目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第28話 比較




 ジニアの脱獄から2日後の朝――――何か良い匂いがして目を覚ますと少し離れたところにある石鍋でパウルが朝食を作ってくれていた。どうやら怪我などもなく帰ってこられたみたいで一安心だ。


 俺はパウルと共に朝食を食べながら互いの近況を話し合った。パウルと村長ヨゼフが巡った町や村では大人しく言う事を聞くゴブリン族のカリーと聖剣バルムンクが無害の証明になったらしく特に大きな問題もなく狂魔きょうま聡魔そうまの説明ができたらしい。


 今後は要塞都市ゴレガードと魔導都市マナ・カルドロンにも説明していかなければならないから骨が折れるけど1つ1つ頑張っていくとしよう。


 美味しい朝食を食べ終えるとパウルは早々に聖剣バルムンクを担いで扉に手をかける。


「オッサン、今から一緒に町の西入口に行こう。そこで新しい魔物の仲間テンブロル君を紹介したいんだ」


「テンブロル君? パウルが誰かを君付けで呼ぶなんて珍しいな」


「テンブロル君は優しくて賢いけど、まだ5歳の子供だから逆に丁寧になっちゃうんだよ」


「へー、まぁその気持ちは分からなくもないけどな。じゃあ行くとするか」


 俺とパウルが西出口に到着して少し平原に出てから周りを見渡しが、まだ誰の姿も見当たらない。俺はのんびり待とうと近くにある大岩に腰かけた。


 すると突然俺の体がグラグラと揺れ始め、地震かと思って慌てて岩から離れると信じられないことに俺が腰掛けていた大岩が地面に亀裂を入れながら隆起し、丸々とした人の形をした岩人形となって地面から現れたのだ。


 その岩人形の身長はざっと俺の3倍はあり、体表は赤レンガに似た鉱質だが目と口の部分はランタンのように黄色く光っている。顔も体も4つの手足も全部がほぼ同サイズの球体状だから色も相まって揚げ菓子が6個くっ付いているようなビジュアルだ。


 パウルは笑顔で岩人形に手を当てて擦っている。


「オッサン、こいつがさっき言っていた新しい仲間……ブリック・ゴーレム族のテンブロル君だ。趣味は鉱石の食べ歩き、得意技は転がりによる鉱石破壊だ」


「鉱石ばっかりじゃないか! それにしてもゴーレムか。小さいゴーレム族は見た事あるけど大きいゴーレムは初めてだな。それだけ大きくてパワフルなら凄く役立ってくれそうだ。これからよろしくな、テンブロル君」


 俺が握手を求めて手を差し出すとテンブロルは指の無い巨大鉄球のような手で優しく触れると


「コン……バンワ……ヨロー……シーク」


 なんと人の言葉を喋ってみせた。カタコトだし夜の挨拶と間違っているけれどジニア、ルーナス以外で初めての人語を話す魔物だ。俺が驚いて何も言えなくなっていると何故かパウルがしたり顔で解説を始める。


「オイラが人の言葉を教えてあげたんだ。とはいえ魔物は人とは違う喉を持っているからカリーもほとんど喋れないし、テンブロル君にいたっては喉すら無いから似た音を体内で鳴らしているだけらしいんだけどな。だけどこれで簡単な意思疎通はできるし良い案だろオッサン?」


「ああ、素晴らしいな。他にも身振り手振りで意思疎通する仕組みを作ったりしてみてもいいかもしれないな。これは今後の領地運営がますます楽しくなってきたぜ!」


「だろだろ? だから今日はひとまず聡魔そうまとの交流会も兼ねて平原で仕事をしてみようと思うんだ。テンブロル君の整地っぷりを見てあげてくれ。ってことでよろしくテンブロル君!」


 パウルが指示するとテンブロルは丸い手足と体を可能な範囲で畳み、より一層球体に近い体へと変貌してみせた。そこからテンブロルは重たく丸い体を存分に活かして転がり、平原の荒れた道の地ならしを始めた。


 みるみる整い硬くなっていく地面に思わず拍手した俺はパウルに通訳してもらいながらテンブロルと雑談を交わし、荒れた街道を整えながらゆっくりと西に向かっていた。


 気が付けば30分以上移動していたようで近くに旅小屋を見つけた俺は旅小屋の庭で休憩させてもらうことにした。目玉が飛び出しそうなほどに驚いている家主に事情を説明してからのんびりしているとパウルが北側の街道を指差した。


「向こうを見てくれオッサン。あそこにいるのはクレマンじゃないか?」


 視線を向けると確かにクレマンが馬に乗り、兵士たちを5人ほど連れて移動している。方向から察するにグリーンベルから帰っているようにも見える。クレマンがグリーンベルに来た理由が気になる、聞きに行ってみよう。


