「まずいぞ……この匂いは毒じゃ……」
エノールさんが爆弾の正体を告げる。盗賊たちの狙いは俺たちに大量の毒をぶつける事だったのだ。今になってようやく盗賊たちが全身を布とゴーグルで覆っている理由が分かった。一刻も早く俺が何とかしなければ!
「俺が聖剣で浄化する……いや、それじゃ間に合わないな。そうだ、聖剣をぶん回して風を起こし、漂う毒を吹き飛ばせば……」
俺は両手に聖剣を握る。しかし、ローゲン爺ちゃんは俺の肩を掴んで首を横に振る。
「無駄じゃ! 風を起こしたとて密閉された空間では意味が無い!」
「くっ……なら、せめて早くフロアから出ないと」
「それも無駄じゃろうな。敵も馬鹿ではないし数も多い。恐らく通路側も毒の粉塵で満たされておるだろう。今は少しでも呼吸を抑えて知恵を絞ることに集中するのじゃ」
こういう時の爺ちゃんは本当に頼もしい。だが、肝心の打開策が全く思いつかない。20秒、30秒と何もできない時間が過ぎていく中、大きく溜息を吐いたパウルが一歩前に出て両手を頭上に掲げる。
「やっと突破できる方法思いついた。けど、この手を使うとオイラは結構バテちゃうと思う。だからオイラが倒れたら担いでいってくれよ、オッサン」
「何をするつもりなんだ、パウル?」
「なんてことはないシンプルな魔術さ。いや、魔術ですらない……ただの大雨さ!」
そう告げた次の瞬間、パウルの両手から凄まじい量の水が放出された。飛び出た水は天井にぶつかるとフライパンに落ちた油のように天井の中央から端へと広がっていく。そして広がりきった水は数秒後には豪雨へと変わり、空気中を漂う毒粉を全て地面に落としてみせた。
「ハァハァ……これだけ大量の水だと流石のオイラも疲れたよ。さあ、こっから反撃を始めようぜ!」
パウルの水魔術と機転で毒死の危機は避けられた。あとは俺が盗賊たちを倒すだけだ。爺ちゃんたちとアイコンタクトをとり聖剣を構える。しかし、毒攻撃を破られたというのに盗賊たちは落ち着いていた。盗賊の中の1人はハンドシグナルを仲間たちに送ると勝ち誇った声で告げる。
「こんな型破りな水魔術の使い手は初めてだ。だが、我々の攻撃手段を1つだと思わない方がいい。取引を見られた以上、君たちは絶対に死んでもらう。やれ! おまえたち!」
盗賊の号令から何が繰り出されるのか身構えていると盗賊たちは魔力を手に練って地面に触れだした。するとパウルの雨によって
火属性魔術と閉じた空間を利用し、更にパウルの打開策を逆手にとられたのだ。加えて盗賊たちは蒸気の向こう側から俺たち4人に謎の粘液を掛けてきた。粘液自体に攻撃性はないが、俺たちの体がほんのり光っている……これは蓄光系の塗料だろうか? だとしたら俺たちが次に受ける攻撃は……
「まずい! 奴らには俺たちの位置を把握されているぞ! 4人で固まり四方を警戒するんだ!」
俺たちは瞬時に背中を預け合って四角の陣形を作る。これで背後や側面からは狙われにくくなるはずだ。しかし、それでも蒸気を利用した盗賊のヒットアンドウェイは的確だった。
「うわぁ!」
「うぐっ!」
パウルとエノールさんが斬り付けられて呻き声をあげる。幸い軽傷のようだが、次の攻撃を受けても無事な保証はない。
すぐ近くからピチャピチャと盗賊たちの足音が聞こえてくるが音の感覚だけで近寄って攻撃しようものなら避けられた挙句に全方位から斬り付けられる可能性もある。陣形を崩す訳にはいかない。
これは本当にマズい……ジニアとの戦い以上に苦戦しているかもしれない。蒸気を消し去る方法も敵の位置を知る方法も思いつかない。かつてないほどに頭を捻っていると突然パウルが俺の肩に手を置いて小声で呟く。
