なあ、お前ら。「古典」って言葉にどんなイメージが湧く? 退屈な授業か? 意味不明な古文か? 試験のためだけに暗記させられた、ホコリまみれの化石か? もしそうなら、今すぐその貧弱な固定観念をぶん殴って叩き壊してやる。心して読みやがれ!
これから語るのは、千三百年以上も昔、まだ日本という国が生まれたてのホヤホヤだった奈良時代の、一人の女の物語。教科書に載るような、か弱くしおらしいだけの存在じゃない。現代の我々が裸足で逃げ出すほど情熱的で気が強く、それでいて愛情に満ち満ちた、最強の「万葉ギャル」の話だ。その魂のシャウトが刻まれた、たった三十一文字の爆弾がこれだ。
時守(ときもり)の
打ち鳴す鼓(つづみ)
数(よ)みみれば
時にはなりぬ
逢はなくもあやし
はい、出ました万葉集。これだけじゃ「は?」って感じだよな。OK、OK。俺がとっておきの超現代語訳をしてやる。耳の穴かっぽじってよく聞けよ。
「時報担当がドコドコ叩く太鼓の音、カウントしてたらさァ! とっくに約束の時間じゃん!? なのにアイツが来ないとか、マジでありえなくね? 怪しすぎるんだけど!」
どうだ? 想像してみろ。舞台は約千三百年も前の、奈良の都の夜。街灯なんて気の利いた代物はなく、月と星の明かりだけが頼りの漆黒の闇だ。その闇を切り裂き、都に時刻を告げる「時守(ときもり)」という役人の打ち鳴らす、荘厳な鼓の音だけが響き渡る。ドゥン…ドゥン…ってな。
その音を、一人の女が聞いている。家の縁側あたりで腕を組み、貧乏ゆすりでもしながら待っているのかもしれない。彼女のファッションは、もちろん当時の最先端。幾重にも重ねた衣は流行りのカラーリングで、髪にはキラキラ光るかんざし。メイクだってバッチリだ。なぜかって? 当たり前だろ。今夜は、愛する男と会う約束なんだから。
彼女の頭の中では、今日のために練り上げたデートプランが渦巻いている。「会ったらまず、この前市場で見つけた面白い話をしてやろう」「この間もらった歌の返歌、最高にエモいのを思いついたんだ」「今日のあたし、マジでイケてるから、アイツ絶対ビックリするだろうな」。そんな、胸がキュンキュンするアゲアゲな期待感でいっぱいだったはずだ。
そこへ響く、時守の鼓。最初は「あら、もうそんな時間?」なんて、可愛く思ったかもしれない。
一打ち、二打ち…。鼓の音を指折り数える彼女。その指は、次第に焦りと苛立ちに震え始める。
「おいおいおい…」
ドゥン…
「もう、戌の刻(いぬのこく)はとっくに過ぎてるだろ…」
ドゥン…ドゥン…
「約束の時間、もう過ぎてんじゃねーか!!」
さっきまでのウキウキ気分はどこへやら。彼女の心臓のビートは時守の鼓とシンクロし、やがてそれを追い越して、怒りのハードコア・テクノみたいに激しく鳴り響く!
「時にはなりぬ」――時間になっちゃったじゃん。
このフレーズには、「待ちくたびれたんですけど?」という強烈なプレッシャーが込められている。LINEで「時間だよー(怒)」スタンプを連打する感じか? いや、もっとだ。より直接的で、殺傷能力すら帯びた言葉の刃だ。
とどめの一撃が、これだ。
「逢はなくもあやし」――逢えないなんて、おかしい!
この「あやし」という言葉の破壊力は、ハンパじゃない。
これは単に「不思議だわぁ…」なんておっとりした感想ではない。ここには、「怪しい」「納得いかねぇ」「信じられない」「どういうことだよ説明しろや!」という、底なしの疑惑と不満と怒りがマグマのように凝縮されているのだ!
