ニーナの店を出て、街を歩いた。
昼時だったのでランチに誘ってみたが、来客予定があるらしい。残念そうな様子だったので、今度一緒に食事をする約束をした。
下心はないぞ。
お世話になっているからお礼だ。
本当にないからな。
通りがかったステーキハウスで、昼食を食べることにした。
肉が食べたいと思ったからだが、どうせなら焼いた牛肉が食べたいと考えていたら専門店があったのだ。
この地域では肉といえば鹿やウサギ、イノシンといったいわゆるジビエ料理が主流だ。豚などの交配種はもともと存在しない。
ジビエ料理が苦手な訳ではないが、野生の物なので臭みを消すために味付けが濃いのだ。ご飯ではなく、パンが主食であることと相まって、あまり好みではなかった。ご飯なら、味が濃いのはおかずとしてちょうど良いのだが・・・こういった所は日本人だなと思う。今度、和食を自炊してみよう。
店に入って、サーロインステーキを注文した。
15分くらいしてから料理が運ばれてきたので食べてみる。
あまり期待していなかったのだが、かなりの美味しさで驚いた。塩とコショウだけの味付けで、肉もそれほど上質なものではない。
ただ、柔らかく臭みが出ないように、丁寧にエイジングや筋取りがされている。価格は普通なのに、とんでもなく手間暇をかけた下ごしらえをしていることがわかった。
ちょっと感動していると、厨房から怒声が聞こえてきた。
「このバカ野郎が!俺が留守の間に客を待たせるような料理を作ってるんじゃねぇ。何度言ってもわからねーんなら、今すぐに出ていけや!!」
「少し手間を加えるだけで美味くなるんですよ!効率ばかりを考えても・・・」
バシッ!
ガシャーン!
言葉の途中で嫌な音がした。
「口答えするんじゃねぇ!てめぇはクビだ!!」
店主らしい男の吐き捨てるような声が響く。
近くをウェイトレスが通りかかったので、声をかけてみた。
「これを作ったのって、今殴られた人?」
「・・・はい。うちは料理の提供スピードと回転率を重視してるから。ダルメシアンはすごく美味しい料理を作るんですけど、オーナーとは合わなくて。」
「そうなんだ。ありがとう。」
会計を済ませて外に出た。建物の裏口らしき方に向う。
裏口の扉が開き、頬が腫れた男が出てきたので声をかけた。
「な、何だよあんた。」
突然声をかけられた男は驚いていたが、先程のやりとりで感情的になっているのか、口調が荒い。俺と同年代で細い体をしている。
「この店で食事をしたんだが、料理を作った人に会いたくて待っていたんだ。」
「作ったのは俺だけど。何か用か?」
少しケンカごしに答えてくるが、眼には興味の色がうかがえる。
「ひさしぶりに美味いステーキを食べさせてもらった。ずいぶんと手の込んだ仕込みをするんだな。」
男はその言葉に驚きながらも、少し嬉しげな表情を浮かべた。
「そ、そうかぁ。美味いと言ってくれる人がいるんだな。あ、いや、その・・・ありがとう。」
根っからの料理人なんだろう。
ターニャの実家のレストランはパスタや煮込み料理がメインで、どちらかというと女性やファミリー向けのメニューが多い。スレイヤーがいるこの街では、もっとスタミナがつく料理の需要もあるだろう。
「俺はスレイヤーなんだ。さっきみたいな美味いステーキとか肉料理を出す店は、この街に必要だと思う。ちょっと話をしないか?」
魔族の討伐報酬はどんどん貯まっていく。どうせなら、生活が潤うために使おうと思った。
ダルメシアンは、元々王都の来賓用ホテルで働くシェフだった。
十年程の修行の末、メインディッシュを担当するようにまでなったのだが、母親が病に伏せってしまったためにこちらに来たらしい。
「ここが故郷なのか?」
「いや違う。ここは母親の故郷だ。王都に住んでいたが、父親が亡くなってから母親だけこっちに戻って来たんだ。」
母親は三ヶ月程前に他界しており、病気の治療で貯金の大半も使ってしまったため、王都に戻りたくても資金がないと言う。
「自分の店を持ちたいとは思うか?」
「そりゃあ思うさ。でも、さっき言ったみたいに貯えなんかないんだ。」
「俺が出店の資金を出すから、シェフをやってくれないか?」
「え・・・?」
頭大丈夫か?みたいな顔で見られた。
「何か変なことを言ったか?」
「い、いや。でも、会ったばかりの俺に金を出すとか、有り得ないだろ?」
詐欺まがいのことに巻き込まれるのではないかと疑っているようだ。
「あんたに金を出す訳じゃない。さっきも言ったけど、スレイヤーの食欲を満たすために、美味い肉料理専門店を作りたいだけだ。雇われシェフ兼店長になって欲しいのだが。」
どう違うんだ?
