目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第45話 緊急勇者会議




「申し上げます! 2日前、突如現れた魔物の大群によりマナ・カルドロンが陥落してしまいました!」


 マナ・カルドロン陥落――――その知らせは湖にいる人間全員を黙らせるには充分な衝撃だった。手で頭を押さえたクレマンはふらつく足をなんとか踏ん張り兵士に詳細を尋ねる。


「……被害状況を詳しく教えてくれ」


「分かりました。まず死者の数ですが推定で5000人を超えています。マナ・カルドロンの北端と西端だけが僅かに攻め込まれず残っているものの、それ以外は魔物の住処と化してしまいました……。現在、生き延びた者たちは難民として他国へ移動しています」


 その後も兵士は魔物の群れを率いるガーゴイル改めジニアが上空にいたこと、ジニアが「私たちの作戦勝ちです」と叫んでいたこと、魔物群はマナ・カルドロンの東側にあるオルクス・シージから攻めてきたことを教えてくれた。


 マナ・カルドロンはシーワイル領よりもずっと人口が多いとはいえ死者5000人はあまりに多過ぎる……もしシーワイル領で5000人が亡くなったとすれば領民の半分を失うことになるのだから。最近のマナ・カルドロンは他2国と比べると防衛に力を入れていなかったから今回の敗戦に繋がったのかもしれない。


 一方、シーワイル領は元々魔物に襲われやすい領地だったうえに俺が介入したことで防衛力は大きく高まった。そしてゴレガードも昔から要塞都市と呼ばれるぐらい防御に長けているし、最近ではクレマンの活躍も相まって強固さを極めている。


 だからマナ・カルドロンを狙うのは理にかなっているのかもしれないが、それにしたって運が悪すぎる。せめて俺とクレマンがすぐに駆け付けられる場所にいたならば戦況を変えられていたかもしれないのに。


 どうにもならない悔しさに震えているとクレマンは突然ハッとした表情を見せてから湖に視線を向ける。


「そうか、そういうことだったのか……。今、ようやく分かったよ。ジニアが言った作戦勝ちという言葉の意味が。奴らは僕とゲオルグを湖に固定する為に湖を穢しに来たんだ。魔物の死体や合成獣キメラを湖に沈めるコストまで払ってな」


 クレマンの仮説は信じたくないが説得力はある。俺たちは嵌められたのだ。ジニアが『近いうちに戦いを仕掛ける』と言っていたのはマナ・カルドロンを攻めることだったのだ。


 もっと打てる手はあったのではなかろうかと後悔ばかりが湧いている。悔しさと怒りで頭がいっぱいになった俺は堪らず拳を地面に叩きつけようとしたが、クレマンが俺の肩を掴んで制止する。


「気持ちは分かるが、その拳は次の戦いにとっておこう。それより今は僕たちがやれることをやろう。とりあえずゲオルグは浄化を中断してトゥリモに行け。あそこはシーワイル領だがマナ・カルドロンに近い。自領と戦地の両方を確認しつつ難民の対応もできるからな。ついでにバッカスのことも確認しておいてくれ」


「ああ、分かった。取り乱して済まない。昔と立場が逆転しちまったな。だが、浄化を任せてしまっていいのか?」


「ゲオルグが抜けても今日中には終わるだろうからな。それに僕は僕でゴレガードに戻ってやらなきゃいけない事がある。難民の受け入れと緊急勇者会議の準備とか色々な」


「そうか、じゃあ行かせてもらうよ。互いに対応を終わらせて1日でも早く勇者会議で再会しよう」


 クレマンは力強く頷き、俺は単身トゥリモに向かって馬を走らせた。







 ゴレガード南湖を出てから3日目の昼――――トゥリモに到着した俺は無傷の町を見てホッとしつつも難民の多さに頭を抱えていた。パニックになったり憔悴している難民たちを見ると戦争が体と心の両方に深い傷跡を残すものなのだと改めて実感する。


 町長たちの仕事を色々と手伝った俺は続けてバッカスの様子を見に行くことに決めた。東へ30分ほど馬を走らせて見えてきた新バッカスは兵士の伝言通りほとんど被害にあっていないようだ。


 次にバッカスの中へと入った俺は町の中で1番高い監視塔の頂上に行き、双眼鏡でマナ・カルドロン中央市街を見つめた。するとリーサ母さんの学び舎である中央魔術院の辺りから煙がのぼっており飛行系の魔物がうじゃうじゃと空を飛んでいた。


 中央魔術院はマナ・カルドロンの中でも指折りに大きな建物だ。魔物たちにとって新しい拠点にピッタリな場所と思われたのだろう。母さんの思い出が汚された気がして怒りが湧いてくる。今すぐにでも突撃して奴らを全滅させてやりたい気分だ。


