「いいんだ。話せる情報を話すこと……それが俺の見せる最初の敬意だ。俺たちがこれまで盗んできた物、そしてこれから盗む予定だった物、それは――――」
想像以上に俺たちのことを信用してくれているホークは身を守る為に伏せていた情報を話し始める。
「俺たちが盗んできた物・情報とこれから盗む予定だった物・情報には共通点があるんだ。保存の効きやすい食料、塩味や酸味の強い食べ物、それらを増やす種、香料、葉巻、酒、美しい生地、建築技術などなど様々だ。これらは何に使えると思う?」
「う~ん、それぞれ方向性が違いすぎてよく分からないな。答えは何だ?」
「答えは歓楽街だ。夜の蝶が舞う酒場・遊戯場を筆頭にさっき挙げた盗品が役に立つんだ」
「なるほどな。まぁ、酒のすすむ食料とか綺麗な嬢ちゃんたちを着飾る生地や香料などが必要になる理屈は分かるが、建築技術を盗む理由は何だ? まさか新たに歓楽街を増設つもりじゃないだろうな?」
「そのまさかだよ。マナ・カルドロンの偉い人達はバッカスを拡張する形で北バッカスと南バッカスを作るつもりなんだ。今のバッカスよりも綺麗で質の高い歓楽街をな。この計画にはゴレガード王国も少し噛んでいて最上位の責任者の中にはクレマンの名も入ってる」
クレマンの狙いが鮮明に見えてきた。クレマン指導のもと多大な収益をもたらす街を作り、勇者としての実績で俺を越えようとしたわけだ。盗みをして手に入る名誉なんてくだらないというのに。
そこまでして俺に勝ちたいのかと思うと頭が痛くなってくる。それに1点気になることもある。それは勝ち負けの不明瞭さだ。武術大会などと違い、政治的・金銭的勝負は民衆から見て勝者が分かりにくいものだ。
ましてやバッカスの拡張は色々な貴族が絡んでいる一大事業だ、クレマンの名も薄まってしまう気がする。もう少しホークの意見を掘り下げてみよう。
「さっきホークは盗みの情報の他に『自分の中で浮かび上がった仮説がある』と言っていたよな? それは一体なんだ?」
「バッカスの拡張と責任者クレマンの話に繋がるんだけど、多分クレマンは
英雄千日祭――――確か1000日ごとに3国合同で行われるブレイブ・トライアングルで1番大きな祭りだ。
俺は少し前までサルキリからほとんど出たことがなかったから参加したことはないが、歌に踊りに武術大会にと大盛り上がりの祭りらしい。特に最終日に行われる人気投票てきなコンテストは爆発的に盛り上がると聞いている。
開催は3国で順番に行われるから次の開催はマナ・カルドロンになるはずだ。となるとバッカス拡張の責任者となって現地票を集めるのは理にかなっているかもしれない。だが、改めて思う、悪い事をしてまで稼いだ票なんてくだらないと。
俺は別にコンテストでクレマンに負けようが全然構わない。だが、知らず知らずのうちにクレマンや貴族の事を支援してしまっていたホークたち盗賊団のことを思うと、何もしないのは癪だ。よし! ここはひとつ牙を剥くとしよう。
「みんな聞いてくれ。俺はクレマンに対抗しようと思う。あいつが街づくりで戦うなら俺たちも街づくりで上回ってやるんだ。バッカスから近い位置にあるシーワイル領の町や村に資金と労働力を割いてバッカスを上回る収益を得てやろう」
俺の提案を聞いた全員が信じられないといった顔をしている。特に爺ちゃんは驚いており、奇異そうな目で俺を見ている。
「ゲオルグにしては珍しいのぅ。いつもは街の困りごとを聞いてから対処するスタイルだというのに。お前が自ら大きな計画を始動させるなんてな」
「大袈裟だよ。この取り組みだってホークの話を聞いてから考え付いたんだから、いつもと変わらない後手の問題対応さ」
「フッ、物は言いようじゃな。だが、そうは言っても、いつもの仕事より気合が入っているように見えるが?」
態度に出していたつもりはないが、爺ちゃんには何でもお見通しのようだ。実際、俺は気合が入っている、何故なら――――
「クレマンとの最終対決になる可能性もあるからな。そりゃ気合も入るさ」
