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第33話 ノース・スパイラル




 リーサ母さんの実家を訪れて3日目の朝、俺とパウルは家の庭でスミル婆ちゃんに見送られていた。


「寂しいけどゲオルグちゃん、パウルちゃんとはこれでお別れね。この数日間沢山お話したり一緒にお出かけできたりして楽しかったわ。確かこれから解読結果を聞きに行くのよね? 良い結果聞けるといいわね、ゲオルグちゃん」


「ああ、俺も楽しかったよ。それじゃあ行ってく……」


「どうしたの、ゲオルグちゃん?」


 俺が別れの言葉を伝えようとして言葉を詰まらせてしまったのには訳がある。それは婆ちゃんをシーワイル領に誘うかどうか迷っていたからだ。俺は婆ちゃんと一緒に暮らしたいけれど婆ちゃんは思い出の家から離れたくないではないか? と思うからだ。


 でも、婆ちゃんは優しいから俺が頼めば自分の気持ちを押し殺してでも来てくれそうな気がして最後の一言が出てこない。俺と婆ちゃんとの間に沈黙が流れる。するとパウルが俺の背中をバシッと叩き、子供らしくない丁寧なお辞儀をしてから口を開く。


「スミル婆ちゃん、オイラたちと一緒にグリーンベルで暮らさないか? 多分、オッサンもそれが言いたかったんだろうけど色々考えてウジウジしてたと思うんだ。だからオイラが代わりにお願いするよ、来てくれ婆ちゃん!」


 丁寧なお辞儀とは釣り合わない砕けた言葉だが俺はパウルの心遣いが嬉しかった。思いやりの果てに頭を下げて代弁してくれるなんて……子供の成長というのは早いものだ。


 婆ちゃんは俺とパウルのやりとりを見て吹き出すように笑った。


「フフッ、そうね。もうリーサの帰りを待つ必要はないものね。これからは貴方たちのお婆ちゃんとして、そして1人のグリーンベル民として思うがまま生きてみようかな」


 婆ちゃんの顔はびっくりするぐらい晴れ晴れとしている。これは勘だが多分、婆ちゃんは本心で言ってくれている。それにさりげなく『貴方たち』と言ってくれたのも嬉しい。パウルの事も孫のように思ってくれている訳だ。


 パウルに助け舟を出されて少し恥ずかしさを抱えつつ俺は元気に手を振る。


「それじゃあ、またな婆ちゃん!」


 俺は羽のように軽い足取りで婆ちゃんの家を後にして中央魔術院へと向かった。魔術院の中に入って受付の女性へ「オズキに会いたい」と伝えると受付の女性は「こちらの書類をオズキさんから預かっております」と言い、キッチリと封された書類を俺に差し出した。


 早速中を確認すると期待通り解読メモが記されている。俺は1度学院の外に出てからパウルの前で読み上げる。


「えーと、盗んだ品物と情報は随時ノース・スパイラルの洞窟地下35階の南端フロアへ運ぶべし……か。他にもごちゃごちゃと書いているけどアジトの場所に関する記述はこれだけだな」


 ノース・スパイラルは確かスミル婆ちゃんと観光の話をしている時に教えてもらった地名だ。文字通りマナ・カルドロンの北にある円柱状の山で頂上にはハンター、魔術学院生、野盗問わず多くの人が挑戦する縦横に広いダンジョンがあるらしい。


 きっと円柱状の山の中身そのものが巨大なダンジョンになっているのだろう。木を隠すなら森という言葉もあるしアジトの場所としては理にかなっているかもしれない。


 逃げ道の少ない賊のアジトに突っ込む以上、念には念を入れてローゲン爺ちゃんとエノールさんを含めた4人パーティーで行った方がいいだろう。


 西端のバッカスに行って2人と合流してから北端のノース・スパイラルに行く訳だから手間と時間はかかるが仕方ない。俺とパウルは馬車に乗ってバッカスへと向かう。







 オズキから解読結果を預かった翌日の昼過ぎ――――俺たち4人は大きく迂回する形になったもののノース・スパイラルの麓に到着した。


 目の前にあるノース・スパイラルは話に聞いていた通り高く大きい。ほぼ垂直な山はそれだけで迫力があり、螺旋階段状になっている登山道を前にして爺ちゃんとエノールさんがブツブツぼやいている。


 俺も登るのは面倒くさいけれどノース・スパイラルをドーナツ状に覆っている街はとても綺麗だから頂上から見下ろす景色が正直楽しみではある。


 俺たちは一般の観光客や魔術学院生たちに混じって登山道を上り続けた。建物で言えば100階はゆうに超えるであろう道を息を切らしながら登り切ると俺たちの目の前に神殿、公園、牧場など様々なロケーションが現れた…………が、寄り道をしている暇はない。


 頂上についた後もしばらく歩き続けてようやく洞窟の入口を発見した俺たちは緊張感を高めつつ足を踏み入れる。洞窟の中は比較的明るくて魔物も人も多い。特に魔術の腕を試したがっている学院生たちが多く、一生懸命に魔物と戦い、戦利品を獲て喜んでいる。


 身構えて入ったものの一般人が多い事もあり緊張感がなくなっていくの感じながら地下5階、10階と降りていくと徐々に学院生やハンターたちの数が減っていき、魔物も手強くなり始めてきた。この事実からもやはり地下35階にアジトを置く盗賊たちは手強い事が伺える。


 更に下へ下へと降り続けた俺たちは遂に地下35階の北端……盗賊のアジト前に到着する。細い道を進み続けた先に洞窟に似つかわしくない鉄の扉があり、如何にも中で何かしていると言わんばかりだ。


 鉄の扉に耳を当てると中からは複数の人間の声と足音が聞こえる。流石に何を言っているのかは分からないが。


 俺は扉を開けてやろうとドアノブを握る。しかし、鍵がかかっていて開きそうにない。こうなったらぶち破るしかない。俺はドアをぶち壊す為に右拳を大きく振りかぶるとエノールさんが俺の肩を掴んで首を横に振る。


「待て、ゲオルグ。敵に認知される前に情報を盗み聞きしておいた方がいい」


「そりゃそうしたいのは山々だが扉を開けなきゃ聞き取れないぜ?」


「鍵が掛かっているなら開錠すればいいだけじゃ。ちょっと待っておれ、ワシが何とかしてやる」


 そう言うとエノールさんは懐から針のような植物を取り出して鍵穴を弄り始めた。何をしているのかさっぱり分からないまま1分ほど待っていると扉はゆっくりと開き、中にいる人の声が聞こえ始めた。何故こんな技術を持っているのだろう? 俺はエノールさんが少し怖い。


 エノールに手招きされて中を覗き込むと大きなフロアの中心で大量の盗品を並べている若い男と中年男の盗賊2人の話し声が聞こえてきた。


「次にこちらの果物がシーワイル領の開発したグリーンベル・レモンです。種も栽培方法もバッチリ盗んできやしたぜ、兄貴」


「そうか、よくやった。これで情報と物品を合わせて25件も盗むことができた。依頼されてた20件を5件も超えたんだ。満足頂けますよね、仮面の旦那?」


 盗賊2人の兄貴分らしき男が奥の方で立って背中を向けている男に語りかけた。すると背中を向けていた男は俺にも見えるように体をこちらに向けた。


 その瞬間、俺の背筋に悪寒が走る。俺はあの男を知っている。仮面で顔は見えないが『黒い太陽の仮面』と束ねた銀髪は20年前と変わっていない。


「あいつは母さんを殺した……黒陽こくよう!」





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