テンブロルの仲間入り、そしてクレマンとの再会から早120日が経とうとしていた。
グリーンベルを中心にシーワイル領の人口は人間・魔物共に着々と増えており、ローゲン爺ちゃんを始めとしたサルキリの協力者と一部の子供たちの移住も完了してすっかり町に馴染んでいる。
なお、サルキリの子供たちが移住してきたことでグリーンベルに元々あった小さな学校だけでは足りなくなっていた。知恵を尽くした俺たちは俺とパウルが住んでいる洞窟を掘って拡大する事で第2の学校として仕立て上げてみせた。
これにより俺の寝床と学校が隣接する形となり朝から子供たちの騒ぎ声で起こされることも少なくなくなったが、毎日近くで子供たちの顔が見られるから、まぁいいだろう。
沢山増えた魔物の仲間たちも多種多様な種族特性を活かしてシーワイル領の為に働いてくれていた。
テンブロルは巨体を活かした街道整備や採掘、賢くて優しいゴブリンのカリーは魔物たちへの指示、毒に強い魔物たちは瘴気が溢れている洞窟での採取や狩り、空を飛べる魔物は郵送や木の実の採取などなど……人間にはとても真似できない方向性の活躍を見せて大いに領地の発展に貢献してくれている。
そんな平和な町のある日の夕方、俺がいつものようにギルドで仲間たちと馬鹿話をしながら盛り上がっていると誰かが後ろから俺の肩をつついてきた。後ろを振り返ると立っていたのはサルキリから教師兼事務としてやってきた俺と同じ年の幼馴染ハンドフだった。
ハンドフは干し草のようにボサボサな茶髪と分厚い丸眼鏡で目元が隠れている小柄な男で見るからに怪しい見た目をしているが面倒見のいい優しい奴だ。そんな彼は最近、勉強を教えているパウルについて保護者である俺によく相談しに来るのだが、今回も多分そうだろう。
「どうしたハンドフ? またパウルの話か?」
「うん、そうなんだよね~。宿題忘れとか遅刻とかは、ぼちぼち僕が矯正していけばいいのだけど、友達との間で起きる小さなトラブルが多くて対処しきれてないんだ」
パウルに学校生活を送らせるようになって気付いたことが幾つかある。1つは同年代以下との協調性に欠けていること、そして、もう1つが他人にはそれぞれ価値観があることをあまり理解できていない点だ。ハンドフが言いたいのは恐らく後者についてだと思う。
「前は友達のプライベートな事情にズカズカ突っ込んで揉めたことがあったな。その時は『パウルにだって人に話せない秘密の1つや2つあるだろ!』って説教したら理解してくれたんだが、今回も似たような話か?」
「今回は友達同士で遊んでいて起きたトラブルでね。球遊びとかで遊んでいるうちに勝負熱が燃え上がったんだ。勝とうと必死になったせいで勝負ごとに興味の無い大人しい女の子を泣かせちゃったんだ」
「まあ、子供あるあると言ってしまえばそれまでだが、保護者として放っておけないな。迷惑かけてごめんな、ハンドフ。今からパウルを叱ってくるよ」
俺はギルドを出て自宅である洞窟に向かって歩きながらぼんやりとこれまでのことを考えていた。思えばパウルは大人に混じってずっと前線で頑張ってきた。パウルの生意気な態度も大人から見れば活きの良い可愛い子供として捉えられていた。
同様にパウルも大人相手に意見を通しきることができず言葉を飲み込んできたことも多々あるだろう。だから同じ目線で妥協点の無い同年代とぶつかり合ってしまうのだろう。
こういう時に教師と両親が子供をバシッと叱ってやるのが大事になる訳だが、パウルには両親がいないから俺が人1倍頑張らなければ。
俺が洞窟に戻り扉を開けると中には小さくうずくまったパウルの姿があった、露骨に落ち込んでいる。
軽く背中を叩くとパウルは俺が何を言いたいのか察したようで自分から今日の学校生活について話し始める。
「ハンドフ先生から叱ってくれって言われたんだろ? でも、オイラは何もおかしなこと言ってないんだ。たかが球遊びだと言われても勝負は勝負だ、オイラは全員が真剣に全力で取り組んでほしかったから熱を入れて色々言っただけなんだ……なのに」
「気持ちは分かるぞ。どうせなら勝ちたいし、負けるとしても全力を出して勝ちたいよな。だけどなパウル、みんながみんなそうじゃないんだ。球遊び1つとっても求めていることは人によって違う」
「求めていること?」