「最終対決……そうかもしれぬな。力でも施政でも勝てず、英雄千日祭でも勝てなければ流石のクレマンも諦めてくれるじゃろうな。お前の勝利が今後のクレマンの暴走を止める鍵となるわけじゃ」
「そうなることを願うよ。じゃあ、ホークへの尋問……いや、話し合いはこれぐらいにして他の盗賊仲間とも話をすることにしよう。それが終わったら移送馬車でグリーンベルに帰ろう」
一旦、ホークとの会話を切り上げて牢に捕まっている他2人の盗賊とも無事交渉を終わらせた俺たちはアイリスに別れを告げ、国衛兵と共にグリーンベルへ帰る事にした。
滞在期間こそ短かったけどリーサ母さんのことを深く知ることができたし、スミル婆ちゃんと出会うことも出来た。
移送馬車に揺られながら爺ちゃんとエノールさんから何度も『もう少しバッカスに居たかったなぁ』という下心に満ちたぼやきを聞きながら3日後の夕方――――俺たちは日が沈む前に無事グリーンベルへ帰ってくることができた。
※
数日ぶりなのにグリーンベルが懐かしく思えてくる。だが、感傷に浸っている暇はない。まずは町長たちに旅の報告をしなければ。俺たちは帰還後すぐにギルドへ向かうと中には町長ヨゼフやエミーリアなど町の主要メンバーが揃っており、見知らぬ盗賊3人と国衛兵を見て首を傾げている。
俺は旅の内容とこれからの予定を伝えるとヨゼフは少し不安気な顔で俺を見つめる。
「ゲオルグ様の考えは分かりました。ですが、拡張したバッカスに勝てる見込みはあるのでしょうか? バッカスの西にある我が領土で対抗すると仰っていましたよね?」
「ああ、その通りだ」
「あの辺りにはトゥリモという町があってシーワイル領の中では人口が多いです。ですが、それでも新しいバッカスを上回る収益を出せるとは思えません。英雄千日祭まで後300日もありませんよ?」
ヨゼフが不安になるのも無理はない。だが、俺も馬鹿ではないシーワイル領の仲間たちとポテンシャルがあれば勝てるルートは見えている。
「言いたいことは分かる。だが、心配しなくて大丈夫だ。皆が力を合わせれば必ず勝てる。その為の大まかな作戦も考えてある……名付けて『
「日月作戦? それは一体どのような作戦ですか?」
「詳しい事はもう少し盗賊団メンバーが合流してから話すよ。この作戦の肝は盗賊団とアイリスだからな。だからそれまでは俺の指示で各自動いて欲しい。よろしく頼む」
「分かりました。いやー、なんだかゲオルグ様がいつもより頼もしいですなぁ。これならワシは楽ができそうです、ふぉふぉふぉ」
こうして俺たちの新たな戦いが始まった。グリーンベルに戻ってきたその日から会議に精を出してくれた主要メンバーたちは僅か5日間で大筋の『街づくり計画表』を完成させた。
細かい予算やパターン展開はまだまだ詰めていく必要はあるけれど今はこれで充分過ぎるぐらい充分だ。皆には本当に頭があがらない。
ギルドの棚に計画表をしまった俺は窓の外に映る夕陽を見て時間を把握し、会議を締める。
「じゃあ机を囲んでの大きな会議は今回でしばらくお預けだ。今日の仕事はここまでにして明日からは各々自分の職務に移ってくれ。特に明日から俺と一緒にトゥリモへ行くメンバーはしっかりと休んでおいてくれ。それじゃあ、解散!」
皆がギルドから出ていくのを確認した俺は自分も家に帰ろうと入口扉を開いた。すると外にはローゲン爺ちゃんが立っていて俺に声をかけてきた。
「ゲオルグは明日から早速トゥリモに行くと言っていたな? 急で悪いがワシも同行するぞ」
「え? 爺ちゃんにはパウルと一緒にグリーンベルの守りを任せるつもりだったんだけどなぁ。何か急用か?」
「ある意味急用かもしれぬな。ワシの目的はゲオルグを鍛える事じゃ。ワシはマナ・カルドロンでの戦闘を通してゲオルグとパウルがまだまだ強くなれると確信した。だからパウルの特訓にはエノールに付き添ってもらうよう頼んでおる」
「そうか、実は俺も爺ちゃんに鍛えて欲しいと思っていたんだ。もう少し仕事が落ち着いてから頼むつもりだったけどな」
