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第36話 最初の1人




 マナ・カルドロンの民衆に注目されている俺たちは拘束した盗賊たち抱えてノース・スパイラルの壁面を伝って1度、登山道に降り立った。


 流石に盗賊全員を運ぶことは出来ないし、パウルが強く疲弊しているから運ぶのは3人が限界だ。運べなかった残党はマナ・カルドロンの国衛兵こくえいへいあたりが捕まえてくれると信じよう。


 盗賊を抱えた俺たちはそのまま麓を出て街に行き、近場にある国衛兵こくえいへいの集まる詰所へと向かうことにした。


 こじんまりとしたレンガ造りの詰所の中には待ってましたと言わんばかりに国衛兵3人が緊張した様子で立っており、その中のリーダーと思わしき中年男性が先に声を掛けてきた。


「勇者ゲオルグ殿、貴方が民衆に語り掛ける様子を詰所から見ておりました。本来ならば国衛兵が捕まえなければならない賊をシーワイル領の英雄である貴方の力を借りる事になりお恥ずかしい限りです。賊の身柄はこちらで責任をもって預からせていただきますね」


 ただの小悪党ならこのまま国衛兵に引き渡すところだが今回捕まえた盗賊はクレマンが関わっている可能性が高い。マナ・カルドロンに渡して有耶無耶にはしたくない。


「すまないが盗賊の身柄はシーワイル領で預からせてくれないか? 盗まれた品々や情報はシーワイル領の物だ、自領に連れていって現場を見ながら詳しく問い詰めていきたいんだ」


「う~ん、そうですね。普通なら許可は出来ないのですが、国を跨いで献身的に働く義務のある勇者様となると法的な制限はかからないはずです。こちらから国衛兵を付き添わせる条件を飲んでもらえれば許可できますが、いかがいたしましょう?」


「ああ、それでいい。とりあえず今日だけ詰所で盗賊たちを預かってもらっていいか? 登山と戦闘で疲れたから移動は明日の朝からにしたい」


「分かりました。では、明日の朝までに皆さんと賊を運ぶ移送用の馬車を用意しておきますね」


 話の分かる国衛兵で助かった。一旦、詰所で国衛兵たちと別れた俺たちは近くの宿屋で一泊することにした。







 翌日の朝、宿のチャックアウトを済ませて外に出ようとすると入口にアイリスの姿があった。アイリスは気持ち悪いぐらいの笑顔で近づいてくると俺たちの輪に入り込む。


「昨日はお疲れさまでした、ゲオルグさん。捕まえた盗賊たちはマナ・カルドロンでも手を焼いていた盗賊団でしたから一夜にして人気者になっていますよ。朝刊にも大きくとりあげられていますし」


 そう言ってアイリスは朝刊を俺に見せつける。嬉しいような恥ずかしいような思いで朝刊を見つめると発行責任者の欄にはアイリスの名前が書かれている。


「アイリスが書いてるじゃねぇか! 他の新聞社が書いたような言い方をしていたのに……」


「他の新聞社もこぞって書いていますから間違ってはないですよ。逆に言えば全員が同じ事を書くから差別化ができないんですよねぇ……だから~、その~、お願いがあるんですけどぉ~」


 笑顔を浮かべていたアイリスが今度は体をクネクネし始めた。これも同様に気持ち悪……微妙な気持ちになってくる。彼女の狙いは大体分かる。恐らくアイリスは……


「盗賊に対する尋問を独占記事にしたい、もしくは先行公開させてほしいってところか?」


「わー、よく分かりましたね、その通りです。シーワイル領に運ばれる前に取材しておきたいんですねよね」


「……なんで俺たちと国衛兵だけで話し合った移送スケジュールを知っているんだ? って掘り下げたいところだが……まぁいい、好きにしてくれ。寄ってくる記者が1人だけの方が俺も面倒くさくなくていいし」


「やったー! ありがとうございますぅ~、じゃあ、早速詰所に行きましょう」


 朝からちょっと疲れる対応をこなしつつ俺たちは詰所へと向かう。どうやら詰所には一応、小さな地下牢があるらしく捕まえた3人の盗賊は全員少し離れた違う牢に入れられているようだ。昨日やりとりした国衛兵監視の元、俺は1人の若い男の盗賊に柵越しで話しかける。