 だが、今は怒りを抑える時だ。俺の仕事は状況確認と領民・難民の安全確保なのだから。改めて爺ちゃんに精神修行をつけてもらって本当に良かったと思う。


 俺は一旦トゥリモに戻って町長たちにマナ・カルドロンの状態を伝え、今度はグリーンベルに移動する。





 再び3日かけてグリーンベルに帰還しギルドの中に入ると既に仲間たちが集まっており俺の元へと集まってきた。俺はこれまでの情報を伝え、それ以降は勇者会議の連絡が来るまで難民対応を続けていた。




 そして更に時間は流れ――――マナ・カルドロン陥落の報せから10日後、ようやく勇者会議当日が訪れた。


 どうやら勇者会議はゴレガード城の会議室で朝から夕方までみっちり行われるらしい。俺はパウルと共に早めに宿屋を出ると外にはエミーリアが立っていた。エミーリアは俺を見つけると小走りで駆け寄って過剰なぐらい神妙な面持ちで挨拶する。


「ゲオルグさん、パウルさん、おはようございます。ブレイブ・トライアングルの未来を決めかねない会議が遂に始まるのですね」


 エミーリアの言っている事は正しいが、それにしたって緊張し過ぎな気がする。エミーリアはいつの間にか合成獣キメラ解析の中心人物になっていたから重い責任を感じているのかもしれない。ちょっと緊張をほぐしておこう。


「あまり気負い過ぎるなよ。この会議のほとんどが戦力配置と難民問題についての話し合いだ。良くも悪くも軍事的な細かい話は貴族とクレマンがまとめてくれるはずだ。特にクレマンは王子なだけあって頭も良いし、今のアイツは勇者の鏡みたいな存在だ。どんなに会議が拗れようとも中心に立って上手くまとめてくれるさ」


「そうですよね。今のクレマン様がいれば大丈夫……ですよね?」


 おかしい……緊張を差し引いてもエミーリアの様子が変だ。何か別の悩みや不安でもあるのか、それとも体調でも悪いのだろうか? 俺はすぐに尋ねたけれど彼女は首を横に振り、意味深な言葉を呟く。


「危機的状況である今、3国全てが一丸となって頑張らなきゃいけないのですよね……」


「当たり前じゃないか。さっきからエミーリアは何を言って……あっ」


 頑張らなきゃ『いけない』という言葉に違和感を覚えた俺はエミーリアの母親のことを思い出した。確かエミーリアの母親は今も病気でほぼ寝たきり状態のはずだ。それにゴレガードに住んでいるから会おうと思えばすぐに会えるはずだ。


 もしかしたらエミーリアは危機的状況で未来が分からないからこそ母親と一緒にいたいのではないだろうか? だとしたら家族を優先させた方がいいだろう。モヤモヤしたまま仕事をしても身が入らなくて却って危険だ。


「もしかして母親の事を考えているのか? だとしたら仕事の事は一旦忘れて構わないぞ。勇者会議が終わったら見舞いに行くといい」


 俺が提案するとエミーリアは無言で小さく頷き、城に向かって歩き出した。早く元気になったエミーリアを見たいものだ。エミーリアの後ろをついていくように俺とパウルも歩き出し、城内の会議場へと入り椅子に座る。



 俺たちが到着して10分後には全員が集まり、各地の貴族たちによる話し合いが始まった。と言っても今回も俺の父親――――ボルトム王の姿だけは見当たらなかったわけだが。


 今回の会議はマナ・カルドロン陥落後ということもあり防衛・物資・難民問題、全てが言い争いレベルでヒートアップしており、中には怒号をあげる貴族もいた。


 選択次第では貴族の資産どころか生命まで脅かされる危機的状況なのだから仕方がないのかもしれないが、だからこそ冷静に話し合って欲しいものだ。


 それでも揉め始めた時はクレマンが中心となって場をとりもち、決定しなければいけない項目はちゃんと決まっている。改めてクレマンの言葉選びと頭の回転に驚かされる事となった。これが子供の頃から帝王学を叩き込まれてきた者の力なのだろう。


 正直、俺が喋る機会はほとんどなく時々シーワイル領の状況について聞かれて答えるぐらいしかなかった。まぁ適材適所という言葉もあるし、筋肉ぐらいしか誇れることがない俺は戦いで成果をあげることにしよう。


 余談だが前回の定例会で俺に偉そうな態度をとってきたキーバットって名前の貴族は今回近くの席に座っており、何回も俺に「有事の際は私の事を守っておくれよ? な? な?」と情けない声で頼んできたから無視しておいた。


 大人げないのは分かっているが正直良い気分だ。まぁ本当に危なくなったら守ってあげるつもりではあるが。


 その後も会議は昼食や休憩を挟みつつも勢いが弱まることなく続き、夕陽が出始めた頃にようやく終了となった。


 ゴレガードの大臣は「夕食を用意しております」と言い、大広間に俺たちを案内してくれた。目の前には豪華な料理や酒が並んでいる。


 個人的には俺たちに上手い料理を食べさせるぐらいなら心身が疲弊している難民や兵士たちに食べさせてやってほしいものだ。だが、今さら言及して揉めるのもよくないからここでは黙っておこう。