「ほほう、お前より強い人間なんて今や何処にもいないというのにどうして今、このタイミングで鍛えたいと思ったのじゃ?」
色々と理由はあるけれど、やはり1番の理由はクレマンだ。今度クレマンと接触する時に俺は奴の悪事を問い詰めるつもりだが場合によっては正式に罪人扱いとなって捕まり、勇者が1人減ることになる。
それに捕まらなかったとしても街づくりと千日英雄祭でクレマンが完全敗北すれば勇者としての意欲を失って勇者が1人減る可能性もある。極力心を折らないようにするつもりではあるが、それでも絶対に上手くいく保証はない。
俺は勇者が1人減ってしまった時に穴埋めできるように強くなっておかなければならない。魔王ルーナスやジニアの脅威もあるから尚更だ。
とはいえ俺の心配事を爺ちゃんに話して負担をかけたいとは思わない。ここは適当に誤魔化しておこう。
「いや、大した理由なんてないさ。単にパウルがメキメキ強くなっているから負けていられないと思っただけさ」
「お前は嘘が下手じゃのう。どうせ、本当はクレマンが抜けた場合の事を考えて自分が強くならなければいけないとでも考えておるのじゃろ?」
「……ったく、爺ちゃんにはホント敵わないな。ああ、そうだよ、その事ばかり考えてたよ」
「フッ、素直でよろしい。まぁお前が心配せずともよい。クレマンは良くも悪くも図太いからな」
「どうして爺ちゃんがクレマンの事を分かるんだよ。会った事ないだろ?」
「1つ、お前に黙っておったことがあってのぅ。実はワシ、
まさか爺ちゃんが
「今言った通りワシはクレマンをそこそこ評価しておる。そう前置きしたうえで楽観的なことを言わせてもらうが、ワシはクレマンが勇者の席を空けたとしても魔王ルーナスの軍勢を退けられると思っておるよ」
「へー、慎重な爺ちゃんにしては珍しい物言いだな。もしかして俺が強いからか? なんつって」
俺がおちゃらけると意外にも爺ちゃんは言い返す事はなく小さく頷いた。
「確かにゲオルグはワシの想定以上に強くなった。だが、それ以上に驚いたのはパウルの成長じゃ。ノース・スパイラルでは雨を降らせる水魔術で毒の危機を乗り越え、蒸気で視界を防がれた時は見たことも聞いたこともないゴムのような魔術で敵を掴まえた。あの子は本当に凄い、間違いなく天才じゃ」
爺ちゃんの言う通りだ。それにノース・スパイラル以外の戦闘でも凄い点はある。ゴレガードでは猫のように身軽な体術で俺を驚かせ、蜘蛛型の魔物ダークシェロブと戦った時は大きな水の球から氷柱を飛ばす新魔術まで披露してみせた過去もある。
きっと10年もかからないうちに俺よりも強くなることだろう。将来が楽しみだ。
「俺も天才だと思うよ。だから俺の留守を預けられる訳だしな」
「あの年であそこまで戦える子をワシは見たことがない。だからふと考えるのじゃ。あの子はもしかしたら……いや、なんでもない」
「なんだよ気になるな。外れていてもいいから言ってくれよ」
「……すまん、忘れてくれ」
凄く気になるけど俺の経験上、爺ちゃんが言いかけた言葉を飲み込んだ時は絶対に喋ってくれない。言ってくれるとしてもそれは爺ちゃんや俺に何か変化があった時ぐらいだ。だから粘ってもしょうがない、諦めよう。
「分かったよ。じゃあ、そろそろ明日の移動に備えて休むとしよう。明日からもよろしくな爺ちゃん」
「うむ、風邪を引かぬよう暖かくして寝るのじゃぞ」
こうして俺たちはそれぞれの寝床へ戻る事となった。順調にいけば3日後の昼にはトゥリモに着くだろう。数日前にアイリスから手紙が来ていて俺たちがトゥリモに着くのと同じぐらいのタイミングでバッカスを出発すると言っていたから、さほど時間差も無く会えるだろう。
前回マナ・カルドロンに行った時は速度重視で移動したからトゥリモを北に迂回した形となり訪れることができなかった。だから初めて訪れるトゥリモが楽しみだ。爺ちゃんの言う通り暖かくして眠るとしよう。