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第39話 町興し




 カルドロン新聞社を辞めた私がシーワイル領のトゥリモに来てから早90日が過ぎようとしている。シーワイル領の皆は私のことを快く迎え入れてくれて『アイリスちゃん』もしくは『アイちゃん』と呼んでくれて、頼り頼られる関係を築けている。


 観光事業を中心にテコ入れしたトゥリモのスタートは好調で川下りを含めた渓谷ツアー、渓谷で暮らすホタルを増殖させて夜のトゥリモを彩る名物として進化させた通称トゥリモホタル、渓谷の壁面と吊り橋を利用したダイナミックな演劇など、どれもが大きく収益をあげている。


 特に演劇に関しては元盗賊団メンバーや聡魔そうまを役者として起用することで他国では絶対に味わえない迫力ある舞台が創りあげられて連日大賑わいだ。なお、1番の稼ぎ頭は意外にもゴブリンのカリーさんだという噂もある。


 人が多くなれば当然警備などが大変になるが、その点も元盗賊団、聡魔そうま、そして武器鍛冶・防具鍛冶で有名なワイヤーさん、ログラーさんの作った武具が役に立って安全が確保されている。


 他にも褒められるところは沢山あるけど挙げだしたらキリがない。そのどれもがこれまでゲオルグさんを中心に集まってきた各分野のスペシャリストが活躍することによって今のトゥリモができていると断言できる。


 ゲオルグさんの軌跡はお世辞抜きで輝いているように見える。そんな輝きの一部になれていたらいいのになぁ……と、ジャ―ナリストの私は願ってる。


 そんな忙しくも楽しい日々だけど千日英雄祭せんにちえいゆうさいの開催は残り約170日と迫っている。私は雪解けした夕暮れ時のトゥリモの中を駆けまわっていた。私が走っていた理由……それはゲオルグさんに届けたい資料があるからだ。


 私が勢いよくギルドの扉を開けると仲間たちと雑談するゲオルグさんの姿が目に入る。溶けこむように輪に入った私は挨拶もそこそこにゲオルグさんへ資料を渡す。


「ゲオルグさん、こちらの資料を見てください。新しいトゥリモに対する満足度を調査したアンケートです」


「どれどれ……おお! 随分と評価されているみたいだな。絶対にまた遊びに来るって意見がこんなにも多いとは」


「私も調査結果を見て凄く嬉しくなりました。ですが、同時に不安な点もあるんです。こちらの表を見てください」


 私はゲオルグさんに新バッカスとトゥリモの利益を比較した表を差し出した。ゲオルグさんは表情一つ変えずに表を見つめている。


「そうか、まだまだバッカスには敵わないな。新トゥリモのスタートから同じ期間で計算・比較しても100対65ぐらいの割合で負けていることになるな」


「そうなんです。だからこのまま逆転できなければ千日英雄祭でクレマンさんが1位になってしまうのではないかと不安なんです。何か別の手を打ってみますか?」


「いや、このままでいい。俺たちは充分戦えている。なんとかなるさ」


 ゲオルグさんの余裕は一体何なのだろう? 何か私にも教えていない秘策でもあるのかな? それとも負けてもいいと思っているのかな? 個人の戦いならともかく町同士の戦いなら発案者であるゲオルグさんは勝利に拘りそうな気がするけど……。


 グダグダ考えても仕方ないし、ゲオルグさんの言葉を信じることにしよう。


「分かりました。では私はいつも通り仕事をすることにしますね」


「よろしく頼む。あ、そうだ、アイリスは今、時間あるか? 今から吊り橋を渡って東側のトゥリモに行くんだが、一緒に来たら面白い記事が書けるかもしれないぞ?」


「面白い記事? 何か事件でも?」


「事件って程じゃないけど、どうやらクレマンが何の事前連絡もなくトゥリモの視察に来たらしい。折角だから領地運営に励む者同士、少し話でもしようと思ってな」


 ゲオルグさんとクレマンさんが一緒にいるところを見られるのは熱い! ゲオルグさんについて吊り橋を渡り、トゥリモの東入口近くの宿屋に到着するとロビーでくつろいでいるクレマンさんの姿があった。


