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第44話 悲報




 ゴレガード南湖に到着してから5日目の夕方――――クレマンや他の治癒魔術師たちと浄化作業に当たる中で1つ大きなことに気が付いた。それは勇者と治癒魔術師の浄化量の差だ。


 治癒魔術師の皆には悪いが、やはり聖剣の浄化量は圧倒的で俺とクレマンだけで治癒魔術師500人相当の浄化ができているのが現状だ。


 俺が到着する前に浄化量の差に気付いていたクレマンは俺に事実を伝えたあと、少し申し訳なさそうな顔で治癒術師の皆に『浄化魔術ではなく僕とゲオルグに体力回復魔術エナジーヒールをかけて欲しい』とお願いしていた。結果的に浄化効率は格段に上昇する事となった。


 エナジーヒール自体は消費魔量に対して体力の回復量が少ない魔術だ。しかし、流石に何十人もの治癒魔術師から直接体に触れてもらう形でエナジーヒールを掛けてもらえば2,3割程度は体力回復できた感覚はある。


 彼らを燃料の用に消費するのは心苦しいが浄化にせよ戦闘にせよ力の差がありすぎるのは仕方がないことなのかもしれない。


 合成獣キメラと再度戦うことがあれば強い個でコアの破壊を狙わなければならない時もあるだろう。その時もエナジーヒールに専念してもらうことになるかもしれない。浄化作戦が落ち着いたら色々今後の計画を練るとしよう。


 そんなことを考えながら疲弊した体で浄化を続けていると少し離れていた位置で浄化をしていたクレマンが俺のところへ駆け寄ってきた。


「ゲオルグ、嬉しい知らせだ。後数時間もすればゴレガードから追加の治癒魔術が到着するぞ」


「なに? ゴレガードの治癒魔術師は今、ここにいる人たちだけじゃないのか? 光属性魔術の使い手は割合的に少ないというのに……よくそんなに集まられたものだな」


「そのことについてだが実は最近とんでもない事実が発覚したんだ。それは闇属性以外の5属性でエナジーヒールを使えるというものだ」


「え!? それが本当なら何百年に1回レベルの大発明だぞ? どういう原理なんだ?」


 俺が問いかけるとクレマンは属性ごとのエナジーヒールについて語り始めた。どうやら魔術を突き詰めていけば火属性なら熱の付与による自己治癒力の活性化、水属性ならエネルギーを凝縮した泡を人体に沁み込ませるなどなど、あらゆる方向から疑似エナジーヒールが放てるらしい。


 この情報は今後魔王ルーナスの軍勢と戦う上で大きなアドバンテージとなりそうだ。だが、各属性のエナジーヒールを知ったことで新たに浮かび上がる疑問がある。それは……


「どうしていっぺんに各属性のエナジーヒールを発見できたんだ? 新しい魔術なんて1つ見つけるだけでも大変なのに」


「落ち着いて聞いてほしい。実は全属性のエナジーヒールは元々マナ・カルドロンが見つけていたんだ。だが、マナ・カルドロンのトップは存在を隠し続けた。理由は分かるか?」


「まさか、自国の利益を優先する為に自分たちだけで使おうとしたって事か? そんな馬鹿な……軍備においては3国が手を取り合わなければいけない時代なんだぞ? 新魔術・新技術を発見したらすぐに公表するのが筋だろうに……」


「ああ、全くもってその通りだ。僕はバッカスを含めたマナ・カルドロン全体と関わっているうちに新魔術の情報を掴んで元首を問い詰めた。すると元首はあっさりと認めた後に悪びれもせずにこう言ったよ『お金を頂ければ魔術の使い方を公表しますよ』とな」


 それからクレマンはゴレガードの国庫金を使って元首からエナジーヒールの会得方法を教えてもらったと語った。もちろん本当は金なんか払いたくなかったはずだ。それでも金を払ったのは交渉や揉め事で時間を浪費するのがブレイブ・トライアングル全体の損失になると考えたからだろう。


 クレマンの決断を尊敬すると同時にマナ・カルドロン元首の自己本位に腹が立つ。ルーナスの率いる魔物群に負ければ金を使う間もなく命を失うというのに。頑張ってくれたクレマンに応える為にも後日、シーワイル領からゴレガードに幾らか資金援助をするとしよう。と言ってもゴレガードは元々大国だから大した支援にはならないかもしれないが。


