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第43話 巨大生物




 千日英雄祭せんにちえいゆうさいから早20日――――トゥリモでの仕事に区切りをつけた俺はグリーンベルに戻って仕事をしていた。


 自分で言うのもなんだが大きな仕事をやり遂げたと思う。だからしばらくはグリーンベルにこもってゆっくり仕事をしようと思い、ギルドの中で書類を眺めていた。しかし、穏やかな昼下がりの時間は勢いよく扉を開けたアイリスによって崩壊する。


「ゲオルグさん、大変です! 良いニュースと悪いニュースが届きました!」


「……じゃあまずは良いニュースから教えてくれ」


「分かりました。良いニュースはシーワイル領の人口が遂に1万人を突破したというニュースです。トゥリモの発展を経て更に有名になったようですね。シーワイル領の1万人越えは史上初だそうです」


「それはホントに良いニュースだな。悪いニュースが無ければパーッと一杯やりたいところだ。で、悪いニュースというのは?」


「……現在、ゴレガードの南にある湖が大量の魔物に襲われたそうです。しかも、大群の中には超巨大な魔物が2体存在したらしく、クレマンさんがやっとの思いで撃破したそうです。詳しくはこちらの手紙を読んでください」


 俺はアイリスから手紙をもらい早速封を開く。手紙には具体的な被害状況が書かれている。どうやら湖の名称はそのままゴレガード南湖と呼ばれているらしく、ゴレガード王国全体の3割近い水を賄っているらしい。


 魔物の大群は何故かゴレガード南湖だけを執拗に狙い続けてきたらしく、奇妙なことに怪我をした魔物たちも逃げることなく湖に入ろうとしてきたらしい。


 結果的に大量の魔物の死骸が湖に浮かぶことになってしまい今は浄化作業に追われていて手が足りていないようだ。


 浄化をするなら聖剣が1番優れている。ゴレガード民の生活を守るという意味でも俺がゴレガード南湖に行って浄化作業に注力したいところだが気になるのは魔物たちの動きだ。まるで命に代えてでも湖を汚してやるという気迫を感じる。


 魔物は聡魔そうまより狂魔きょうまの方が圧倒的に多いから恐らく今回の襲撃もジニアの時と同様に無理やり動かされたのだと思う。ジニアはそう遠くないうちに攻撃を仕掛けると言っていたから尚更だ。


 改めてクレマンが成長してくれて本当に良かったと思う。もし、クレマンが腐ったままだったら今回の襲撃に耐えられなかった可能性だってあるだろう。とはいえ頼もしいクレマンも体力が無限にあるわけではない、早く助けに行かなければ。


 早速俺は町の主要メンバーを呼んで事情を伝えた。全員から緊張感が伝わってくる。


 魔物たちの襲撃が1回とは限らないからシーワイル領もある程度防御を固めておいた方がいいだろう。俺はパウルやローゲン爺ちゃんを中心とした腕の立つ者がグリーンベルに残って欲しい旨を伝えた。そしてグリーンベル内で浄化・回復魔術が使える40名の人間の中から20名選出してゴレガード南湖に向かうよう指示を出した。


 大きな湖の浄化だからもっと人数を連れて行きたいけれど光属性魔術の使い手自体が他の属性に比べて少ない傾向にある。それにグリーンベルにも治癒魔術師を残しておかなければならないから仕方ない。


 それぞれの配置が決まったことだし後は移動するだけだ。俺はギルドの外に出て馬に乗りこむ。すると急いで駆けてきたエミーリアが俺に声を掛ける。


「ハァハァ……ごめんなさい、私も連れて行ってもらえませんか?」


「どうした、何か気になることでもあるのか?」


「私は浄化魔術も回復魔術も使えますし、薬学者の経験を活かして汚れた湖の水質を調べることもできますから。それに……」


「それに?」


「いえ、何でもありません。構いませんよね?」


「分かった。じゃあエミーリアもついてこい」


 エミーリアが何か言いかけていたのが少し気になる。それに表情もどこか思いつめているように見えた。グリーンベルを出発し、移動中もそれとなく探りを入れたけれど結局エミーリアが何を考えているのか聞き出すことはできなかった。


 1日、2日と時間は流れ……手紙を受け取ってから3日目の昼、ようやく俺たちはゴレガード南湖へ辿り着いた。少し標高が高いところにあるゴレガード南湖は本当に大きく、周りの背の高い木々も相まって自然の壮大さを感じる事が――――本来ならできていたのだろう。


 俺の視界には湖の内側と外側に倒れ、浮かんでいる大量の魔物が目に入る。湖の色も薄紫色になって毒々しく、足を踏み入れたくないのが正直なところだ。


 俺とエミーリアが言葉を失っていると後方から「おーい! ゲオルグ!」と俺の名を呼ぶ聞き覚えのある声が飛び込んだ。後ろを振り向くと立っていたのはやはりクレマンだった。少し疲れた顔をしているものの逞しい笑顔を浮かべている。