彼女の脳内劇場を、ちょっと覗いてみようぜ。
第一幕「浮気疑惑」
「まさか…アイツ、他の女と一緒だったりして…? 都大路ですれ違った、あの派手な女官か? それとも昔の恋人とヨリを戻した…? ハァ?あたしという女がいながら、どこの馬の骨とも知れん女にうつつを抜かすだと? ナメてんのか!!」
第二幕「事故・事件パニック」
「待てよ…もしかして、道中でオオカミか何かに襲われた? 貴族の牛車にでもはねられたとか? まさか、政敵の罠に…? いやあああ! やめて! 血まみれのアイツなんて想像したくない! でも、だとしたら誰か知らせに来るはずだろ!? なんで連絡の一つもねぇんだよ!」
第三幕「うっかり逆ギレ」
「…ていうか、もしかして、ただ単に忘れてるとか? 酒飲んで酔い潰れて寝てるとか? ふざけんなよ! こっちはお前のために、最高にオシャレして、髪だって結い上げて、親の目盗んでこっそり待ってんのによ! こっちの気持ち、考えたことあんのかゴラァ!」
どうだ。これ、現代の恋愛風景と何か一つでも違うか?
約束の時間に来ない相手を待つ、あの言いようのない不安。LINEの既読がつかないスマホを何度も見つめ、最悪のシナリオを次々と思い浮かべては、勝手に傷つき、勝手にブチギレる、あのサイクル。まったく同じじゃねぇか!
スマホもGPSも、インスタのストーリーもない。そんな時代だ。女が頼れる唯一の通信手段は、男が詠んでくる恋の歌か、時を告げる役人の鼓の音だけ。その不確かさ、そのもどかしさ。その中で燃え上がる恋心のエネルギーは、我々の想像をはるかに超える、とんでもないシロモノだったに違いない。
だから、この歌は「恋人を待つ悲しい女の歌」なんかじゃない。これは積極的で攻撃的な、圧倒的パワーを秘めた「恋の宣戦布告」なんだ。
「時間通りに来るのが、あたしとお前の間の『当たり前』だろ?」
「その『当たり前』が崩れるなんて、絶対におかしい!」
「お前が来ないなんていう異常事態、あたしは断じて認めねぇ!」
わかるか? この怒りの裏には、相手に対する絶大な信頼と愛情が隠れている。「お前は、私との約束を破るような男じゃないはずだ」という、揺るぎない信頼が。好きでもなければ、「あら、来ないのね。じゃあ寝るか」で終わりだ。ここまでブチギレて、「あやし!」とまで言い放つのは、相手が自分にとってかけがえのない、唯一無二の存在だからに他ならない。
「逢はなくもあやし」――この五文字は、千三百年の時を超えた、最強の「I miss you」であり、「Where are you!?」であり、そして何より、「I love you, you idiot!」なんだよ!
待つだけのか弱い女はもう古い。自分の感情を、自分の言葉で、これでもかと叩きつける。怒りさえ愛の表現に変える。これぞ、万葉ギャル。オラオラでアゲアゲで、自分の恋に絶対的な自信とプライドを持つ。マジでリスペクトしかない。
俺たちは、この万葉ギャルから学ぶべきだ。
恋の感情をもっとオープンにしろ。会いたいなら「会いたい!」と叫べ。寂しいなら「寂しい!」と怒れ。相手の不在が「ありえない」と思えるほどの、揺るぎない信頼関係を築き上げろ。そのパッションこそが、恋を前進させる無敵のエンジンなんだからよ。
時守の鼓はもう聞こえない。だけど、俺たちの胸の中では、いつだって恋の鼓動が鳴り響いているはずだ。そのビートを感じているか? その高鳴りを、無視するな。お前の心臓が打ち鳴らす恋の時報を聞き逃すんじゃないぜ。
さあ、どうだった? 古典の世界が、ちょっとは面白そうだと思えてきたか?
万葉集とは、こういうヤバい感情の宝石箱なんだ。今回紹介したのは、そのほんの一粒。この先には、もっとブッ飛んだ恋愛ソングも、爆笑必至のディスり合いも、涙腺崩壊の家族愛も、ゴロゴロ転がっている。
次は、どんな万葉のヤバい奴に会いに行くか。
楽しみに待ってな。絶対に、お前を退屈はさせねぇからよ!