「おはよう盗賊さん、よく眠れたか? 分かっているとは思うが今日は色々と聞きたいことがある。まずは名前と歳を教えてくれないか?」


「……ホークだ。歳は17だ」


 ホークと名乗る盗賊はまだ17歳の少年だった。確かに輪郭もどこか幼さを感じる丸みがあって丸い瞳にも濁りが少ない様に感じる。背丈こそ平均的だが同年代の男性よりも細く、乱雑に伸びた長髪は傷んでいるせいで枯れた印象を持ってしまう。初見だと10代だとは見抜けなかった。


「じゃあ早速本題に入るぞ。ホークたちが黒陽こくようの指示で動いていたことは分かったし、黒陽こくようの上にいる黒幕が誰なのかも99%確信が持てた。だが、まだ分かっていない事がある。それは物や情報を盗んで得た利益が『誰にどの程度分配されるか』ということだ。大掛かりな盗みだ、黒幕と盗賊団だけが得をする作戦ではないだろうと睨んでる」


「知るか、俺たちは黒陽こくようから依頼金を貰い、黒陽こくようの指示で動いていただけだ。それこそ黒陽こくように教えてもらえよ」


「そうか、じゃあ質問を変えよう。今まで盗んだ物と今後盗むつもりだった物を全て話せ。それを聞いて分析させてもらう」


「それは言えない。これ以上の失態を晒せば黒陽こくように殺される可能性だってある。黒陽こくようは勇者であるアンタより弱いが、それでも俺たちからすれば十分強くて怖い。いや、むしろ殺しに躊躇がないぶんアンタより怖いよ」


 ホークの持つ黒陽こくようの印象は至って正しい。だが、逆に言えば恐ろしいと分かっている奴の依頼をどうして受けたのだろうか? 今度は依頼を受けた理由を掘り下げてみよう。


「そんな恐ろしい黒陽こくようから依頼を受けたのは何故だ? 受けなきゃ殺すとでも言われたのか?」


「違う、恐い依頼主が相手でも金が必要だったんだ。金があれば飯が食える、寒さが凌げる。それに惨めな芸だってしなくて済む」


「惨めな芸? なんのことだ?」


「フッ、貧民街生まれの貧民がどんな風に生きてきたか知らないようだな。だったら教えてやる。これは俺の例だが、空腹に耐えかねた俺と仲間は昔、道行く貴族の足にしがみついて何でもいいから食わせてくれとお願いした。そしたら奴らは何て言ったと思う?」


「……孤児とはいえ飯に困る生活をしたことがない俺には分からないよ。教えてくれ」


「ある貴族は犬のように這いつくばって飯を食えば小銭をやると言った。また、ある貴族はわざと中身だけを腐らせたパンを喰わせて嘔吐する俺たちを見て楽しんだ。下痢か空腹か分からない腹の音が死へのカウントダウンに思えた時もあったよ」


「そうか……想像するだけで辛いな」


「そんな思いをしているうちに俺たちは気付いた。裕福な者たちから物を盗めば腹を満たせて損害も当たえられるとな。俺らは勇者を含む、光り輝く道を進む者が憎いんだ。そういう意味では裏の世界の強者である黒陽こくように従うのは貧民としてのプライドを貫けるし金にもなる。黒陽こくようが怖いという事実は変わらないが、死んだように生きるより、恐怖と隣り合わせでもいいから自分たちを貫く道を俺たちは選んだ」


 彼らもまた被害者なのだと思うと胸が張り裂けそうなほどに苦しい。シーワイル領は狂魔きょうまの襲撃を除けば平和そのものだから他国の貧富差にまで頭が回らなかった。詰所に来るまでは厳しい態度で尋問に臨もうと思っていたのに今は少しでも優しくしてやらなければと思っている自分がいる。


 それでも黒陽こくようについてだけは俺が知っていることを言っておかなければいけない。ホークには酷な話になるが……


「ホークたちのことは結構分かってきた。だが、キツい事実を言わせてもらう。黒陽こくように命令を送っている奴……つまり、真の黒幕はお前たちの大嫌いな貴族、それもゴレガード家の王子クレマンだ」


「……は? 何を言ってるんだ? 次期ゴレガード王であり勇者でもあるクレマンが盗賊を使って盗みを指示するはずがないだろ? 使い切れないほどの金を持っているんだぞ?」


「勇者である俺への嫌がらせである可能性が高い。あくまで可能性であってクレマンが指示した証拠も無いから罪人として捕まえることは出来ないだろうけどな。だけどクレマンが黒だと思う根拠も自信もある。話せば長くなるけどな」