「オイラにとっておきの策がある。1回だけオイラたちから離れて単身で敵からの攻撃を受けてくれないか? 頑丈なオッサンなら耐えられるよな?」
危機的状況ゆえにパウルは端的に問いかける。何をするつもりかは分からないがパウルの言うことだ、どんなに滅茶苦茶な事を言われても信じてやる。
俺は即座に頷き返すとパウルが「スラッド!」と呟き、手から謎の青い粘液が放出されて俺の顔から膝辺りまでを薄く覆ってみせた。
見たことない技だ、水属性の防御魔術か何かだろうか? なんにせよ細かい説明を聞いている時間はない。俺はわざと目立つぐらいに足音を立てながら仲間たちと離れて防御態勢をとった。
すると案の定盗賊たちは一斉に孤立した俺に斬りかかってきた。右肩、左腿、背中、あらゆる箇所を攻撃されて痛みが走る……と同時に敵の武器や拳が粘液まみれの俺の体に凄まじい吸着力でくっ付いた。
俺は瞬時にパウルの技がゴムや粘土の様な性質だと理解した。それは敵も同じだったようで慌てて吸着した武器を手放したり、手袋を外そうとしているがもう遅い。聖剣の届く範囲にさえ入っていればこっちのもんだ。俺は両手でバルムンクを握り豪快に振り回す。
「喰らえ! 俺式・回転斬りッ!」
踏ん張った地面が割れる程に力を込めて聖剣を360度回転させると剣を握る手に3人、4人と吹き飛ばした感触が伝わる。成敗完了と言いたいところだが俺の体から伸びる粘液の糸がまだ3本ほど伸び続けて逃げている感覚がある、回転斬りが当たらなかった奴らだ。
俺は釣り竿を引っ張るように3本の糸を引っ張ると見事に残り3人の盗賊が俺の方へ飛んできて尻もちをつく。流石に手の届く距離にいれば互いの顔もよく見える。逃げるに逃げられない盗賊3人は蛇に睨まれた蛙のように震えている……戦意喪失と見ていいだろう。
俺は爺ちゃんたちを呼び寄せて震えている3人の盗賊を拘束し、聖剣で吹き飛ばした4人が気絶しているのを確認した。盗賊全員の姿は確認できたが、やはり
蒸気も晴れてきてあとは洞窟を出るだけだが、爺ちゃんは壁に耳を当てて険しい顔を見せる。
「マズいぞ、増援が来ておる。まだかなり遠い位置を走っておるが、上の階に繋がる道は1本だけじゃ。このままだとフロアを出ても連戦になるぞ」
壁に耳を当てるだけで遠くの足音を聞き取れる爺ちゃんの凄さにツッコミを入れたいところだが今はそれどころじゃない。通路側の事をすっかり忘れていた……。それに短時間とはいえ毒を吸わされた影響で爺ちゃんとエノールさんの顔色が悪い。パウルに至っては大技の連発で肩で息をしているし顔も真っ青だ。
だが、この4人なら不思議と大丈夫そうな気がしてくる。今回の旅で改めて彼らの頼もしさを実感できたからだろう。そんな俺の期待に応えるように今度はローゲン爺ちゃんが動き出す。
「ふむ、異様に蒸気の消失が早いのぅ。もしや風穴……いや、外が近いのか? どれ調べてみるか」
そう言うと爺ちゃんは自分の指を舐めて頭上に掲げた。濡らした指で風を検知しているのだろう。爺ちゃんがフロアの一番奥を指差すと確かに小さい穴が空いていて、そこから強く風が流れている。爺ちゃんは扉をノックするように壁を叩くと俺に視線を向ける。
「よし、意外と外は近いな。ゲオルグ、お前の馬鹿力で壁を壊して外に出るぞ」
「えええ! 壁を掘れって言うのか? そんなテンブロル君の採掘じゃあるまいし……」
「掘らなきゃまた戦いになるぞ? しかも、増援の数は未知数じゃ。ほれほれ、さっさとツルハシを持て」
「バルムンクはツルハシじゃねぇよ! しょうがない、いっちょ頑張りますか」
最近は
