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第31話 母の故郷




 グリーンベルを出てマナ・カルドロン行きの場所に乗ってから4日目の昼――――雪に阻まれて思った以上に時間がかかったけれど俺たちはようやく魔導都市マナ・カルドロンへ足を踏み入れようとしていた。


 街道で馬を走らせていた馭者の青年は街の西端を指差す。


「ゲオルグ様、間もなく魔導都市マナ・カルドロンの中へと入ります。馬はどこに留めましょうか?」


「カルドロン新聞社前で頼む。確か街の西端にあるはずだよな?」


「ええ、正確に言えばマナ・カルドロン領の西端はバッカスと呼ばれる街なのでカルドロン新聞バッカス支社となりますね。ですが本当に子供連れでバッカスに行くのですか? バッカスという街名は酒の神からとられたぐらい夜の店が多いので子供には刺激が強いかもしれませんよ?」


「サッと新聞社を尋ねるだけだから大丈夫さ」


「分かりました。では西入口に留めますね」


 俺、パウル、ローゲン爺ちゃん、エノールの4人は馭者に運賃を払ってから街へ足を踏み入れた。


「ここが、バッカスか……。う~ん、確かに子供が楽しめる場所じゃないな」


 俺たちの視界には美しい雪……にはあまり調和しない沢山の酒場、飲んだくれて横になっている人たち、冬なのに露出の高いドレスで勧誘をしている女性たち、肩で風を切る悪人面のおとこたちなど、様々な人と景色が映り込む。


 一応、魔導都市だからか形の綺麗な魔石ランプがあちらこちらに立てられているものの紫色の光を放っていて妖艶だし、全建物の3割ぐらいは怪しい錬金術・占星術のシンボルが貼られたり刻まれたりしている。


 定期的に裏通りから奇声や悲鳴も聞こえてきているから治安も悪そうだ。昼間ですらコレだから夜に来ようものならもっと怪しい街なのだろう。


 横を見るとローゲン爺ちゃんとエノールはテンションが上がっているみたいだがパウルの教育に良くないからさっさとカルドロン新聞社に行くとしよう。俺はメモを片手に表通りを進んで行き、10分ほど歩いてカルドロン新聞社に辿り着いた。


 縦に細長いけど4階建ての立派な木造建築だ。扉の鈴を鳴らすと受付の女性が出てきたからアイリスに会いたい旨を伝えると女性はすぐに奥の客間へと案内してくれて、ほどなくして笑顔で手を振るアイリスが部屋に入ってきた。栗毛のポニーテールと記者らしい眼鏡は健在のようだ。


「直接会うのはお久しぶりですね、ゲオルグさん。手紙ではなくわざわざ訪ねてくれたのには何か理由があるんですよね?」


「ああ、実は早めに解決したいトラブルがあってな。詳しくはこれを見てほしい」


 俺は聡魔そうまフッケバインが刻んでくれた丸太のメモをアイリスに見せた。彼女は大きな瞳をパチパチさせながら頭をおさえて唸っている。


「これは私の知識だけでは解き明かせそうにないですね。ですが安心してください。ゲオルグさんがアタシの出す簡単な条件を飲んでくれれば解読できる人を紹介してあげますので」


「条件? なんだそれは」


「アタシをシーワイル領で働かせてください。そして余った建物があれば新聞社として使わせて欲しいのです。ぶっちゃけカルドロン新聞社はあまり好きな職場じゃなくて……。それにいつか独立するのがアタシの夢でしたから」


 そう言えば三聖剣祭さんせいけんさいでも野望がどうのこうの言っていた気がする。情熱的な記者である彼女がいれば領地運営において追い風になるかもしれない。俺は即座に条件を飲むと彼女は体を上下させて喜んでいる。


「やったー! 遂に新生活が始まるんだ~。っと、いけない、いけない紹介しなきゃですね。その詳しい人ですが実はカルドロン中央魔術学院の教員なのです。名は『オズキ』で魔術教員にも関わらず裏社会に詳しく、言語学にも精通しているので解明してくれると思いますよ」


「教員にさせといていいのかそんな奴……」


「まぁ悪いことはしていないと思いますし、大丈夫ですよ。で、アタシの名と金貨を差し出せば仕事をしてくれるはずです。なので、この袋に金貨を入れておきます、渡してください」


