「あいつは母さんを殺した……
何故か分からないが盗賊のアジトに俺の仇『黒陽』がいやがる。奴はボルトム王が抱える殺し屋のはずだ。だからマナ・カルドロンの盗賊にスパイを依頼していたのはゴレガードの王族ということになる。
それがボルトム王なのかクレマンなのか、それとも別の誰かなのかは分からない。だが、そんなことはどうでもいい。俺の頭の中を支配するのはやっと出会えた母さんの仇をぶちのめしたい感情だけだ。
気が付けば俺は鉄の扉を蹴り飛ばしていた。接合部分が外れて大きく吹き飛んだ鉄の扉は大きな音をたてながら
俺はゆっくりと
「よう、黒仮面。お前が依頼主のようだな。これだけ盗品があるんだ、言い逃れはできねぇぞ? 俺が成敗してやるよ」
「……何故、勇者ゲオルグがここにいる? それにお人好し勇者と名高い貴様らしくない異様な殺気。お前は本当にゲオルグか?」
「ゴタゴタうるせぇよ、いいから殴らせろッ!」
「話は通じぬようだな。だが、いくら剛剣と名高い勇者ゲオルグと言えど簡単に負ける私ではない。私は主を守る為に刃を研ぎ続け――――ぐはっっ!!」
ちんたら喋っている
「わ、分かってはいたが、やはり強いな。だが、大人しくやられる私ではない。こちらも攻撃させてもらうぞ!」
かなり姿勢を低くした
気が付けば俺は
「ぐっ……離せ!」
必死にナイフを取り戻そうとする
だが、俺は20年前とは違う。今回は奴を逃すつもりはない。俺は5回、10回と何度も
――――やめろっ! オッサン!
破裂音にも似たパウルの叫び声が耳に飛び込む。それと同時に俺の肩に強い衝撃が走る。パウルが横から飛び蹴りを入れてきたのだ。不意の攻撃で地面に倒れた俺は肩を押さえながら立ち上がる。
「何しやがる! 邪魔をするな!」
俺は自分を抑える事ができずパウルを怒鳴りつける。それでもパウルは一切怯むことなく俺を睨みつける。
「今のオッサンは勇者じゃねぇ! ただ、闇雲に恨みをぶつけているだけだ! 敵討ちをしたい気持ちはオイラだって痛いほど分かる。だけど堪えなきゃいけねぇ!」
「くっ……!」
パウルの言っている事は全て正しい。自分でも情けなくなるぐらい頭に血が昇っていた。俺はもう少しで人殺しになっていたかもしれない。
気が付けば俺は黒く濁った心を吹き飛ばす為に自分の頭を地面に強く叩きつけていた。亀裂の入った地面に額から溢れる血がポタポタと落ちる。めちゃくちゃ痛いが不思議と晴れやかな気分だ、パウルには感謝してもしきれない。
俺が自戒の頭突きをした直後、膝を震わせながら立ち上がった
「激怒……それに私を睨む目……そうか、勇者ゲオルグはあの時のガキだったか」
「ああ、そうだ。俺はボルトム王にとって火薬庫にも等しい厄介な存在だ。今からでも盗賊たちと一緒に殺しに来たらどうだ? パウルに説教されたから半殺し程度で済ませてやるよ」
「フッ、私が殺しをするのは命令をされた時、そして任務の邪魔をされた時ぐらいだ。ゆえに散々殴られた今もゲオルグを殺そうとは思っていない。それにボルトム王も今更お前を殺そうとはしないだろう」
「ボルトムの殺し屋……言い辛いから
「……昔のボルトム様は聖剣を抜いたこともある勇者であり、野心の塊でもあったから些細な汚行すら揉み消していた。だが、加齢と共に聖剣を扱う資格を失い、自身の抜いた聖剣が破邪の大岩に戻ってしまって以降は良くも悪くも大人しいものだ。まぁ、それを抜きにしても一国の王が勇者に暗殺者を仕向けるような真似はできないだろう。ゲオルグのような化け物ならば尚更な」
確か昔……18年ほど前だろうか。新聞でボルトム王の聖剣が破邪の大岩に戻ってしまったという記事を見たことがある。
年を取り、衰えによって勇者の資格を失う事自体は歴代勇者の中でもよくある話だから驚きはしないが、肉体的にも魔力的にもまだまだ強いと言われていたボルトム王が勇者の資格を失うとは思わなかった、と村民たちが噂話をしていたのを覚えている。
肉体・血統・魔力・精神が優れていなければ勇者に慣れないと言い伝えられていることを思うと人間性の腐り切っているボルトム王が勇者に慣れた事自体が不思議でならないのだが……。それを言ってしまえばクレマンが紋章を全て光らせたことも納得いかないわけで聖剣には本当に謎が多い。
色々思うところはあるが、今はもう少しボルトム王や
「ボルトム王がいくらか大人しくなったことは理解した。ならボルトム王はもう隠居でもするつもりなのか?」
「そこまで老いてはいない。今のボルトム王が唯一熱心なのはクレマン様の育成だろう。ボルトム王はクレマン様を歴代のゴレガード家で最も偉大な勇者王に育て上げたいのだろうさ。王であろうと貴族であろうと家を大きくして後世に名を残したいものだろうからな」
「子孫の幸せが理由ならともかく名を残したいのが理由なら俺的にはとてもくだらないものに思えるな。まぁ、ゴレガード家のことは大体分かった。それと同時に
「さあね。そもそも主の情報を明かすと思うか?」
そう告げる
「主か、お前は20年前も『ボルトム王のことを悪くいうな』と怒っていたな。それほど忠誠心のある
俺の頭に嫌な想像がよぎる。ジニアに逃げられてから数日後、クレマンと遭遇した時に奴は『お前が何と言おうと僕は1番の勇者になってみせる!』『そう遠くないうちにゲオルグに危機感を持たせてみせる』言っていた。
そして月日が流れて今日――――ボルトム王の抱えていた
「クレマン……か?」
「…………」
「沈黙は肯定と取らせてもらう。聞きたいことはほとんど聞けた。あとは
俺は
「クックック、私が大人しく捕まると思うか?」
「なんだと? 逃げる手があるとでも言うつもりか?」
「ああ、その通りだ。何故私が長々と会話していたと思う?」
「まさか、お前!」
俺は嫌な予感を覚えてフロアの入口に視線を向ける。すると、いつの間にか最初に会話していた盗賊2人を含めて7人の盗賊が集まっており、その全員が素肌が見えないように布を覆い、目にはゴーグルを付けていた。
奴らは何かをするつもりだ。俺はダメージを負っている
盗賊の中の1人が「投げろぉぉ!」と合図を送ると盗賊たちが一斉に俺たちへ爆弾を放り投げた。パウルたちを守らなければ! 俺は瞬時に手を地面に当てて岩壁魔術ロック・ウォールを発動させる。
爆弾は強烈な破裂音を発して俺の岩壁を破壊する……ことはなかった。意外にも爆弾は全く破壊力が無く、青色の粉末をフロアに散らばらせているだけだった。よく分からない攻撃に困惑していると突如鼻と口を押えたエノールさんが焦りに満ちた声で呟く。
「まずいぞ……この匂いは毒じゃ……」