 手の込んだ美味しい食事を頂き、そろそろ宿に帰るかと立ち上がるとエミーリアが俺にだけ聞こえるようにコソコソと耳打ちする。


「ゲオルグさん、お願いがあるのですが1時間後にメモの場所へ来てくれませんか? 大事な話があるんです」


 俺はエミーリアから受け取ったメモに目を通す。どうやら城から割と近い裏通りにある民家を指しているようだ。


「大事な話か、分かった行かせてもらうよ」


「ありがとうございます。頼んだ身で言うのも失礼ですが絶対に遅れないようお願いします」


 そう告げるとエミーリアは俺の前から去っていった。大事な話が気になるところだが、とりあえず今はパウルを宿に送るのが先だ。俺は一旦パウルと一緒に宿屋へ行ってから少し時間を潰し、メモの示す場所へと向かった。




 目的地の近くは薄っすら光魔石の街灯が光っているだけで薄暗い。特に店とかがあるわけでもない普通の住宅街だ。


 夜だから人通りもなく少し寂しい気持ちで歩いているとメモの位置には民家と広めの空き地があり、空き地の中心にはこちらに背を向ける人影があった。


 暗くてよく見えないがエミーリアだろうと思い込んで近づいた俺は人影の正体に驚き、声を裏返してしまう。


「ええぇ! どうしてクレマンがここにいるんだ?」


「ん? 何を言っているんだ? ここへ来るよう手紙に書いていたのはゲオルグじゃないか」


「待ってくれ。俺は手紙なんか送ってない。そもそもクレマンは誰から手紙を渡されたんだ?」



――――私ですよ。



 困惑する俺とクレマンの前に現れたのは張り詰めた雰囲気を纏うエミーリアだった。何故エミーリアが俺とクレマンを呼び寄せたのかさっぱり分からない。嫌な予感がするけれど聞かない訳にはいかないだろう。


「どうしてエミーリアは俺たちをここに集めたんだ?」


「実はゲオルグさんとクレマン様に会わせたい人がいるんです。数分ここで待っていてもらえますか?」


 俺とクレマンが首を縦に振るとエミーリアは民家の中へと入っていった。2分、3分と無言で待ち続けていると事件は突然起こる事となる。なんとクレマンが胸を押さえ、両膝をついて倒れてしまったのだ。


「お、おい! 大丈夫かクレマン……うっ、なんだ? 俺も急に眩暈が……」


 クレマンを助けようとした俺の胸も何故か突然苦しくなってきて堪らず膝をつく。訳が分からない……。


 エミーリアは無事なのだろうか? 俺は俯せの上半身を起こして民家の方を見つめる。すると玄関が開いて中から車椅子に乗ったまま眠っている年配の女性と車椅子を押すエミーリアが現われた。


 年配の女性は一目でエミーリアの母親だと分かるぐらいよく似ている。違いを挙げるなら半分以上が白髪になった頭髪と皺ぐらいだろうか。俺は腹に力の入っていない声でエミーリアに「食事に毒を盛ったのか?」と問いかけると彼女は頷き、口を開く。


「はい、その通りです。元々王城勤務だった私は料理人に怪しまれる事なく配膳を手伝い、2人の料理にだけ毒を盛る事ができました。薬学を学んで本当に良かったです、毒が効き始める時間が調整できますから。これで私の復讐が果たせそうです」


 そう呟くエミーリアはナイフを取り出すと冷たい目と切っ先をクレマンへと向ける。何故エミーリアがクレマンに殺意を持っているのかが分からないけれど殺させる訳にはいかない。


 だがクレマンは俺よりも強い毒を盛られているのかまともに喋ることすら出来なくなっている。俺が聞かなければ!


「な、何故だエミーリア。どうしてクレマンを恨んでいるんだ?」


「……彼のせいで私の母が精神崩壊を起こし、ほとんど寝たきりの状態になってしまったからですよ」


「は!? どういうことだ? エミーリアの母親が寝たきりになったのは10年近く前の事だろう? その時、クレマンはまだ子供だ。大人一人を壊すような大それた悪事なんて……」


「いいえ、残念ながら本当です。間接的ではありますがクレマン様が……クレマンが母をおかしくしてしまったのです! だから私はずっと復讐のタイミングと方法を考えていました」


「それが今だって言いたいのか? ハァハァ……意味が分からないな。クレマンに復讐したいだけなら俺を呼ぶ必要なんてないはずだ。それに魔王ルーナスと決着をつけてから復讐しても良かったはずだ。聞かせてくれ、エミーリアが何を考えているのかを」


 俺の必死の想いが届いたのかエミーリアは一旦ナイフをしまい、頷いた。そしてエミーリアは倒れてろく動けない俺とクレマンを見下ろしながら10年前の出来事について語り始める。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?