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第42話 千日英雄祭




 クレマンから貰った手紙を自室の棚にしまった俺はいつも通りギルドの中で指示を出す仕事をしていた。一区切りついたところでそろそろ休憩しようと席に座ったまま背筋を伸ばしていると隣の席にローゲン爺ちゃんが座って声を掛けてきた。


「おはよう、ゲオルグ。昨日の戦いは中々見応えがあったのぅ。手荒くも思いやりに満ちたゲオルグらしい激励じゃったな」


「げっ! また覗き見してたのかよ爺ちゃん。まぁ別にいいけどさ。ところで爺ちゃんから見た俺の新技はどうだった?」


「うむ、氷炎鬼ひょうえんきもゼロ・ナックルも合格点と言っていいじゃろう。だが、氷炎鬼ひょうえんきは想像していたよりも燃費が悪そうじゃ。実戦では10分以上使わない方がいいだろう」


 爺ちゃんの言う通りだ。クレマン戦で使った時は1撃しか放っていないから息切れはしていないものの短時間でも肉体と精神のざわめきが半端じゃなかった。これからも修練を続けて体に馴染ませなければ。


 それに修練だけじゃなくて体力を回復させる魔術『エナジーヒール』を使える者を増やした方が良さそうだ。戦争の際に戦闘力が高くない者は無理に前線に出ないで俺のサポートをしてもらった方がいいと思えるからだ。このあたりの計画も追々立てていくとしよう。


 それから俺たちは細かな改善点を話し合った。そろそろ休憩を終えようかと思っていた俺だったが爺ちゃんは更に話を続ける。


「そういえばクレマンの戦いっぷりも見事なものじゃったな。特に魔術に関してはな」


「確かに体術も魔術もヒヤリとする攻撃だったな」


「いや、ワシが評価したいのはゼロ・ナックルに対する防御の方じゃ」


 あの時ゼロ・ナックルを受けたクレマンは聖剣を砕かれ、なおかつ壁まで吹き飛び、一時的に立ち上がれなくなっただけのはずなのだが……。俺が言葉の意味を問いかけると爺ちゃんは両手で三角形を作ってみせた。


「クレマンは攻撃を受ける瞬間に威力が少しでも分散する風を発生させておったのじゃ。結果、彼の斜め後方には風により2本の筋ができておったし、壁に激突する時も背中に風を作ってクッションにしておった」


「そうだったのか……全然気が付かなかった」


「お前は興奮していたし、クレマンも無意識でやってみせたと思う。気付くことができなかったのはまだまだ氷炎鬼ひょうえんき状態で落ち着けていないということだ。クレマンに負けぬよう精進するのだな。彼は既に殻を破ろうとしておるぞ」


「殻?」


「うむ、クレマンの剣筋と体術を見る限り恐らく彼は勇者らしい戦闘に拘っていたと推測する。つまり剣に重きを置き、剣で勝つということじゃな。だが、クレマンは本来魔術に才能が偏っている珍しいタイプの勇者じゃ。ゲオルグとは真逆じゃのぅ」


 それから爺ちゃんは俺を含む現代の3勇者と過去の勇者たちについて語り始めた。どうやら歴代の勇者たちは基本的に剣と魔術どちらの才能にも優れている者ばかりだったらしいが、それでも大半の者が剣に重きを置いていたらしい。聖剣という無限に修復できる武器があるのだから当然と言えば当然かもしれない。


 だけど爺ちゃんは『聖剣は魔力・魔術を強化する力もあるのだから魔術杖のような使い方もできるはずじゃ』と熱弁している。そのうえで昨日のクレマンが途中から拘りを捨てて魔術攻撃に切り替えたことを爺ちゃんは褒め称えていた。


 続けて爺ちゃんはパウルのことを物理と魔術に優れたバランス型の勇者と褒め、そのうえで『物理のゲオルグ、魔術のクレマン、バランスのパウル、互いの長所・短所を補いながら手を取り合って邁進していくがよい』と温かい言葉をかけて去っていった。


 クレマンは戦闘面でも精神面でも一皮むけたんだ、俺も負けてはいられない。約50日後に行われる千日英雄祭で再びクレマンと会うことになるだろう。


 クレマンが心変わりしたから、もう俺が千日英雄祭で1位になる必要はないけれど折角の晴れ舞台だ、その時までに俺もやれることをやっておこう。







 それからも俺は10日……20日とトゥリモを中心に働き続けた。千日英雄祭までは変わり映えの無い生活が続くだろうと思っていたけれど、その予想は西トゥリモのギルドに届いた新聞によって良い意味で裏切られる事となる。