 クレマンさんはゲオルグさんの姿を確認すると微笑を浮かべて近づく。


「久しぶりだな、ゲオルグ。噂によると僕に対抗してトゥリモの運営に尽力しているそうだな。以前よりも立派な観光地になったじゃないか、新バッカスに比べればまだまだだけどな」


「そりゃどうも。トゥリモはまだまだバッカスに及ばないのは事実だ。マナ・カルドロンの盗賊団にスパイさせるぐらい熱心なクレマン様を見習って俺も頑張らないとな」


 ゲオルグさんの怒りを乗せた皮肉を受けて一瞬、冷たい目をしたクレマンさんはすぐに表情を元に戻して肩をすくめる。


「……何を言っているのかさっぱり分からないな。僕が盗賊を利用していた証拠でもあるのかな?」


「やっぱりしらばっくれると思っていたよ」


 2人の間に火花が散っている……。ここにいるのが辛い空気感だ。今にでも胸ぐらを掴みだしそうな状況の中、先に視線を逸らしたクレマンさんが口を開く。


「ゲオルグはこのままトゥリモの運営を続けるつもりか? もう僕には勝てないだろう?」


「俺たちはまだ発展途上だ。それに個人的な勝ち負けで領地運営の責務を放り投げるはずがないだろ。俺個人の感情は二の次だ、勇者ってのはそういうもんだろ?」


「チッ、相変わらずの良い子ちゃんか。まぁいい、それより僕は客人だ、今から案内の1つでもしてくれよ」


「それが人に物を頼む態度かよ。とはいえ客人は客人だ、俺の次の予定が入るまでは案内してやる」


 ゲオルグさんは悪態をつきつつもクレマンさんと私を手招きしてトゥリモの中を歩き始めた。割り切るところはちゃんと割り切るところが真面目なゲオルグさんらしくて私は好きだ。


 クレマンさんは初めて直に見るトゥリモを前に驚いているように見えた。元々王族として施政の知識を叩き込まれてきた彼ならトゥリモがバッカスと相乗効果を生み出す形で魅力的な町であること、そしてまだまだ成長できる潜在的な力を秘めていることを感じ取っていたのだと思う。


 案内が続くにつれて険しい顔になっていくクレマンさんと真面目に淡々と案内を続けているゲオルグさんの図は中々シュールだ。記事にするのが今から楽しみだ。


 30分ほど案内を続けたところで突然足を止めたゲオルグさんは町の時計塔を見つめる。


「悪いなクレマン、案内はここまでだ。あとは他の者に頼んでくれ」


「そういえば次の予定が云々と言っていたな。領地運営の職務に戻るのか?」


「いや、爺ちゃんと修行だ。毎日、午前と午後で2時間ずつ修行をするのがノルマだからな」


「なっ……毎日4時間だと!? お前はそんなに修行をしている暇はないだろう! トゥリモ発展計画のトップなんだぞ?」


「皆が頼りになるから俺ががむしゃらに頑張らなくても平気なんだよ」


「だ、だが、それで僕との勝負に勝てると本気で思っているのか?」


「絶対に勝てる。俺の心配をするぐらいならバッカスの心配でもするんだな」


 ゲオルグさんは被り気味に断言してみせた。絶対的な自信を見せつけられたクレマンさんは拳を震わせながら「ふざけるな!」と叫んだけれど、既にゲオルグさんは背中を向けており、空き地の中心で立っているローゲンさんの方へと歩いていた。


 修行に移られたことで、いない者として扱われたクレマンさんは唇を噛みしめながらゲオルグさんの修行を見つめ始めた。私もやることがなくなったから暇つぶしに修行を眺めることにしよう。


 そこで私は信じられないものを目にする事となる。なんとゲオルグさんは目を瞑ったままコインを複数枚空高く放り投げ、その全てのコインを人差し指で突いて真っすぐ飛ばし、矢の如く岩壁に撃ち込んでいるのだ。


 戦闘に関して素人の私でもとんでもない技を見せられているのが分かる。勇者でありライバルでもあるクレマンさんが見れば受ける衝撃はもっと大きいはず。私が視線を向けるとクレマンさんの表情は悔しさを超えて怒りすら抱いているように見える。