 そんなことを考えながら浄化を続けているとクレマンが呼んだ追加の治癒魔術師が到着し、実際に各属性のエナジーヒールを披露してくれた。光属性のエナジーヒールとほとんど変わらない体力回復は俺とクレマンの体に喝を入れて浄化のスピードを早めてくれた。


 これは素晴らしい、後日クレマンに魔術教師を派遣してもらえるよう頼んでみる事にしよう。


 エナジーヒールを受けながら浄化に励んでいると気付けば時刻は夜になっており、今日はもう休むことになった。俺はテントの中で横になっているとエミーリアが中に入ってきた。


「お休み中にごめんなさい。合成獣キメラについて分かったことがあるので少し話せませんか?」


「ああ、大丈夫だ。で、分かったことって?」


合成獣キメラを構成する魔物は癒着していたわけですが、その癒着部分を解析してみた結果、キノコやカビに近い性質だと分かりました。キノコやカビは周囲の有機物を吸収して成長しますし、特定の菌類なら植物や昆虫を取り込んで巨大化して最終的に宿主を完全に消化する個体もいるんです」


「寄生の果てに存在そのものが変化・進化する感じか。なら結局は寄生元であるコアを破壊するしか手は無さそうだな」


「いえ、それがそうとも限りません。こちらの資料を見てください」


 そう言うとエミーリアは俺に10枚以上ある資料を見せてくれた。難しいことが書かれていて俺にはさっぱり分からないが最終ページの結論によると『沢山の生命を合体させていることで生命維持が困難になっている』と書かれている。エミーリアの推測では合成獣キメラの命は持って数日とのことらしい。


 となるとルーナスやジニアたちが合成獣キメラを派遣したならば奴らは同族である魔物の命をなんとも思っていないことになる。今更驚きはしないが自爆行為の強要みたいなものだからやっぱり気分が悪い。


 一応、持久戦に持ち込めば合成獣キメラを倒せることは分かったものの元々特攻に近い形で攻めてくるのが合成獣キメラだからあまり有効な弱点では無さそうだ。


「ありがとうエミーリア。合成獣キメラに対する理解が深まったよ。それじゃあ俺はそろそろ寝るよ。エミーリアも温かくして寝るんだぞ」


「あ、待ってください、まだ話したいことがあるんです。それは癒着部分の物質についてなのですが、恐らくブレイブ・トライアングルの歴史上発見された事のない粘性物質なのです。同様にコアもガラスに似た未知の物質でした」


「発見された事がないのならルーナスがオルクス・シージ内で見つけたものかもしれないな。どちらにしても合成獣キメラの解析と合成獣キメラで湖を攻めてきた理由を探るのが重要になりそうだ。お互い、頑張ろうな」


「はい! では、そろそろ失礼しますね」


 少しずつではあるが情報が増えてきた。あとは浄化を終わらせてから3国に連絡を送り、ブレイブ・トライアングル全体で大きな会議を行いたいところだ。


 先の事を考えながらテントの天井を見つめていた俺はいつの間にか眠っていた。







 翌朝、しっかり体を休めた俺は今日も変わらず浄化作業を進めていた。かなり湖が綺麗になってきた夕方頃、クレマンが俺に声を掛ける。


「エナジーヒールを使える者が増えたこともあり順調すぎるぐらい順調だな。恐らくあと2時間程度で完全に浄化は完了するだろうな」


「ああ、そうだな。マナ・カルドロンが最初から技術共有をしてくれていたら今頃もっとエナジーヒールの使い手が増えていて更に楽ができていたんだけどな」


「違いない。今後、再びマナ・カルドロンが情報を隠さないとも限らない。ゴレガードの王子としても新バッカスの責任者としてもしっかり元首たちを監視してお――――」



――――クレマン様ぁぁっ! た、大変です!



 俺とクレマンの会話を遮るように突如青年兵士の声が割り込んだ。彼は馬を急いで走らせてきたことが目に見えて分かるレベルで汗を掻いている。息を整えた兵士はマナ・カルドロンの印が刻まれた手紙をクレマンに渡し、信じられないことを口にする。


「申し上げます! 2日前、突如現れた魔物の大群によりマナ・カルドロンが陥落してしまいました!」





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