 新聞にはクレマンの最近の活動が書かれており、その内容に俺は驚かされる事となった。なんと新バッカスばかりに注力していたクレマンが他の様々な仕事に手を付け始めたのだ。


 具体的には3国に存在する貧民街の視察と調査。マナ・カルドロンの魔術学院に頭を下げてゴレガードに魔術指導員を招致しつつ魔術兵団の創設。ゴレガードとマナ・カルドロンの間にある街道整備の予算を減らし、代わりに貧民や魔物被害にあった民へ支援金を給付……などなど20日程度とは思えない仕事っぷりをみせていた。


 特に魔術兵団の創立は凄い事だと思う。記事によると肉体的強さに優れない者、高度な教育を受けられない者にも魔術教育を受けてもらうことで輝ける場所を提供したい思いがあると書かれている。特に戦場で傷つく兵士たちを癒す治癒魔術師を多く確保したい狙いも記されている。


 立派な事だし俺も賛成だがゴレガードは長年『要塞都市』と呼ばれ歩兵、騎馬兵、弓兵など物理的な戦いに美学を求めてきた国だ。イメージが崩れるからきっと貴族を中心に多くの反対が起きた事は予想できる。それでもクレマンは民のことを考えて勇者として意見を貫いたわけだ。


 クレマンの変化を去年の俺に伝えても絶対に信じてもらえない事だろう。改めて思う、アイツは本当に変わったんだと。


 クレマンの変化を噛みしめつつ時間は更に流れる。新聞が来るたびにクレマンの活躍を喜び、定期的に来るクレマンからの手紙で施政について情報交換したりと求めていた勇者同士の繋がりを感じながら俺たちは千日英雄祭当日を迎える。





 秋になり少し涼しくなってきた昼のマナ・カルドロン中央区域に到着した俺はパウルやエミーリアをはじめとした数名の仲間を連れて千日英雄祭の会場である闘技場に足を踏み入れた。


 闘技場と聞くと物騒ではあるが厳密に言えば元闘技場であり、現在では中央の武舞台と円形の客席を活かして様々な行事の場として利用しているらしい。


 俺たちが闘技場に入った時点で既に3万人以上が集まっており、闘技場内外問わず歓声をあげて盛り上がっている。俺たちはマナ・カルドロン側が用意してくれた席へと座り、様々な催し物を楽しんだり、時々外に行って出店で食事をしたりして祭りを存分に楽しんでいた。


 そんな楽しい時間が過ぎるのはあっという間で気が付けば千日英雄祭も終わりが近づいていた。


 ここまで司会を務めていた道化師メイクの青年が舞台の上で「それでは最後にブレイブ・トライアングルで1番の人気者を決める3国コンテストを開催いたします!」と宣言し、20位から順番に各国の有名人たちが舞台の上に呼ばれ始めた。


 各国の有名人たちは笑顔で手を振り舞台へと上がっていく。自惚れるつもりはないが俺も呼ばれるだろう。心の準備をしていると司会の道化師は意外な名を口にする。


「続けて7位と6位を発表しちゃいますよ~~。7位は人間だけではなく魔物の心まで掴んだ勇者候補パウル! そして6位は知性と美貌と慈愛を兼ね備えたシーワイルの女神エミーリアだぁぁ!」



――――おおおぉぉ!



 観客は少し驚きつつも納得した表情で温かい笑顔を浮かべて拍手している。一方、エミーリアは今までに見せたことがないほど目をかっぴらいて驚いていた。


 パウルは「なんで1位じゃないんだよぉぉ!」と清々しいぐらいの自己肯定感をみせているが、エミーリアは両手で口を抑えたまま呆然としている。


 医者であり薬学者でもある裏方寄りのエミーリアが選ばれた事実に俺も驚いたけれど、よくよく考えてみれば司会の言う通りエミーリアの総合力は高い。


 最近はグリーンベルとトゥリモを行き来して人に顔を覚えられる機会も増えていた分、可愛い彼女の噂が広まるのも無理はない。


 俺は「おめでとうパウル、エミーリア。いってらっしゃい」と言い、2人を見送った。その後も名前が呼ばれていき、遂に残すは2位と1位だけとなった。


 俺は最近特に頑張っているクレマンが1位になってくれないだろうかと神様に祈った。しかし……


「それでは2位と1位の発表です! 2位は最近、目覚ましい活躍を見せ、民に寄り添う若き先駆者クレマン! そして栄えある1位は逞しい心身で民を魅了し、シーワイル領のポテンシャルを開花させた男……開拓者ゲオルグだぁぁッッ!」


 その願いが叶うことはなかった。





――――ワアアアアァァァァァ!!!