「そんな……馬鹿な、嘘だろ? じゃあ、俺たちが決死の覚悟で挑んだ依頼はクソッたれ貴族共を喜ばせるものだっていうのか……」


 ホークは怒鳴る気力もなく呆然としている。付き添いの国衛兵も一介の兵には抱えきれない情報に戸惑っている。俺の伝えた情報を国衛兵がどう扱うかはマナ・カルドロンの方針によるから任せるとして、問題は今後、ホークたち盗賊団をどうするかだ。


 こいつらは悪い事をしたけれど悪事そのものを楽しんでいるジニアとは全く違う。だから彼らのことは極力救ってあげたい。互いに得をする解決策を考えよう。だが、そんなものはあるのだろうか?


 パウルも爺ちゃんもエノールさんも俺の判断を待っている。ホークも困惑と恐れと僅かな敵意を瞳に宿して俺の言葉を待っている。


 俺は考えて、考えて、考え抜いた。その結果、俺は『自分たちの得を後回しにする』ことを決めた。勇者の務めは苦しむ者を助けること、そして苦しむ者を助ける方法として有効なのが脅威・恐怖から遠ざけること……つまり、新しい居場所を用意することだ。


「ホークたちに提案する。お前たちはシーワイル領で働け」


「は? お前は何を言ってんだ? ふざけてんのか!?」


「俺は大真面目だ。もちろん現段階では100%お前達の事を信用している訳ではない。信用できると判断するその時まで監視は付けさせてもらう。だが、逆に言えば黒陽こくようのような外部の悪い奴から絶対に守ってやる。だから黒陽こくようと縁を切っても殺される心配はない。温かい飯と家があるシーワイル領に来い。その方が働き甲斐もある」


 そして俺は鉄柵越しに握手を求めて手を差し出す。ホークは一瞬、腕をピクりと動かしたものの視線を下に落とし、弱々しい声で尋ねる。


「温かい飯と家……それに働き甲斐か……。み、魅力的だとは思うが俺たち全員を迎え入れられるのか? 盗賊団は全員で50人以上いるぞ?」


「流石に大移動になるから受け入れは何回かに分けることにはなるが必ず全員を受け入れると約束する。だから心配するな」


「そ、そうか……。いや、でも……」


「50人の組織解体と大移動だ……迷うだろうし怖いだろうな。だが、どんな大所帯だろうと必ず最初の1人が存在し、先頭を走らなければならない。ホーク、お前が決断するんだ。闇から光に転ずる最初の1人となれ!」


「最初の1人か。俺になれるのか? 俺らで役に立てるのか?」


「お前たちは苦しい場所で生きていく為に盗賊としての動きを覚え、体を鍛え、器用さを上げてきたはずだ。それに能力だけじゃなくて根性もあるだろう。シーワイル領はそういう人間が欲しくてな。俺らの領地運営に力を貸してくれないか?」


「力を貸して欲しいなんて盗みの依頼以外で言われたことないかもしれないな。必要にされないどころかゴミ扱いされてきたからな。俺たちにはアンタの言葉が眩しいよ。だから俺は――――」


 別人のように晴れやかな顔となったホークは差し出された俺の手を力強く握る。


「その誘い受けさせてもらう。これからよろしくな、勇者ゲオルグ!」


 長くなったが遂にホークたちを救う第一歩目を踏み出せた。パウルたちも親指を立てて笑顔で祝福してくれている。さて、仲間入りも決まったところだし移送馬車を借りてグリーンベルに帰るとしよう。


 俺は国衛兵にホークを出すよう指示を出すとホークは「待ってくれ。記者さんがいるうちに話しておきたいことがある」と言って制止する。


「ん? なんだ話したいことって?」


「話しておきたいことは2つある。1つは今後盗む予定だった物の情報だ。そして、もう1つは俺が立てた仮説だ。その仮説は黒幕がクレマンである可能性が高いと聞いたことで浮かび上がった、少し長くなるが聞いて欲しい」


「いいのか? 別に言わなくてもホークたちのことは仲間に引き入れるつもりだぞ? 情報を漏らせば漏らすほど黒陽こくようからの反感を買って命を狙われる確率が高まると思うぞ?」


「いいんだ。話せる情報を話すこと……それが俺の見せる最初の敬意だ。俺たちがこれまで盗んできた物、そしてこれから盗む予定だった物、それは――――」





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