「ああ、勝ちたい奴や最高の動きを追求したい奴もいれば、ただ単に体を動かしたいだけの奴もいる。運動に慣れてないから球を投げたり弾ませるだけで楽しんでいる奴もいるだろう。そんな奴にアレをやれ、コレをやれと言っても必死になる一方で楽しめるとは思えないだろう?」
パウルに説教をしながら俺はクレマンのことを思い出していた。アイツもまた程度は違えど勝ち負けにこだわっていたからだ。
俺はクレマンに対して度々、勇者の在り方について説いてはいるが今日のパウルとの会話みたいに腰を据えてゆっくりと話したことはない。だから話してみるのもいいかもしれない。俺には勇者として人として……そして腹違いの兄弟としてパウルを深く理解する義務があるからだ。
そんなことを考えている間もパウルは自分なりに頭を捻っている様だった。理屈と感情を脳内でぶつけ合っているのかもしれない。正確な年齢こそ教えてもらっていないが10歳程度の少年なのだからいくらでも悩むといいだろう。
「う~ん、分かった気がするようなしないような。じゃあ、友達や仲間同士で意見や目的が違ってたらどうすればいいんだオッサン?」
「答えは相手や状況によって変わるさ。だが、これだけは覚えておけ。相手も自分も感情と思考があり、同じ場所で生きていく仲間だ。相手を尊重しつつ自分を過度に押し殺さなければそれでいい。パウルが球遊びが得意なら苦手な子に優しく教えてやったり、逆に裁縫が苦手なパウルが他の子に教えてもらったりして皆が楽しく笑い合える方法がないか模索し続けるんだ。失敗しても気にするな、仲間たちと新しい方法を探せばいい」
「笑い合える方法を模索する……失敗しても気にしない……そうか、ちょっと分かった気がするよ。それに気持ちも楽になった。ありがとな、オッサン!」
パウルはさっきまでとは打って変わって晴れやかな顔をしている。ひとまず俺の言葉は届いたようだ。
教師と俺から説教を喰らって今日は疲れただろうから今晩はいつもより豪勢な飯を作ってやるとしよう。俺は立ち上がって棚から調理道具を取ろうとするとパウルが俺の服の裾を軽く引っ張ってきた。
「なあ、オッサン。最後に1つ質問していいか? 人はどうしてルールを守ったり、相手を気遣ったり、嫌な奴に頭を下げたりしなきゃいけないのかな? あ、それをしたくないって言ってる訳じゃないんだ! ただ、純粋に意味が知りたくて」
パウルからすれば今日の事に加えて、以前俺がゴレガードの貴族に頭を下げていたことも気になっているのかもしれない。こういう時に教師ならスッと良い言葉が出るのかもしれないが俺には思いつかない。だから持論を語ることにしよう。
「多種多様な人間や状況が混在しても成り立つ社会にする為……というのは建前で本質的に大事なことは色んな人を認めて、理解して、好きになり、好きになった人たちを守りたいと思えるような人生を送ることなんだと思う。その果てに全てをさらけ出せる最高の仲間と居場所を見つけ出せるんだ」
「その生き方って今のオッサンみたいだな。実はオイラの兄貴分もそういう生き方をしていたんだ。きっと沢山勉強して皆に優しく生きてきたから『オイラみたいな存在』も受け入れてくれたんだと思う」
「……パウルの兄貴分の話を聞くのも久々だな。だけど、別にパウルはそこまで変な奴じゃないだろ。兄貴分や俺やグリーンベルじゃなくても快く迎え入れてくれると思うぞ」
「…………」
パウルが過去について話をしている途中で黙るのはよくあるパターンだ。でも、今日は何か雰囲気が違う気がする。言いたいことが喉まで突っかかっているような複雑な表情を見せたパウルは首をブルブルと横に振って口を開く。
「オイラ、決めたよ。あと少し勇気が湧いたらオイラの過去を全て話す。オイラにとって全てをさらけ出せる場所がグリーンベルだから。そう遠くないうちに絶対に話す、絶対に」
「……そうか、分かった。だが、無理はするなよ。過去を話しても話さなくてもパウルは大事な仲間なんだからな」
「おうよ! そんじゃあそろそろ飯にしようぜ、オッサン! オイラ腹減っちまったよ」
パウルはいつもの元気で生意気な笑顔を浮かべている。やっぱりこうでなくては。思いがけない形でパウルの口から過去について話す約束をしてもらえたけれど気長に待つとしよう。グリーンベルが大事な場所だと言ってもらえただけで俺にとっては最高の褒美なのだから。