 頭がクラクラするほどの大歓声が俺とクレマンに降り注ぐ。気恥ずかしさが嬉しさを上回っているが舞台に行かない訳にはいかない。少し離れた席に座っているクレマンと目線を合わせて頷き合った俺は客席を降りていき舞台に立った。


 この後、司会からインタビューされたり聖剣を掲げて客を喜ばせたりしたような気もするが緊張していたから正直あまり覚えていない。


 だが、クレマンがインタビューで答えた『ゲオルグがいたから勇者になれた』という言葉だけは一生忘れる事はないだろう。




 こうしてコンテストを終えて千日英雄祭の終わりを迎えた俺たちは他の客たちと共に闘技場を後にする。外に出てからは民衆から握手を求められたり対応に追われることになり、30分ほど経ってからようやくゆっくりできるようになった。


 今度から人が大勢いるところを歩く際は変装した方がいいのかもしれない……などと考えていると同じく対応に追われていたクレマンが俺に声を掛ける。


「お互い大変だったなゲオルグ。ん? 隣にいたパウルと医者の女性……あー、エミーリアだったか? どこにいったのだ?」


「ああ、俺がずっと対応に追われていたせいか5分前ぐらいに帰っちゃったよ。2人とも頬を膨らませて不機嫌だったからよっぽど退屈だったんだろうな、ハハ」


「パウルは多分、退屈だからじゃなくてゲオルグの人気っぷりに嫉妬していたのだと思うぞ。僕もマシになったとはいえまだまだ負けず嫌いは治ってないから気持ちは分かる。ただ、エミーリアに関しては表情を見る限り恐らく別の意味で嫉妬……いや、なんでもない」


 別の意味で嫉妬という意味がよく分からない。俺が他国に引き抜かれるとでも思ったのだろうか? もしそうなら全く心配する必要なんてないというのに。


 パウルに関しては多分寝ておきたら忘れているから放っておいてもいいだろう。それよりも感心したのはクレマンだ。奴の口から自然と『マシになったとはいえまだまだ負けず嫌いは治ってないから気持ちは分かる』なんて言葉が聞けるようになるなんて思わなかった。


 自分の悪い点を認めて口にできる時点で相当成長したことの証明になる。ここは軽くフォローしておこう。


「誰だって負けず嫌いなもんさ。もちろん俺もな」


「戦いに身を置く者はそんなものだよな。以前の僕みたいに拗らせなきゃいいだけの話なのだよな。父上には今の僕の気持ちを中々理解してもらえないけどさ」


「ボルトム王は今のクレマンのスタンスが気に食わないのか?」


「全否定している訳じゃないけどな。ただ、父上はやっぱり僕に覇王と呼ばれるような男になってほしいみたいなんだ。どっしりと構えて欲しいわけさ。色々なところに頭をさげて走り回ってる今の僕は気に入らないらしい。まぁ父上にどう思われようが構わないけどさ」


 ボルトム王は大人しくなったとはいえ根っこの部分は変わらないようだ。生まれもって王の道を歩む人間はそういうものなのかもしれない。そういえば王と言えばルーナスは最近どうしているのだろうか?


「話を変えて申し訳ないが最近ルーナスはクレマンに接触してきているのか?」


「頻度はかなり減っているよ。1番多い時は30日に1回ぐらいの割合で来ていたのに最近だと……約250日前と約20日前に来たぐらいだな。20日前に接触された時は奴の様子が見るからにおかしくて正直驚いたよ」


「様子がおかしい?」


「ああ、目に見えてやつれていたんだ。しかも、会って一言だけ『クレマン君が元気そうで一安心だ』と言い残して去っていったんだ」


 ルーナスは魔王のくせに勇者のファンを名乗る訳の分からない奴だ。だから百歩譲って俺たちが元気な事を喜ぶのは理解できる。しかし『元気そうで一安心』という言葉が気にかかる。


 『元気そうで嬉しいよ』なら分かるが『一安心』という言葉を使われると元気であることが必要条件であるかのように感じるからだ。ジニアが言っていたルーナスの不調もろもろ気になるところだ。


「このまま勝手に魔王ルーナスが自滅してくれればいいが、そうなるとは思えない。お互い気を引き締めていこう」


「ああ! 僕たち勇者3人で必ずや魔王を倒そう!」


 俺とクレマンは力強く頷き合い、それぞれが泊まっている宿屋に歩き出した。楽しい祭りも終わった事だし明日からは再び勇者としてバリバリ働くとしよう。





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