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第68話 大切な居場所⑦

奥の事務室から、厳つい男が出てきた。


もしかしてと思っていたら、案の定だ。俺の前に座って話し出した。


「ギルド周辺の店舗物件を探してるんだよな?この三件しかないぞ。」


そう言って、物件情報が書かれた紙を机に置いてきた。


「あんた誰だ?」


「えっ!ああ、担当を変わったんだよ。」


名前すら名乗らずに、横柄な物言いをするコイツにイラっとしたが、いちいち気にするのもどうかと思ったので、物件情報を見ることにした。


それぞれに販売価格と賃料の両方が載っている。先ほど見てきた物件だけ異常に高い。


「この物件だけ他の三倍くらいの値がついてるのはなぜかな?」


他の二件も面積はそれほど変わらない。立地がギルドから100メートル前後離れてはいるが、普通に考えたら相場というものがあるのに、それを無視した価格としか思えない。


「ああ、それはギルドのすぐ近くだから当然だろ。」


なるほど、と思った。


俺は「ギルド周辺の店舗物件情報が欲しい」とドロシーに言った。その要望に対して、一番条件が良い物件の価格設定を大幅につり上ることで、他の二件にお買い得感を演出するというあこぎな商法だ。おそらく、全部の物件が割増した価格となっているのだろう。


元の世界では、こういった商法を禁止するために宅地建物取引業法などの法律があるが、こちらではないのかもしれない。


「この三件は、すべてここの所有なのかな?」


「当然だ。地売屋なんだから。」


仲介ではなく、販売というわけだ。


仲介は専門家である不動産業者が売主と買主の間に入って値づけや販売、各種手続きを行い、所定の仲介手数料を得る。土地の仕入れが要らない分、物件情報を多く持ち、数を売って稼ぐ。対して、販売は土地を自分のところで仕入れる必要があるために元手が必要だが、売れば利益は高い。ハイリスクハイリターンというやつだ。


地売屋というのは、すべて後者なのだろう。この世界ではそれが常識なのかもしれないが、こういった慣習では土地を安く仕入れるために悪質な地上げが常習化する。


今度、チェンバレン大公にこの慣習を改め、適正な取引きがされるための法の制定を進言してみるか。


そんなことを考えていると、地売屋の男が驚きの言葉を告げてきた。


「ギルド近くに店を構えるってんだから武器や防具屋、それか飲食店を考えてるんだろう?この一番高い物件はオススメだぞ。何せ、新しいギルマス補佐が、スレイヤーを斡旋してくれるからな。その分高くても元が取れる。」


新しいギルマス補佐って、俺じゃねぇか。


おいおいやってくれるな、この野郎。


「ギルマス補佐が、スレイヤーを客として斡旋してくれるって?」


「だからそう言ってるだろ。その費用も入ってるから高いんだよ。あとの商売が成功したようなもんだから、先行投資というやつさ。」


勝手に俺を商売に使うなよ。


「そのギルマス補佐は知り合いなのか?」


「ああ。昔からのな。」


さて、どうしてやろうか。


この嘘つき野郎。


「契約前に会わせてもらえるのか?」


「忙しくしてるから無理だ。契約後なら頼んでやっても良いがな。」


「因みに、ギルマス補佐にはいくら支払うんだ?」


男は眉間にシワを寄せて、小さな声で答えた。


「販売価格の6割だ。」


なかなかの大金だ。


これって、バレたら職権濫用と収賄罪になるだろう。もちろん冤罪だが。


「そのギルマス補佐ってのは、そんなに力があるのか?」


「なんだよ、知らねえのか?魔族を素手で倒した上に、国一番のスレイヤーであるギルマスを模擬戦で負かしたらしいぜ。言うことを聞かねえ奴なんかいねぇさ。スレイヤーの中じゃ、化物って言われてるらしいしな。」


なんだろう。


なぜかすごく悲しくなってきた。


俺は恐怖の対象なのか?


「何だよ、黙りこくって。こんなに良い物件は他にないぜ。」


「そのギルマス補佐って、どんな外観をしているんだ?」


「・・・・・・・・・。」


「髪は何色だ?」


「疑ってるのか?」


男の声には、怒気が含まれていた。都合が悪くなるとコワモテで通すつもりか。


コイツは俺のことを見たこともないんだろう。この辺りでは黒髪は珍しい。知っていれば、俺の外観を見て気づいたはずだ。


「疑ってなんかいないさ。」


「だったら、金が足りないのか?」


表情がさらに険しくなった。


そろそろ潮時だろう。


「ギルマス補佐には何も支払わなくていい。その分を引いた額で買う。」


男は一瞬フリーズし、その後すぐに復活して怒鳴りだす。


「はあ!?てめえ、何をほざいてやがる!!」


店内にいた女性達は、男の剣幕よりも平然としている俺に興味津々といった感じだ。この厳つい男がこういった態度に出るのには、慣れているのだろう。


「本人がそれで良いと言っている。そもそも、俺はお前なんか知らないがな。」


「は?」


俺は身分証とスレイヤー認定証を、目に見える位置にかざした。


水戸黄門の気分だ。


「なっ、ギルマス補佐・・・それに、ランク・・・S・・・嘘だろ。」


男の顔から表情が抜け落ちた。


口と鼻から何かが出てきている。


汚い。


「さてと、人を勝手に利用した奴はどうなると思う?」


俺は拳を鳴らし、口角を吊り上げて笑ってやった。


「ひ、ひいぃぃぃぃー・・・ほ、本物っ!」


地売屋が青い顔・・・それに、よだれと鼻水を撒き散らしながら、超高速で後退りしだした。当然、狭い店内ではそうそう逃げ場はない。


「こ、殺される・・・」


あげくは失禁までする始末···他の女性店員たちは、一ヶ所に固まってこちらの様子をうかがっているが、怖がっているというよりも、どちらかといえば嬉しそうな目線をしている。


「あれが、ギルマス補佐様・・・」


「はぁ~、思ったよりも細マッチョ系。良いわぁ・・・」


何この人たち・・・


とりあえず無視しておこう。






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