「来てくれて感謝する。浄化作業に移る前にお前に見て欲しいものがあるのだが……ん? 貴女は確かエミーリアだったな。千日英雄祭もそうだがゴレガード城内でも何度か見かけたことがあるぞ」


 横にいる彼女の存在に気が付いたクレマンが声を掛けるとエミーリアは俯いたまま小さい声で挨拶を返す。


「はい、城内医師としてお世話になっていました。覚えておいてくださり光栄です……」


 何故だろう、エミーリアにしては愛想が無い気がする。いつもの彼女なら自己紹介の後に話題の広がる返答をしそうなものだが、王子だから緊張しているのだろうか? それとも未だに俺へ牙を剥いていた時のイメージが拭えないのだろうか? もしそうならクレマンは本当は良い奴だということを時間をかけて教えていかなければ。


 クレマンも微妙な空気を察したのかエミーリアから視線を外すと遠くに置いてある大布を掛けた物体を指差した。


「で、話を戻すがゲオルグたちに見て欲しいものはアレだ。あの大布の下に隠れているのが手紙で言っていた超大型の魔物だ。ついてきてくれ」


 俺はクレマンのあとをついていき大布の前で停止する。既に死んだ魔物とはいえ全長が俺の身長の10倍はあるように見えるから正直緊張する。クレマンの部下の兵士たちが大布を捲って現れた魔物を見て俺は言葉を失う。


 なんと白い熊型の魔物イエティ――――が、20体以上癒着して超巨大な人の形を成しているおぞましい化け物だったのだ。イエティ同士が結合している部分はジェル状になっていて見ているだけで気分が悪くなってくる。


 イエティは単体でもそこそこ強い魔物だが、それが20体も合体したのなら相当手強い相手だったのではなかろうか? 俺は「よくこんな化け物を倒せたな」と褒めるとクレマンは首を横に振る。


「褒めてもらって悪いがイエティの集合体は自滅したんだ。勝手に湖に入って窒息したと言うのが正しいかな」


「自滅ってことか? そんな馬鹿な……。そもそも集合体は湖まで来ることは出来たんだろ? そんなヘマをするようには思えないが……」


「端的に言えば戦闘態勢に入った約20体のイエティがバラバラに動こうとしたんだ。右脚は前に進もうとするが左足は下がろうとする……そんな感じにな。結果、集合体は酔っ払いのようにフラついて湖に落ちて窒息死したわけだ」


 イエティは知恵の無い狂魔きょうまではあるが狂魔きょうまにだって本能があり個体差もある。クレマンたち人間を前にして戦う意思を持ったイエティもいれば撤退しようとしたイエティもいたのだろう。


 集合体には意思統一をするリーダー個体、もしくは強制的に他個体を制御するボス個体を作り出せないのかもしれない。だが、クレマンの手紙では確か、もう1体だけ超巨大な魔物がいたはずだ、結論を出すのはまだ早い。


 俺はもう1体の方も見せてほしいとお願いするとクレマンは歩き出して新しい大布の前で止まり、兵士たちと共に大布を捲った。俺はイエティ集合体の時と同じように魔物がくっ付いた状態で現れるかと思ったが予想は外れる事となる。


 俺の目の前には木人もくじん改めトレントと呼ばれる人間サイズの歩く樹の魔物がバラバラに分離されて息絶えていたのだ。注意深く見てみるとトレントの表面はイエティと同様に癒着していた跡は見えるものの枝や幹が千切れている様子はない。まるで結合状態から結合前に時間を巻き戻したかのようだ。詳しく聞いてみよう。


「なあ、クレマン。どうしてトレント集合体の方はイエティ集合体と違って綺麗にバラバラになっているんだ?」


「詳しい理屈は分からない。だが、僕がトレント集合体の攻撃を掻い潜って剣を突き立てた時、剣先が何かを砕いたような感触があった。その直後にトレントはバラバラになったんだ。だから集合体には恐らくコアのようなものがあって破壊すればバラバラに出来るのだと思う」


 弱点が分かったのはいいが今後集合体が頻繁に現れようものなら堪ったもんじゃない。イエティと違ってトレントは統一された動きをしていて苦しめられたようだし2体の動きの差があった点も気になるところだ。


 その後も俺たちは集合体について話し合った。結果、俺たちは集合体のことを合成獣キメラと呼ぶことに決めた。叶う事ならもう2度と俺たちの前に現れないで欲しいものだ。


 合成獣キメラは放っておけばそのうち完全に腐ってしまうだろう。その点を考慮して一旦エミーリアには合成獣キメラの死体の調査に専念してもらうことにし、死体の一部は氷魔術で冷凍保存することに決め、俺とクレマンと他の治癒魔術師たちは湖の浄化に当たる事となった。


 巨大な湖だから浄化に何日かかるか見当もつかない。だが、ゴレガードの生活を支える大事な湖だから気合を入れて頑張るとしよう。





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