「え? 紹介してもらうだけじゃなく金まで用意してくれるのか? 流石にそれは申し訳ないからいいよ」


「いえいえ、建物を借りる前金とでも思ってくれればいいので」


「そうか、なら遠慮なく受け取るよ。ありがとな。それじゃあ早速オズキのところへ行ってみるか。中央カルドロン魔術学院なら今から場所に乗っても着くのは夕方になりそうだな……。長旅で疲れているだろうからよければ俺が1人で話を聞きに行ってくるけど、どうする?」


 俺が3人に尋ねるとローゲン爺ちゃんが椅子から立ち上がり俺とパウルの肩に手を置いて優しい声色で提案する。


「盗賊の尻尾を掴むのは早急の課題という訳ではない。だからゲオルグは中央でパウルをゆっくり観光させてやれ。保護者の務めにもなるし息抜きにもなるじゃろう。老骨2人はバッカスで大人しく体を休めておるよ」


「いいのか? 俺とパウルだけで楽しんできても。爺ちゃんたち退屈だろ?」


「いいんじゃ、いいんじゃ。子や孫に等しいお前たちが楽しむことこそがワシやエノールの幸せじゃからな。それにマナ・カルドロンはリーサ殿の故郷でもある。母親の故郷で少しでも母親を感じてこい」


「爺ちゃん……渋いこと言うじゃないか。分かった、じゃあ行ってくるよ。パウルもそれでいいな?」


「うん! オイラ楽しみだなぁ!」


 俺はパウルと共に席を立ち、爺ちゃんたちに別れを告げてから扉を開けて廊下に出た。するとアイリスが追いかけてきてじっとりとした目で俺に耳打ちする。


「騙されないでくださいね、ゲオルグさん。ローゲンさんとエノールさんは明らかに鼻の下が伸びていました。絶対にバッカスではっちゃけるつもりですから。アタシ、職業柄そういうの見分けるが得意ですから」


「……夜遊びがしたいからマナ・カルドロンについてきたがっていたのか……。褒めて損したぜ」


「まあ、男の人だから仕方ないかもしれないですけどね。酒と愛の欲があるからこそバッカスが成り立っていますから。ゲオルグさんも良かったらシーワイル領で夜遊びの盛んな街を作ってみてはどうですか? コネで夜の蝶を連れてきてあげますよ?」


「自然が売りのシーワイル領なんだけどなぁ。グリーンベルがピンクベルになっちまうよ。まぁ色々な商売に手を出すのもいいかもしれないから、その時が来たら頼むよ」


 話を終えた俺はパウルを連れて新聞社の外へ行き馬車をつかまえてカルドロン中央魔術学院に向かって移動を始めた。


 再び長いこと馬車に揺られてようやく着いた先で馬車から降りると目の前には見上げる首が痛くなる程に大きな学校が建っていた。


 レンガ造りの建物や塔が敷地のいたるところに建っており、美しく整えられた庭園には何に使うのか分からないガラスの球体が浮かんでおり美しい虹色の光を放っている。


 学校の敷地内も外も魔術師のローブを着て杖や本を持った人たちが歩いており、学校の近くには露店を含めた書店が多。売り出されている本は格式の高そうな魔術書が大半を占めている。


 この光景だけでマナ・カルドロンが学問や魔術に力を入れている事がよく分かる。バッカスはかなり異端な場所だったようだ。


 俺とパウルは少し場違いな出で立ちで学校の受付に行きオズキに会いに来たと伝えた。いきなり来た人間に会ってくれるのか不安だったがアイリスの名を伝えただけですんなりと応接室へと案内してくれて俺たちはソファーに座ってオズキが来るのを待っていた。


 待っている間、暇だった俺は部屋の棚や壁を眺めていた。すると棚には沢山の写真が飾られていた。目で見た光景をそっくり白黒の絵で紙に映し出す写真という技術は現状だと腕利きの光魔術師しか扱えない高等魔術であり1枚作るだけで疲労困憊してしまうと言われている。