「化け物め……だが、絶対に負けないぞ、ゲオルグ……」


 ぽつりと呟くとクレマンさんは私たちから離れていった。この後、クレマンさんがどこに行ったのかは分からないけど、トゥリモで姿を見かける事はなかった。


 ゲオルグさんの自信に満ちた返答と凄まじい修行、悔しがるクレマンさんの後ろ姿は両陣営の未来を暗示しているように思う。そんなことを考えながら私はゲオルグさんが修行を終えるまで眺めていた。










 時間は更に流れて千日英雄祭まであと90日まで迫っていた。気候もすっかり暖かくなってきた昼下がり、私がギルドの扉を開くと同時に中から大歓声が聞こえてきた。何事かと思い視線を向けると輪の中心にはゲオルグさんがいて町の皆から胴上げされている。


 私は入口近くに立っているスミルさんに問いかける。


「スミルさん、この騒ぎは一体なんですか?」


「あら、アイリスさん来てたのね。実はさっき各地の収益を掲載した新聞が届いてね。これを見て頂戴」


 私はスミルさんから渡された新聞に目を通す。そこには大きな文字で『観光地として大成功を収めたトゥリモ、遂にバッカスの収益を上回る!』と書かれている。確かに数値で見てみると15%ほどバッカスの収益を上回っている。


 ゲオルグさんの言っていた事が本当になったのだと震えが止まらない。彼を胴上げしているメンバーにはホークさんたち元盗賊団がいるし、マナ・カルドロンから導かれた私だって胴上げを眺めている。


 こんなにも短い期間で多くの仲間を作り、称賛され、敵を作らない勇者がかつていただろうか? 3国の中で圧倒的に弱小だったシーワイル領が今は1番注目を浴びている。


 感慨深く新聞を抱きしめているとスミルさんは「新聞を広げて」と言って別のページを指差す。


「このページも見て頂戴。飛躍の凄まじいシーワイル領はブレイブ・トライアングル全土から賞賛を受けて『ホビット賞』を頂けるらしいの。書状を受け取る孫の姿が見られるなんて私は幸せ者だわ」


 ホビット賞は短期間で目覚ましい成長を遂げた村や町に贈られる名誉ある賞だ。名誉があるぶん受賞するのは本当に難しく、ブレイブ・トライアングル全体でも13年ほど受賞した村・町はなかったはずだ。


 そんな賞をトゥリモだけではなくシーワイル領として受け取れるということはグリーンベルを中心に他の村・町の成長が評価されているということだと思う。


 私がシーワイル領に関わってきた期間はゲオルグさんの半分以下だけど、それでも涙が出そうなぐらい嬉しい。あの日、三聖剣祭さんせいけんさいでゲオルグさんと出会えて本当によかった。


 離れて見ているだけでは気持ちが抑えられなくなった私は胴上げを終えたゲオルグさんに近づいて彼の手を握って上下に振っていた。


「おめでとうございます、ゲオルグさん! これでもう千日英雄祭はゲオルグさんが1位確定ですね!」


「ありがとう、アイリス。自惚れるつもりはないが、ほぼ確実に千日英雄祭でクレマンを上回ることはできると思う。だが、俺にとっての本当の勝負はクレマンに敗北感を味合わせた先にあると思っている」


「敗北感を味合わせた先にある? それってどういうことですか?」


「う~ん、言語化するのが難しいな。まぁ40日後にトゥリモで行われるホビット賞の授賞式で分かってもらえると思う。その時には来賓としてクレマンもトゥリモに来るはずだから俺とクレマンのやりとりを傍で見ていてくれ」


「……分かりました。記者としても友人としても授賞式を楽しみにしています」


 記者である私が40日もお預けを喰らうのは堪らなくモゾモゾしてしまうけど、ゲオルグさんが真剣な眼差しでお願いしてきたから我慢しようと思う。


 授賞式の日に一体何が起こるのだろう? 楽しみと不安を混ぜ合わせながら私は当日を待ち続けた。





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