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第40話 腐った上昇志向




 俺たちのシーワイル領がホビット賞に選ばれたと報告を受けてから早40日が経過した。少し太陽の光が夏っぽくなってきた昼下がり――――トゥリモのギルド近くにある広場には各地の偉い人達が30人以上集まり、ささやかにホビット賞の授与が行われていた。


 書状の受け取りは本来ならトゥリモの町長がするべきだと思うが町長を含む周りの強い圧力の結果、俺が書状を受け取ることになり、式に集まった人々から発展を称える温かい拍手の雨が降り注ぐ。


 俺は式の数十分前にパウルから返してもらった聖剣を頭上に掲げて拍手に応える。こういうパフォーマンスは少し気恥ずかしい。だが町に手を加えると決めたのは俺だから多少は良い格好をしておかなければ。


 勇者という立場上、クレマンも授賞式に来ているようで何とも言えない顔で拍手している。ちなみに授賞式にボルトム王の姿は見当たらなかった。もし出会っていたら怒りを滲ませてしまっていたかもしれないからいなくて良かったと思う事にしよう。


 書状を受け取った後も偉い人達の眠たくなるような賛辞の言葉を聞き、幾つかの催し物を経てから終わりが告げられた。式自体は小さいものだったから片付けもすぐに終わって夕方前には広場にほとんど人がいなくなっていた。


 さて、授賞式も片付けも終わり、ようやく自由の身だ。俺は一旦アイリスと合流してからクレマンを探していた。理由はアイツと話したいことがあるからだ。


 すると意外にもクレマンも俺の事を探していたらしく、俺を見つけて駆け寄ってきた。


「ゲオルグ、お前と話したいことがある。どこか人のいないところで話せないか?」


「奇遇だな、俺も話したいと思っていた。アイリスが一緒でもいいか?」


「記者の女性か、好きにしろ」


 俺は広場から少し離れたところにある岩場へ2人を案内する事にした。店の中や開けたところで話をするよりも遮蔽物となる大岩が沢山あるところの方が落ち着いて話せると思ったからだ。


 クレマンは岩場に到着すると予想に反して開口一番賞賛の言葉を発する。


「改めておめでとうゲオルグ。悔しいが負けと認めざるを得ない。手段を選ばず勝利するつもりだったが、結果はお前の勝ちだ」


「手段を選ばず……か、ようやく自ら盗賊との関与を認めたか」


「僕は盗賊と関わったなんて一言も言っていない。だから公的に悪事を認めるつもりはない。お前だって僕を裁く証拠はないはずだ」


 相変わらずふてぶてしい物言いだが、それでもいつもと違う点がある。それは負けん気の無さだ。俺の勘だが今日のクレマンは完全に敗北を認めている表情に見えるし、捨て台詞すら吐かないと確信ができる。それぐらい声と態度に力が無い。


 そんなクレマンは純粋に棘の無い声色で俺に問いかける。


「ゲオルグは凄いよ。だからこそ聞きたいことがある。お前はどうして小さい領地で頑張るんだ? 最初から資金、人材、権力が集うゴレガードもしくはマナ・カルドロンの勇者として働き、偉い貴族たちと肩を並べた状態からスタートすれば良かったじゃないか」


「肩を並べるメリットってやつが俺には分からないな」


「同じぐらいの地位でスタートすればもっと楽が出来ただろうし、他の貴族との間に角も立たなかっただろう。それに派手に動くことだってできていたはずだ」


 嫌な貴族と同じグループで仕事なんかしたくない。そっちの方がよっぽど苦痛だ、と言ってやりたいがクレマンも貴族だから言葉は飲み込んでおこう。


 そんなことより気になるのは『派手に動く』というクレマンの言葉だ。俺は既に限界レベルで派手に動いているつもりだ。言葉の真意を聞いてみよう。


「派手に? どういう意味だ?」


「言葉通りの意味だ。勇者として働いた時に目に付きやすいのがゴレガードとマナ・カルドロンだ。それに位の高い仕事をしている人間が多いのも2国だ。ゲオルグが最初から僕と同じステージ、つまり2国のどちらかに所属する形で働いてくれていれば僕が実績面で負けても民衆の目には惨めに映らなかったはずだ」


「あ? なんでシーワイル領に負けたら惨めになるんだよ?」


「そんなの当たり前だろう。シーワイル領は農民を始めたとした程度もくらいも低い仕事をしている者が大半を占めているんだぞ? そんなところが急成長の果てに王族の僕を上回る施政を見せたんだ。僕の心証は悪くなる一方だ……」