 そんな写真が大量にあるということはそれだけ優秀な魔術師がマナ・カルドロンには多いということなのだろう。あまり見ることができない写真を珍しがって見ていた俺は1枚の写真を見て思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「え? この写真の女性、学生時代の母さんだ」


 確か子供の頃にローゲン爺ちゃんが『リーサ殿は魔術学院で1番優秀な生徒だった』と言っていた。まさか、たまたま来ることになった中央魔術院の卒業生だったとは。


 写真の中の母さんはどれも本当に楽しそうだ。きっと魔術の腕に期待されるのが嫌だっただけで学友とは仲良く暮らしていたのだろう。少し嬉しい気持ちにさせてもらえた俺は写真を棚の上に戻して振り返った。すると後ろにはモノクルをした白髭にスキンヘッドの知らない男が立っていた。驚いた俺が声を失っていると男は少し垂れた目を更に垂らした優しい顔で自己紹介する。


「はじめまして、私がオズキです。アイリスさんの知り合い……勇者ゲオルグ様と呼んだ方がいいかな?」


「いや、呼び捨てで構わない。急な来訪に応えてくれてありがとう。実は――――」


 俺はアイリスに説明した時と同じように丸太のメモをオズキに見せた。オズキはチラッと丸太を見ると小さく頷く。


「うん、これは間違いなく特殊な民族言語だね。私なら解明できるよ。と言っても2日ほどかかるだろうけどね」


「解読するだけでそんなにかかるのか?」


「メモを持って民族学の研究所に行き、書物と照らし合わせるところまで込みで時間がかかるんだ。私が研究所に行って調べてきてあげるから明後日に再度魔術院に来ておくれ、報酬は貰うけどね」


「分かった、よろしく頼む。これでいいか?」


 俺が金貨の入った袋を渡すとオズキは中を確認して満足そうに笑みを浮かべて頷いた。さて、これから解読待ちで暇になるからパウルを連れてどこかに遊びに行くとしよう。折角だからオズキにも軽く話を聞いておこう。


「オズキさん、よかったらどこか良い観光スポットはないか? 子供連れでも楽しめるようなところがいいな」


 俺が尋ねるとオズキは何故か棚の上に目線を向けてから再度俺の方に向いて呟く。


「個人的には観光よりもオススメしたいところがあるかな。天才魔術師リーサの実家……いや、勇者ゲオルグの母親の生まれた家だ」


「なんだって!? 母さんの実家? いや待て、それよりどうして俺が息子だと分かったんだ?」


「30年ぐらい前だったかな。リーサ君は1度子供を身籠った状態でマナ・カルドロンに帰ってきていた時期があった。だから子供がいることは知っていた。そして年齢が合いそうな君が今日、ここにあるリーサ君の写真を温かい眼差しで見つめていたから推測できたのさ」


「大した洞察力だな……。このことは他言無用で頼めるか?」


「洞察力なんて無いよ。単に君の笑顔がリーサ君に似ていただけさ。私は長年リーサ君の担任をしていたからね。彼女のことはよく見ていて知っているんだ。だから彼女が何か事情があったことは察せられる。他言するつもりはないし深掘りするような野暮もしないよ」


「ありがとう。俺はつくづく運が良いな。それで母さんの実家は何処にあるんだ?」


 俺が詳細を尋ねるとオズキは紙に地図を描いて渡してくれた。俺が礼を伝えるとオズキは「可愛い生徒の息子だ。君が幸せになる事を祈っているよ」と言われ、俺は再び礼を伝えて中央魔術院をあとにした。


 どうやら地図によると実家は割と近くにあるようだ。俺とパウルが10分ほど歩いていると地図の示す場所には何の変哲もない一軒家が建っていた。時刻も夕方だから窓からは明かりが漏れている。中に誰かいるようだ。


 俺はドアをノックして『誰かいますか?』と問いかけた。しかし、返ってきたのは年老いた女性の声から発せられた「誰とも会うつもりはありません。おかえりください」という冷たい返事だった。


 もし声のイメージ通りの年齢だったら俺のお婆ちゃんである可能性が高い。少し警戒させてしまうかもしれないけれど俺の身分と目的を伝えることにしよう。


「はじめまして。俺は……リーサの息子ゲオルグです。母親のことを調べたくて尋ねさせてもらいました」





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