とダルメシアンはやや混乱気味だったが、店の収益は別にトントンでも構わなかった。
エージェント時代に経営コンサルティングに扮して職務を遂行することもあり、店舗を運営する知識くらいは持ち合わせていた。何より、食べたいものが身近にあるというのは生活の活力となる。店を開くとオーナーという立場になるが、ダルメシアンの料理の腕があれば、それほど手間をかけることもなく運営はできるだろう。
「あ、あんた、スレイヤーって言ってたけど、本当なのか?話がうますぎる気がするが。」
俺はギルマス補佐の身分証と、認定証代わりのネックレスを見せた。
「!?」
「別に悪いことを考えている訳じゃないぞ。スレイヤーギルドの福利厚生代わりに、食堂を用意するだけだ。ギルド内には軽食を出すカフェしかないしな。」
「・・・噂で聞いたことがあるよ。風変わりな、化物みたいに強いスレイヤーがギルマス補佐になったって。それがあんたのことだったんだな?」
風変わりねぇ。どうせ良い噂じゃないだろうから、詳しくは聞かないぞ。
「そうだ。資金は個人の預金を使う。すぐに返事をしてくれなくても良いから、少し考えてくれ。」
俺はダルメシアンと明日にギルドのカフェで待ち合わせすることにした。
ダルメシアンと別れた後に防具屋に行き、先日の魔族との戦いで破棄することになったコートとベストを再度購入した。もっと耐久性のある鎧などもあるが、居合いの動きを制限されてしまうので好ましくない。
他に、バスタードソードも装備ができるよう、背中に二本の剣が収納できる帯剣ベルトを買った。蒼龍とクロスさせるような感じで背中に装着することが可能で、それほど厚みもないのでバックパックも背負えるだろう。
防具屋での用事を済ませると、ギルドの方向に向かい、空店舗となっている建物に行くことにした。
空店舗の前に貼られた看板を見ると、中は居抜きではなくスケルトン状態で、およそ三十坪の面積がある。
居抜きとは前に入っていた店舗が間取りをそのまま残した状態、スケルトンとは構造柱が剥き出しになった何もない空間を言う。店の内装にかかる費用を考えると前者の方が安く済むが、カウンターや厨房などがそのまま残っているので自由度は低い。今回はスケルトンなので、好きなように店を作ることができる。
エージェントとして建築士の資格も有していたので、内装のプロデュースはそれほど難しくはない。
ダルメシアンから要望を聞き、機能的な厨房施設の構築と、一般の客にも受けるようなオシャレな空間演出はお手の物と言えた。
エージェントが建築構造物の知識を有する理由は、ターゲットの家や就業場所への潜入、爆発物の効果的な設置を容易にするというのが本来の主旨である。任務遂行上、その知識が相当に生かせるのだ。
職務の中で空間デザインや、店舗プロデュースのプロに扮したことのある俺は、多くの資料に目を通してセンスを磨いた経験があった。
こんな異世界で、その経験や知識が役立とうとは夢にも思わなかったが、何でも身につけておくべきだなと改めて考えさせられた。
看板に書かれた連絡先に出向いた。
こちらの世界の不動産業者にあたる地売屋の事務所だ。
「いらっしゃいませ~。」
不動産屋というと事務的で静かな空間をイメージするが、地売屋は女性ばかりの華やかな職場だった。一瞬、来る店を間違えたのかと思ってしまったほどだ。
にこやかに席を進める若い女性が、「担当させていただくドロシーです。よろしくお願いします。」と、素晴らしい営業スマイルで出迎えてくれた。
う~ん、これはあれだな。
美人局商法的なものを警戒した方がいいやつだな。
「スレイヤーギルド周辺の店舗物件の情報を見せて欲しい。」
特定の物件が欲しいと言うと、足元を見て高値で売り込んでくる場合がある。不動産屋というのは、どれだけ高い利益を出せるのかを追求する者が多い。数が売れない分だけ、一件あたりの儲け幅を取ろうとする業界なのだ。
「スレイヤーギルド周辺の店舗物件ですね?購入と賃貸のどちらをご希望でしょうか?」
「良い物件があれば検討したいから、どちらでも構わない。」
「わかりました。それではすべての物件情報をご用意しますので、しばらくお待ちください。」
ドロシーはそう言って、奥の事務所に消えて行った。