 俺はパウルと共にクレマンに近寄って声を掛けた。俺の顔を見たクレマンは少し面倒くさそうに呟く。


「……何の用だ、ゲオルグ」


「用というか少し気になったんだよ。お前、グリーンベルに行って帰っているところなんだろ? グリーンベルに何の用があったんだ?」


「……魔物の襲撃を受けていると聞いたからな。勇者として駆けつけただけだ」


「そんな少数の兵士を連れてか?」


「…………」


 クレマンは黙ってしまった。いまいち何を考えているのか分からず困っているとパウルがクレマンを指差して告げる。


「騙されちゃ駄目だぞ、オッサン。4日前、魔物たちとの戦争が終わった日にオイラ見たんだ。グリーンベルの北にある村の宿で救援に来ないでずっと待機しているクレマンたちのことを」


「なんだと! 4日前に来ていただって? それは本当か、クレマン?」


「チッ……あの時、村にパウルがいたのか」


 クレマンは不機嫌な態度をとりながらもパウルの言う事を認めた。近くまで来ていたのに救援してくれなかった理由が分からない。しかし、パウルは予想がついていたらしく断言口調でクレマンに詰め寄る。


「オイラ、クレマンが何を考えていたか分かるぞ。グリーンベルとオッサンがボロボロになるまで様子見していたんだろ?」


「…………」


「いつも目の敵にしているオッサンが辛い目に合えばクレマンは嬉しいもんな。それにオッサンと町が追い詰められてから助けた方が皆の印象にも残るだろうしオッサンにも借りを作ることができる。だけど結果的にグリーンベルは無事だ。これなら早めに手を貸してた方が良かったな、恩も売れるし」


「うるさい! 勝手に決めつけるな、ガキ」


「なら他に理由があるなら言ってみろよ」


 マズい……2人がかなり険悪になっている。きっとこれまでのクレマンの言動がパウルに対してヘイトを溜めているのだろう。それとも俺の知らないところでパウルがクレマンを嫌に思う何かがあったのだろうか?


 なんにせよ一旦話を変えた方が良さそうだ。


「言い過ぎだ、パウル。クレマンが何を考えているかなんて本人にしか分からないんだから放っておけ。それよりもクレマンに聞きたいことがある。4日前にグリーンベルの無事を確認したというのにどうしてまだグリーンベル近辺にいるんだ?」


「外からグリーンベルの様子を伺っていたんだ。悔しいがグリーンベルの発展具合は目を見張るものがある。それに魔物を労働力として使役している点も大きい」


「だったら遠くから見てないで中に入って話を聞きに来ればいいじゃないか。そうすれば俺たちが魔物を使役しているんじゃなくて手を取り合っている関係だと分かるはずだ。魔物と話せるのはパウルだけだから他国に真似できる要素は少ないが、それでも参考になる点はあると思うぞ」


「いや、しかし……それでは為政者としても勇者としても勝ったとは言えない……」


 改めてハッキリと分かった。クレマンはコンプレックスに翻弄されて、勝ち負けや肩書に怯えている。根本から解決しなければ奴はずっと苦しみ続けるだろう。だから今、俺に出来るのは奴が耳を塞ぎたくなる説教ぐらいだ。


「勝ちってなんだよ? 自国の方が大事って気持ちならまだ分からなくもないが、施政も勇者も互いを助け合っていくものだろうが。俺とパウルの勇者道に勝ち負けなんて概念はない。だけどお前は考え方を改めないと別の意味で負け続けるぞ。それに、例え今の考え方のまま実績面で俺たちを越えたとしても勝ちにはならない。手に入るのは虚しさだけだ」


「別の意味だの勝っても虚しいだの分かった様なことを口にするな! いつも他者を上回り、挫折を知らないゲオルグに何が分かる!」


「俺ほど敗北を積み重ねてきた弱い男はいねぇよ。それに挫折だって……いや、自分が苦労していた話なんてそうそうするもんじゃないな。俺が苦労知らずの甘ったれだと思いたいなら思っていればいい。だが、もう自分と他人を比較するな、俺が言いたいのはそれだけだ」


 俺はクレマンに背中を向けてパウルとテンブロルと共に帰る事にした。別れの挨拶も無いまま距離が離れていったところでクレマンは声を張り上げる。


「ゲオルグ! お前が何と言おうと僕は1番の勇者になってみせる! そう遠くないうちにあらゆる面でゲオルグに危機感を持たせてみせる。待っているのだな!」


 やはり俺の説教は届いていなかったようだ……。今日はもうクレマンの顔を見たくない。俺は後ろを振り返らずに歩き続けた。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?