俺は無心で壁を掘り続けた。時間にして3分も経っていないだろうけど壁が硬いし、毒の影響もじわじわ効いてきて結構辛い。だが、増援は間もなく来てしまうだろう、急がねば。
「早く、外の光を拝ませてくれぇぇ!」
情けない叫びと共にバルムンクを振り下ろすと遂に壁の亀裂から明るい光が漏れ出した。それと同時に増援の足音が聞こえてきた。急がねば! 俺は最後の一振りになってくれと願いながら全力で剣を振り下ろす。すると目の前の壁は爆発したかのように吹き飛び、破片が光の眩しい外へと落ちていく。
暗闇からいきなり外の光を見たせいで数秒間何も見えなくなった俺は徐々に見えてきた景色を見て心臓が縮みあがる。
なんとノース・スパイラルの側面に穴を開けた影響で眼下に街が広がっているのだ。更にノース・スパイラルの頂上から長々と降りてきた影響で街を行き交う民衆とバッチリ目が合っている。
技師が作る鳩時計の鳩みたいに大きな音を立てて出てきた俺を見て民衆は訳が分からず絶句している。どうしよう……凄く恥ずかしい。
ここから更に壁面を掴みながら降りていくのだからずっと注目されることになる。こうなったら恥をかく仲間を1秒でも早く増やさなければ! 俺は爺ちゃんたちを手招きする。
「ほらほら! みんな早く降りようぜ!」
すると何故かエノールさんは首を横に振り、拘束している盗賊を俺に差し出して告げる。
「ゲオルグ、山を降りる前にすることがある。ここから民衆に向けて盗賊を晒せ」
「へ? どういうことだ?」
「偶然にも民衆の視線を集める派手な脱出になったのじゃぞ? これを利用しない手はないだろう。だから『この俺、勇者ゲオルグは激闘の果てに盗賊を捕まえました!』って言っておけば人気も急上昇じゃ」
「人気って……勇者の目的は名声を集めることじゃないんだぞ……」
「そんなことは分かっとる。だが、定例会を思い出してみろ。ゲオルグの施政に圧力をかけてくるバカ貴族共がおったじゃろう? あいつらがいる以上、施政面で一気に成果を上げるのは難しい。となると他にどのような手段で爆発的にシーワイル領を活性化できると思う?」
「政治以外の活躍……つまり勇者として悪の成敗を見せつけるってことか」
「そういうことじゃ。お前は本来もっとブレイブ・トライアングル全体から称えられる資格のある勇者なのじゃ。だから、ほら! カッコよく決めてこい」
「わ、分かったよ。じゃあ、パウルも一緒に表に立とう」
俺とパウルは拘束した盗賊を抱えて再度、壁面の穴から顔を出した。この時、洞窟の通路側から既に盗賊の増援が来ていたけれど流石に民衆の前で堂々と俺たちを襲うことはできないようで大人しく退散してくれた。
俺は腹いっぱいに空気を吸い込み、今まで出したことのない大声で宣言する。
「聞いてくれ! マナ・カルドロンの民よ! この俺ゲオルグ、そしてパウルはノース・スパイラルに潜む邪悪な盗賊を捕えた! これで君たちの生活にいくらか安心を届けられたことだろう。そして――――」
俺なりに精一杯格好つけて宣言するとマナ・カルドロンの民からは……
――――ワアアアァァァ!
大歓声が沸き上がる。目立つのはあまり好きではないけれど、パウルが自分の成し遂げた仕事を実感できて嬉しそうだしこれでいいのだろう。
今日は濃い1日だった。盗賊のアジトを潰し、
クレマンが黒幕だったことは正直かなり辛いが仕方ない。まだ確定した訳ではないから今度会った時に問い詰めてみなければ。これでも一応、俺とクレマンは異母兄弟なのだから何かの間違いであってほしいと願うばかりだ。
とりあえず盗賊を運べるだけ運んで帰るとしよう。このあと民衆にもみくちゃにされる未来が見えるし、アイリスから取材という名の質問攻めも受けるだろう。ちょっと面倒くさいけれど頑張ろう。