 クレマンはあろうことか農業を『位が低い仕事』と言い、シーワイル領のことを『そんなところ』と吐き捨てやがった。この時、俺の心の中にある何かがプツンと切れる。


 気が付けば俺はクレマンの胸ぐらを掴み、今までにないレベルで声を荒げていた。


「ふざけるなッッ! 何がくらいだ! 何が心証だ!」


「な、な、なんだいきなり! 離せ! 何をそんなに怒っているんだ」


「人を守り、人を導く勇者であるお前が民を見下しているのが許せないんだ! くだらないプライドや印象を気にして一線を越えたことに怒ってんだッ! 王族だろうが勇者だろうが農民だろうが共に生きる者には敬意を払うものなんだよ。それなのにお前は息を吸うようにクソみたいな言葉を――――」


 俺が詰め寄っている中、クレマンの視線が不自然に横にずれて背中越しに何かを見つめた。その瞬間に俺は意識を戦闘に切り替えて後ろを振り返る。すると灰色の仮面を付けた男がナイフで俺に斬りかかろうとしていた。


 ナイフを持つ男の手首を掴んだ俺はそのまま地面に叩きつけると男は背中を打ちつけたショックであっけなく身動きがとれなくなった。よくよく男の仮面を見てみると20年前に黒陽こくようの横にいた部下と同じ仮面をしている、つまりクレマンお抱えの暗殺者であり護衛なのだろう。


 あくまで主の危機を救おうとして出てきただけなのだろう。仮面の男は身動きがとれないにも関わらず震える声で俺に要求する。


「ク、クレマン様に……危害を加えることは……許さん!」


 敵ながら大した忠誠心だ。そんな男へ応えるようにクレマンは光の回復魔術ヒールで回復してあげていた。そして近くの岩を背もたれにする形で男を座らせるとクレマンは俺に視線を向ける。


「護衛が急に斬りかかってすまなかった。僕が危ないと思って必死だったのだろう。これでも僕のかわいい部下なんだ。許してやって欲しい」


「そのかわいい部下とやらにスパイをやらせるのか? こっちはノース・スパイラルで危うく死にかけているんだぞ? お前のやっていることは勇者どころか人として終わっているんだよ」


 未だに怒りが収まらない俺が問い詰めると座っていた護衛が岩に手を置き、フラフラの足で立ち上がって訴える。


「誤解だ! 我々暗部がクレマン様から受けた指令はあくまで情報を盗むことだけだった。物品を盗み、ゲオルグ一同と交戦したのは私たちの独断だ。だからクレマン様のことを恨み、攻撃するのはやめ――――」


 闇に生きる者とは思えない弁護をみせていた仮面の男だったが、言葉の途中でクレマンが腕を水平にして遮った。そして改めて俺に問いかける。


「僕はいつもゲオルグの事を説教臭い男だと認識していた。だが、今日初めてお前が激怒する姿を見て思った。僕とは何か根本的に考え方が違っているとな。純粋に知りたい……僕とゲオルグの違いは何なんだ?」


 渇いて水を求めるかのようにクレマンは俺へ答えを求めている。今のクレマンはこれまでと違って変化の為の1歩を踏み出しているように見える。ならば俺が言える答えは何だろうか? 上手く綺麗な言葉は出てこないけど、率直な言葉を伝えてみよう。


「勇者っていうのは皆を愛し、敬意を払い、私利私欲を抑えて誠実に生き、筋を通す存在だと思ってる。俺も未熟なりに頑張ってるつもりだ。だが、クレマンはどうだ? 本来、人間には上下なんて無いというのにお前には差別意識がある。それに周りを踏み台にする腐った上昇志向だって持ってやがる。真逆の生き方をするお前を勇者だと認めるつもりはない」


 伝えたい事と言ってやりたい事を混ぜ合わせてぶつけてやるとクレマンは瞼を痙攣させながら聖剣グラムの切っ先を俺に向ける。


「差別的? 腐った上昇志向? ふざけるな……撤回しろッ!」


「図星を突かれたから剣で黙らせるってか? だが、剣を向けられようと俺は撤回する気はない。喧嘩を売られた以上こっちも本気を出させてもらうぞ? 心を折られる準備はいいか?」


「勝ちを確信した物言いをやめろ! 僕は三聖剣祭さんせいけんさい以降、猛特訓を積んできたんだ。力でゲオルグを超えてやる!」


 覚悟と恐れと負けん気を声に乗せたクレマンはアイリスに離れるように伝え、護衛を離れた位置に運び終えてから再度聖剣を構える。傍から見ればくだらない戦いかもしれないが俺とクレマンは一度本気で気持ちをぶつけ合うべきだと思う。


 さあ、始めるとしよう、馬鹿馬鹿しい兄弟喧嘩を。





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