ目を落とし、その様子を見た東風谷が言う。

「ああ、今度こそ日南さんも納得してくれるかも」

 とっさに渡は苦い顔をした。

「いや、そもそも宇宙人なんているのかって言われそう」

「オカルトじゃないか、って?」

 千葉が言って小さく笑い声を漏らし、つられて東風谷と渡も笑った。

 田村は口をへの字に曲げてつぶやく。

「オカルトじゃなくて、もう現実なんだよ」

 世界は刻一刻と変わっていく。宇宙に暮らす種族たちとの交流を経て、人類は地球を離れて生きる術を模索しているところだ。

 彼らの暮らすスペースコロニーもまた、日々改良に改良を重ねていることを、多くの人々は知らない。


 仕事終わりに一坂から連絡があった。日南は終幕管理局を出ると、まっすぐに彼女の部屋を訪れた。

 床に座った日南へ、彼女が数枚の紙を差し出す。

「あの、何枚か描いてみました。どれがいいか、分からなくて」

 日南はたまらず声を上げた。

「すごい、こんなに描いてくれたんですか!?」

「い、いえ……全然うまく描けなかったし、申し訳ないくらいなんですが」

 褒められ慣れていない一坂が困惑の顔を浮かべるが、日南はにっこりと微笑んだ。

 そして一枚ずつ絵を見ていく。

「うわあ、まさにイメージした通りだ。あ、でも構図はこっちの方が好きかも」

 二人の男がテーブルを挟んで向かい合って座っている。角度や向きに加え、表情や姿勢、小物などを微妙に変えて描かれたそれらを、日南は熱心に見ながら言った。

「ちなみに一坂さんは、どれがいいと思いますか?」

「えっ……えーと」

 戸惑いながらも彼女は日南の隣へ座り、一枚を指さした。

「これ、ですかね……?」

 日南はまじまじとながめて言う。

「ああ、いいですね。西園寺の表情がいいと思ってたんです」

「でも、探偵さんの方がちょっと、イケメンじゃなくなっちゃったというか」

「そうかな?」

 首をかしげてからふと日南は気づく。

「でも、彼は昔の俺だから。設定ではイケメンにしてるけど、別にイケメンでなくてもかまわないんですよ」

 一坂がどこか腑に落ちたような顔で日南を見つめた。

「自分を投影したキャラだっていう話でしたね」

「うん。プロの作家になれず、主人公になれなかった俺を、無理やり主人公にしたキャラだよ。どうせ俺はモブなのに、美化しすぎた」

 自嘲を込めて日南が笑うと、一坂も少しだけ笑った。

「それなら私だってモブです」

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